二章3
二章
3
昼下がりの喫茶店の一角にその男は座っていた。店内には控えめのBGMが心地よく流れている。男の顔は帽子を深く被っているせいか、見ることはできなかった。男と向かい会うようにして一色と座る。
「久しぶりだな。白石」
「ええ。こうして会うのはいつぶりですかね?」
白石と呼ばれた男が口元に笑みを浮かべて言う。どうやらこの男が一色の言っていた情報屋のようだ。昨日事務所に戻った一色に、スーツの男がある政治家の事務所に消えていったことを伝えられた。こうして白石に会いに来たのは、その政治家についての情報を買うためだった。
「そちらの青年は助手かなにかかな?」
深く被った帽子から覗く口が動くのが見えた。この距離でも目元を見ることはできない。声は見た目に似合わず若く聞こえた。
「そうか、白石と会うのは初めてだったな。こいつは助手の近藤だ」
紹介にあわせて軽く会釈をする。白石も会釈を返してくる。
「早速だが、こいつが政治家と何の繋がりがあるのか聞きたいんだが」
いつの間に撮っていたのか、一色が上着のポケットからスーツの男の写真を取り出して、テーブルに置いた。写真を手に取り一瞥した白石が言う。
「こいつは秘書だね。間違いない。政治家、太田則之の秘書だ」
「秘書だと?」
「ああ。太田が衆議院議員として活動し始めた頃からのね」
言い終えた白石が、手元のカップからコーヒーをすする。
「そうか。後、もう一つだけ。太田について知りたい」
「どういった情報がお望みで?」
「太田の表には知られていないような趣味、趣向、警察との癒着とかかな」
白石は大きく息を吐いて、ソファーの背もたれに寄りかかって話し出した。
「太田には昔から特殊な趣向があってね。これが珍しいんだけれども、あいつ人肉嗜食者なんだよ」
白石の放ったカニバリストという言葉に寒気を覚えた。一色をちらりとみたが、彼女の表情は変わっていなかった。
「議員になってから、太田は徐々に調子に乗り出してね。他のカニバリスト達と対立することも増えた。警察の上層部に金を握らせて、揉み消すなんてこともお手の物さ」
「警察の上層部ってのは、例えば?」
「そっから先は別料金だぜ?」
落ち着いた様子で白石が言う。そう簡単には余計なことは言わないようだ。
「そうか。できればそこも知っておきたかったが、仕方ない。情報提供、感謝する」
「一色さんの頼みでしたら、いくらでも」
白石の口元が左右に吊り上がる。
「お代はいつもの方法でいいだろ?」
「それでお願いしますよ」
一色に肩を叩かれ、席を立とうとしたところで白石に呼び止められた。
「近藤くん、一応連絡先を渡しておくね」
そうして白石から、走り書きの番号が書いてあるメモ用紙を受け取り、今度こそ席を離れる。白石は残っているコーヒーに再び口をつけた。
事務所のソファーに腰を下ろし、先ほど白石が言ったことを思い返してみた。桜庭のもとを訪れたスーツの男は、政治家の太田則之の秘書で、その太田はカニバリストである。おまけに警察に賄賂を渡している。このことが神宮みきの失踪に大いに関係しているのではないか、と妄想が膨らんでいく。一色はどう考えているのだろうか。
「冴さん。これ、どう思います?」
「そうだな……偶然にしては出来すぎている」
どうやら一色も同じことを考えているようだ。だが、これはあくまで最悪のケースだ。これ以外の可能性が全く無いという訳ではない。問題はこれからどうすべきかである。まずはなぜ、桜庭が秘書と会っていたのか、ここを突き止める必要がある。
「桜庭に直接聞いてみますか?」
「ふむ。それが最善だとは思えないが、他に手もないしな」
「秘書とどんな話をしたのか、どうやって聞き出しましょうかね……」
それなりに考えてみたが良い案がすぐに思いつく訳もなく、しばらく沈黙が続いた。斉藤に話してみようかとも思ったが、すぐに考え直した。下手に斉藤に話してしまえば、余計にこんがらがってしまうだろうし、彼女に負担をかけるようなことはあまりしたくはなかった。
そんなことを考えていると携帯が鳴り出した。斉藤からだった。
「もしもし、どうかしましたか?」
声が遠いのか、上手く聞こえない。
「斉藤さん? 大丈夫ですか?」
「近藤さん、今から来て貰えますか……?」
彼女の声は弱々しく、生気が感じられなかった。何か良くないことが起こったのか?
「なにかあったんですか?」
「やえさんが……」
「桜庭さんがどうしたんです?」
「やえさんが、死んでるんです……」