一章3
一章
3
12月の冷たい風が頬をなでる。日中だとは思えない寒さに思わず身をすくめる。斉藤が事務所を訪れてからすでに二日が経っていた。斉藤が事務所を去った後、一色に命じられ、神宮みきが通っていた小学校と施設との道のりを何往復もして、子供が落ちてしまいそうな穴や人目のない路地がないかを入念にチェックしていた。丸々一日も調べていれば、およそ15分とかからない道のりをくまなく調べあげるのには十分だった。後は一色に報告をするだけだ。
そろそろ休憩でもとろうかと思っていたところ、もう何度か通りかがった小さな公園に、見知った顔の少女がいるのが目に入った。公園に足を踏み入れ、古びて錆び付いたブランコを見つめている少女に声を掛ける。
「こんにちは。斉藤さん」
声を掛けられて驚いたのか、彼女はすごい勢いでこちらを振り向いた。
「びっくりしたじゃないですかー。近藤さん」
私服姿の彼女はそう言って柔らかい笑顔を向けてくれた。彼女の笑顔を見たのは初めてだったが、目元が笑っていないのが目に付いた。
「近藤さんはここで何を?」
一呼吸置いて彼女が尋ねてくる。
「調査をしていたんです。神宮みきさんの足跡や何か痕跡が残っていないか、通学路を見て回っていたんですよ」
言いながら斉藤の傍まで歩く。
「そうでしたか。それは、ありがとうございます」
そうしてまた彼女は微笑んだ。
「あの子とは、このブランコでよく遊んだですよ」
斉藤はそう言って小さなブランコに腰掛けた。
斉藤に続くようにもう片方のブランコに座る。腰のあたりに金具が当たり、少し窮屈だったが我慢することにした。
「私、あの子と同じくらいの歳に施設にはいったんです」
斉藤が地面を蹴って、ブランコを小さく揺らした。
「両親に殴られて、蹴られて、大人がただ怖くて愛情っていうものも良く分からなかったんです。それでも、施設長の桜庭さんや施設にいた他の皆が私のことを気にしてくれて、優しくしてくれて、愛情をいっぱいもらったんですよ」
キィ、キィ、とブランコの軋む音が徐々に強くなっていく。
「だから、皆が私にそうしてくれたようにあの子にもたくさん愛情を注ごう、って思ったんです。今、あの子がどこかで寂しい思いや、悲しい思いをしているんじゃないかと思うといてもたってもいられなくて……」
彼女の声に力が入る。短く整えられた髪が揺れているせいで表情を読み取ることはできなかった。
俺は何も言えないでいた。彼女が抱えている過去と思いに、応えられるだけの言葉を持ち合わせていなかったからだ。膝の上で握った拳に力を込める。それが今の俺にできる精一杯の反応だった。
沈黙が続くかと思った矢先に携帯が鳴る。一色からの電話だった。
「すみません。少し失礼します」
ブランコから立ち上がり斉藤から距離をとりつつ電話にでる。
「通学路はもう調べ終わったな?」
「ええ、バッチリです」
「よし、それじゃあお前は桜庭に会いに行って、今回のことの話を聞いてこい。もちろん録音も忘れるなよ」
「わかりました。ということは調べものはもう終わったんですね?」
桜庭に会いにいくのは調べものが終わってからだと、一色に指示されていたのだ。
「ああ、待たせて悪かったな。しっかり色々聞いてこいよ」
分かりました、と言って電話を切る。斉藤の元へ一度戻り、今から施設に行ってもいいか確認をとる。斉藤の了承を貰い、彼女の案内で施設へ向かう。
施設への道中で、必ず神宮みきを見つけて、斉藤の心からの笑顔を取り戻そうと決意した。