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08 平穏な日々は一週間しかもちませんでした。

 勇者様達が旅立って一週間。

 彼らが訪れる前の平穏な日々を取り戻したその日。

 我が愛するカジノに新たなる災厄がやってきたのでした。


「ふふふっ、ここがあの女のハウスね! こんなところに引きこもって私との対決から逃げ回る愚かな女っ。今からあなたを引きずり出して差し上げましてよ!」


 私がいつものように軽い夕食を済ませてカジノへ向かうと、夕日に照らされた私のお店の前で一人の妙齢の女性が腰に手を当てた仁王立ちの姿で高笑いしていました。

 カジノの前の通りを行き交う人々が、関わり合いになりたくなさそうに早足でその横を駆け抜けていきます。

 町の人々が仕事を終えて、これからが私のお店の稼ぎ時だというのに完全に営業妨害にしかなっていません。


 本音を言えば私だって関わり合いにはなりたくない人種ですが、オーナーである以上見過ごすわけにも行きません。

 それになにより彼女がいては店の中に入るのにも邪魔です。


 私は意を決して声をかけてみました。


「申し訳ございませんがお客様……」


 失礼にならないように気を使いながら彼女のそばまで歩み寄りました。

 途端、彼女はぐりんっと首から上だけが私の方を向き睨みつけてきます。


「何? アンタ誰よ。何のようなの」


 少し低めの声で訝しげにそう尋ねる彼女に「それはこっちのセリフだ」と思いつつもにこやかな営業スマイルを絶やさず私は答えます。


「申し遅れました。わたくし、このカジノのオーナーでございます」

「ふぅん」


 私の返答に彼女はそう気のない返事を返すと、長い髪を一度ぶわさっとかき揚げた後、偉そうな態度を崩さず私を指差しこう叫んだ。


「だったらアナタ、ここに引きこもっている勇者パーティの胸に無駄に贅肉を溜めた糞僧侶を呼び出して頂戴」


 胸に無駄に……。


 ああ、なるほど。

 たしかにそう言う彼女の胸には贅肉は一切付いていません。

 悲しいほどに。

 モデル体型の高身長なのに、胸は大賢者様とタメを張る程度しか膨らみが見当たらないのです。


 しかし僧侶さんですか。

 たしかにあの人なら眼の前に仁王立ちするイケイケギャル風の女性に恨まれるようなことをしていても何ら不思議ではありませんが。

 ですが、彼女はすでに勇者様御一行として一週間前に旅立ってしまわれましたし。


「すみませんが、多分あなたのおっしゃられた僧侶様はすでにお店にはいらっしゃいません」


 私は素直にそう答えるしかありません。


「嘘ね」


 えっ。

 私の回答を彼女は即座に否定しました。

 もちろん嘘などではありません。


「あの女の匂いがこのお店の中からプンプンするのよ!」


 確かに女性フェロモンを振りまきまくりの僧侶さんでしたが、もしかしてまだ残り香でもあるのでしょうか。

 きちんと週に二回は一時間ほどの清掃タイムを設けて、全ての器具や部屋の除菌・消臭・清掃を行っているのですが。

 それでも消せないなんてありえません。


「あの……そう言われましても、僧侶さん――――勇者様御一行は一週間ほど前に旅立たれまして」

「そんなの関係ないわ。私が居るって言ったら居るのよ」


 取り付く島もありません。

 もしかしてこの人は僧侶さんに恋人でも寝取られて、嫉妬に狂ってしまわれているのではないでしょうか。

 なんといってもあの僧侶さんですから無いとは言い切れない。


「とにかく私は入らせてもらうわよ」


 彼女はそう言うと、ズンズンとカジノの入り口へ向かい歩きだしました。

 入り口の案内係を押しのけて中に入っていく彼女の背中を私は慌てて追いかけます。


 突然の出来事にうろたえる案内係に「あとは任せて」と目配せをして中に入ると、先程の彼女が何の迷いも見せずどんどんカジノの奥へ歩いていくのが見えました。

 私の記憶にある限り、彼女は一度もこのお店を訪れたことは無いはずなのですが。


「お客様、お待ち下さい」


 そう声をかけてみるものの、もちろん完全に無視されてしまいました。

 あの様子だと、僧侶さんがこの店の中に居ない事を確認するまではどうしようもないかもしれません。

 それで諦めて帰ってくれればよいのですが、最悪警備兵を呼び寄せることになる可能性も頭の隅に置いて私は彼女を追いかけます。


「気が済みましたか? 僧侶様はもういらっしゃいませんでしょ」


 ホールの端っこ。

 スタッフルームに続く扉の前で立ち止まった彼女に追いついて「ここから先は、お客様は入れない決まりになっております」と前に回り込みました。


 しかし目の前に立ちふさがった私の事など彼女の目には全く映っていない様子で、彼女はニヤリと口の端を歪め「ここがあの女のルームね!」と叫んで私を軽く手で押しのけると勢いよく扉を蹴破ったのです。

 スタッフルームは決して僧侶さんの部屋じゃないというのに。


 私はその様子を見ていたカジノのスタッフに「警備兵に連絡をお願いします」と伝えてからスタッフルームの扉の中へ彼女を追って入りました。


 そこには。


「あらあらうふふ。お久しぶりですねぇ」

「おっ、オーナーじゃん。一休みしたらスロット回しに行くからな」

「もぅ、泥だらけになっちゃったじゃない」

「せやな」


 何故かスタッフルームでくつろぐ勇者様御一行の姿があったのでした。


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