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07 勇者パーティの旅立ち。



 カジノオーナーの朝は早くない。


 そもそもカジノというのは24時間経営である。

 そして、昼のカジノのお客様は基本的にルールを守って楽しく遊んでいただける方が多く、オーナーが対処しなければならないような面倒な案件は夕方~深夜に起こるものなのです。


 なのでカジノのオーナーというお仕事は、一般の職業に比べると昼夜逆転した生活を送ることになるのです。

 当然、深夜は私一人ではなく夜勤の職員もいるのですが、彼ら、彼女らは定期的に業務時間を交代して、深夜勤オンリーではありません。

 つまり現在、本来の経営者である町長の息子さんが『他の町のカジノの視察』という名の遊びから帰ってくるまでは、私は深夜勤務から離れられないのです。


 本来、私のカジノでの勤務時間は実働で八時間と決まってはいるのですが、最近は酔った勇者パーティのあの方とかあの方とかに絡まれると残業することになってしまい精神的な疲労が冗談ではないレベルに達しております。

 このままではファンファーレと共に様々な精神耐性系特技がレベルアップしてしまいそうです。


 ストレスのレベル上限って幾つなのでしょうかね?

 多分、上限に達した瞬間、私のカジノオーナー生命か、もしくは実際の生命自体が終了するでしょうけれど。

 それまでにさっさと魔王退治に出発してほしいものです。

 同じ様な愚痴を最近は毎日のように誰にも聞かれないように呟く私でした。


 そんな私が毎日目覚めるのは、みなさんがお昼ご飯を食べ始めた頃です。

 勇者様パーティーがカジノにいらっしゃる前はもっと早く目覚めていたのですが、今は毎日疲れ切って帰宅するので、そんなに早く起きることが出来なくなっています。


 身だしなみを整えて、家の近くのカフェでランチセットと言う名の私にとってのモーニングをいただきます。

 今日も開店ありがとう。街の西海岸沿いで食べる、いつもの味に心が癒やされます。

 

 トーストの最後のひとかけらを食べ終わり、おかわりのコーヒーを飲んでいる時、店の扉が勢い良く開かれ一人の女性が飛び込んできました。

 彼女は店内を見渡すと私を見つけ駆け寄ってきます。


「お、オーナー! 大変です」


 おやおや、カジノで何かあったのでしょうか?

 といってもこれも勇者様御一行がこの町に訪れて以来珍しいことでは無いので私は落ち着いてコーヒーを口にしながら彼女の言葉の続きを促します。


「勇者様御一行が旅立たれました!」


 次の瞬間、私は思わず口に含んでいたコーヒーを吹き出してしまったのは仕方がないことでしょう。



■◇■◇■◇■



 私は思わず吹き出してしまったコーヒーをお絞りで丁寧に拭きつつ、内心で『昨夜の仕込みが功を奏しましたか』とほくそ笑みました。

 カジノの店員を店に戻らせ、カフェで支払いを何時もより多めに手渡し一旦家に戻って身だしなみを整えます。


 カジノオーナーたるもの、どんな事情があろうともだらしない格好でお店に出向くわけにはいきませんからね。


 一通りの準備を終えた私は、何時もより早足で目的地に向かいます。

 嬉しさのために思わずスキップしてしまいそうになるのを必死に抑え、街並みを通り抜けると前方に大きな門が見えてきました。

 遠目にも十人以上もの人が門の前にいる様子が見えます。


 門から少し離れた物陰に私は身を潜めつつその様子を眺めました。


 人混みの中央、ひたすら青く美しくきらめく装備一式を纏った勇者様の姿がそこにはありました。

 何やら決意を固めた凛々しいその表情は、私が何時もカジノで見ていただらしなさは微塵もなく、まさに『勇者様』と言ったオーラを放っていて……。


 あっ、隣に立つ僧侶様が腕に抱きついた途端に凛々しかった表情は一瞬にして消え去りました。

 なんというだらしない顔でしょうか。

 先程のオーラは幻だったのかもしれないと思わされてしまいました。


 今度は反対側から大賢者様がもう片方の腕に飛びつきますが、そちらには見向きもしませんね。

 やはり胸部装甲の差なのでしょうか?


 何故だかいたたまれなくなった私はその場を後にしてカジノに向かうことにしました。


 勇者様御一行が遂にカジノから旅立たれた。

 私は嬉しさの余り顔がにやけてくるのを押さえきれませんでした。


 そして、私は昨夜彼らを旅立たせるために実行した『作戦』について思いを馳せます。



■◇■◇■◇■



「ジャックポットが出ないとか、ここのカジノは絶対なんか操作してんだろー?」

「いえいえ、とんでもございません。そもそもジャックポットというのは一年に一回出るか出ないかでして」

「じゃあ前回出たのはいつよ?」

「そうですね、たしか去年の……」

「じゃあもうすぐ出るんだな」

「いや、一年ごとに出るわけではなくてですね」

「やっぱりインチキじゃねーの?」

「そんなことはございませんとも」


 カジノ内のバーで私は勇者様に捕まってかれこれ一時間の間、ずっとジャックポットが出ないという愚痴を聞かされ続けていました。

 いまさっきの問答も既に何度も同じことを繰り返しているのですが――。


 そもそもいつもならこの時間、勇者様はスロットにまだ取り付いて、スライムの絵柄に向けて勇者の剣を突き出している頃なのですが。

 実は本日、勇者様のお守り役である僧侶さんが出稼ぎに出て居ないため手持ちのカジノコインを使い切った勇者様は完全に無一文になってしまい、スロットを続けられなくなったのです。

 しかも抜け目のない事に、僧侶さんは抜け駆けを阻止するために無理やり大賢者様まで引きずって出ていったせいで、一人残された勇者様は何もやることがなくなりこのザマなのでした。


「まったく、あいつも予備のコイン袋くらい置いてってくれりゃよかったのに」


 最悪にクズい発言をする勇者様にドン引きしながら私は一つの策を実行してみることにしました。

 これは僧侶さんや、一応知恵の回る大賢者様がいるときは出来ない事ですし。


「勇者様、よろしいでしょうか?」

「ああん? なんだよ」

「勇者様はいつも僧侶さんに助けてもらってばかりじゃないですか」


 私の言葉に少し勇者様の顔がゆがみます。

 これは行けそうです。


「それでですね、このままでは僧侶さんが勇者様を見限って何処かへ去ってしまうのではないかと――」


 がたん。


 少し大きめの音を立てて勇者様が立ち上がります。


「ま、まさか今日あいつが居ないのは……」


 勇者様は焦りをあらわにして周りを見渡しますがもちろんパーティの仲間は誰もいません。

 私は焦る彼の肩に手をおいて「大丈夫です、落ち着いてください」と着席を促しました。


「まだ彼女たちは勇者様を見限ってはおりませんよ。私が保証します」


 一体私の保証に何の効果があるのかわかりませんが、酒に酔い、仲間(寄生先)を失うかもしれないという不安感からか勇者様は私の目を見返して少しホッとした表情を作りました。

 ここです。

 ここが決めどころです。


「ですが、このままでは確実に勇者様は捨てられてしまうでしょう。そこでです」


 私は大げさに両手を広げるジェスチャーをして彼を惹きつけます。


「実はこの街から北東に徒歩三日ほどのところに『さざなみの洞窟』という場所があるのですが、その洞窟の奥深くには巨大な宝石が入った宝箱が眠っているらしいのですよ」

「宝石が?」

「ええ女性、特に僧侶さんの様な方はその様な宝石が大好きなはずですので、それを彼女にプレゼントしてはいかがでしょうか?」


 僧侶さんが宝石に目を奪われるとは私には思えませんが、ここは出まかせを並び立ててでも勇者様には勇者としての仕事をしてもらわねばなりません。

 そして最終的には勇者としての使命を思い出し、魔王討伐に出かけてもらわねば。


「しかし勇者パーティともあろうものが宝石を取りに行くというのはいささか聞こえが悪いでしょうし」

「あ、ああ、そうだな。うん、そうだ」

「ですのでどうでしょう、その洞窟の魔物の討伐依頼をこの街から受けた……ということにするということで」

「なるほど、それなら勇者がやっても何ら問題ない行動だな」

「もちろんですとも。それにこれは僧侶さんに勇者としての活躍を見せつけて好感度を上げるチャンスですよ」

「好感度……よし、俺はやるぞ!」


 私の言葉に彼は握りこぶしを作り『好感度を上げる、好感度を上げるんだ』と何度もつぶやいていました。


 ちょろい。


「では私は早速今からその手続をしてまいりますのでしばしお待ちくださいますか」

「ああ、任せる」


 私は勇者様に一礼してからその場を後にしました。


 つい上手く行った嬉しさに駆け出しそうになる足を抑えてカジノの外に出ると、私は一目散にこの街を中心とした一帯を治める領主様の屋敷に向かいました。


 数分後、私は領主屋敷の応接間にて領主の息子と今回の作戦について最終調整を行いました。

 ちなみに彼の父であるこの街の領主は『他の街のカジノを視察に行く』と言ったきり一年ほど帰ってきておりません。


 今回の作戦、実は私と領主代理様との間で何度も話し合いアイデアを出し合った作戦のひとつなのです。

 そもそも『さざなみの洞窟』 にあるという宝石が入っているという宝箱も、実は領主様が用意した物で、冒険者を雇い洞窟の奥に宝箱を置いてきてもらったのです。

 大きさはかなりの物です、実際の価値としてはかなり低いクズ宝石なのは勇者様には言えません。

 そしてその宝箱の中には……。


「本当に効果はあるのだろうか」

「そうですね、勇者様以外の三方には私達の計画は見抜かれるでしょうけれど、彼女たちもきっかけを求めているはずですから協力してくれると思いますよ」


 私は宝箱の中に入っているはずの宝石……ではなく、一通の手紙の内容を思い出しつつ苦笑します。


『勇者へ。 宝箱の中の宝石は我が頂いた。 この宝石が欲しくば魔王城まで来るが良い。 魔王より』


 要約すればそんな内容の手紙を見た勇者様は一体どんな顔をするのだろうか。

 できれば魔王討伐の旅への布石となればよいのですが。




 この時はまだ勇者様一行が新たな面倒事を抱えて帰ってくるなんて私達は思いもしなかったのです。



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