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06 120ゴールドの勇者様。

 俺はあの日、あの時から勇者と呼ばれるようになった。


 そう、あれはもう二年も前の事。

 16歳の誕生日の朝、俺は突然母ちゃんに叩き起こされた。


「早く起きな穀潰し!」


 文字通り母ちゃんが装備した『こんぼう』に叩き起こされた俺は、目覚めたばかりなのにかなりのダメージを負ってしまった。

 しかし穀潰しはないだろう、穀潰しは。


 確かに俺は祖父、つまり伝説の勇者の孫という立場で周りの悪友たちがどんどん就職していく中、爺さんが残した財産のおかげで働かずにいるが、それは孫である俺の権利なのだから仕方がない。

 現に親父だって『勇者の息子である俺に救援要請が来たから行ってくる!』とか言って、爺さんの財産を3割も持って出ていったっきり行方不明だ。

 実際は鬼のような母ちゃんに嫌気が差して家出しただけだと俺は睨んでいるんだが。


 四〇秒でその鬼のような母親に脅されながらあわてて身支度を終え、母親に言われるまま王城へ歩き出した。

 王都の広い道には馬車が行き交い、人々の声がこだまする。

 活気溢れる街中を俺は一人不景気な顔をして道の先に燦然とそびえ立つ王城へ重い足を進めていった。 


「おお、勇者の孫よ。久しいな」


 王城前につくと、あれよあれよという間に俺は謁見の間へ連れて行かれ、早速国王との謁見が始まった。

 久しいと言われても俺が王様に合ったのなんて生まれてすぐの頃だろうし、そんな事を俺は覚えているわけがない。

 俺が適当に話を合わせていると突然王様は今までの優しげな笑顔から真剣な顔に表情を変えた。


「話は聞いておると思うが、お主の祖父が倒した大魔王――そのあとを継ぐ二代目魔王が現れ、既にこの大陸の半分を奪われてしまったのだ」


 確かに話は聞いていた。

 勇者の孫である俺の所には特にそういう話が持ち込まれるが勿論俺は全て無視して来た。

 勇者の孫が勇者と同じ力を持つなんて幻想である。

 現に俺は小さい頃から喧嘩で近所のガキ大将に勝てた試しがなかったのだから。

 ましてや相手が魔物なんて、考えるだけでパンツを交換しなきゃならないくらい恐ろしい。


「旅立つための準備資金を用意した。それを持って魔王討伐へ旅立つが良い!」


 は? 今なんて言った?

 この俺が魔王討伐?

 そんなの無理無理無理だって!


 必死に懇願する俺を尻目に王様はあっという間に謁見の間から姿を消した。

 いやいや、俺一人に丸投げってありえなくね?


 俺が呆然としていると一人の兵士が俺の傍にやってきた。


「勇者様、あちらの宝箱に準備資金が用意してありますのでお持ちくださいとの事です」


 準備資金。

 そうだ、魔王討伐のための資金ならかなりの額に違いない。

 それを持って、魔王討伐に出かけたフリをしてどこか田舎の町に逃げるってのはどうだろう。

 親父だって同じようなことをした……と思うし。


 俺は兵士に促されるまま大きな宝箱を開いた。


『勇者は120ゴールドを手に入れた』


 どうのつるぎも買えねぇ……。



■◇■◇■◇■

 



 とりあえず120ゴールドでは田舎にラナウェイも不可能だ。

 魔王討伐という一応『王命』を受けた以上、下手な所に逃げても最悪反逆罪で捕まりかねない。

 しかし正直、この歳まで特に魔物討伐とか特訓とかしてきたわけでもなく、のんべんだらりと家の遺産を食いつぶしてきただけの俺に魔王とか倒せる気がしないのだが。


 せめてこの王都で買える最高級装備とか、国の家宝級のアイテムとかくらいくれても良いだろうに。

 まぁ、最強の装備である勇者装備一式は勇者の子孫である我が家にあるはずなので、それを使うしかないだろう。


 ――そんな事を思っていた時期が俺にもありました。


「母ちゃん、勇者装備一式どこにおいてあんの?」

「何いってんの。そんなモノ、こんな家の中にあるわけないじゃない」

「は?」


 母親の話によると、どうやら爺ちゃんは魔王討伐後に結婚した後新婚旅行に出かけ、世界中様々な場所へあの伝説の装備を安置してきたらしい。


 なんでそんなめんどくさいことをするんだよジジイ!


 確かに俺の知っているジジイは世間一般に認識されている『勇者様像』とはかけ離れたちゃらんぽらんな爺さんだったが、まさか勇者装備一式までそんな事になっていようとは。


「そんなことよりアンタ、もう仲間は集めたの?」


 母ちゃんが俺の方を振り返ってエプロンで手を拭きながらそんな事を尋ねてきた。

 仲間?


 たしかにこれから魔王討伐に行くというのに一人というわけにも行かないだろう。

 と言っても俺はポーズだけ討伐に出発して、あわよくば何処かへ雲隠れしようとしているわけだから仲間は邪魔かもしれない。

 こういうときこそ気心の知れた友達に頼るとかできればよいのだが、生憎俺にはそんな事を頼めるような友達は存在しなかった。


 いっそ一人で……とも考えたが、王都近くに現れるザコモンスター相手にすら苦労する俺が一人で旅立とうものなら、物の数時間で魔物のエサになるのが目に見えている。

 せめて勇者装備一式でもあれば話は違っていたのだけど。


「なんだい、まだ仲間すら集めてないのかい」

「っせーな、今から集めに行くんだよ!」


 伝説の装備がない今、この家にいても仕方がない。

 俺は王城で一緒に120ゴールドに涙してくれた兵士に教えてもらった冒険者が集まるという酒場を目指し家を飛び出した。


 王様から貰った軍資金を切り崩し、とりあえず最低限の装備を買い揃えてなんとか見かけだけは整えた後、恐る恐るその酒場に向かうことにした。


「勇者、魔王討伐たのむよっ!」

「負けんなよ~」

「あんたならできる」


 酒場へ向かう途中に俺は何人かの人達に声援を受けた。

 どうやら俺が魔王討伐の王命を受けたことは既に周知されているようだ。

 その割にはどこのお店も一切合切全く値引きなしで物を売りつけてくるのは腑に落ちないが。

 勇者様割引ポイント二倍デーとかやれよな。


 俺は理不尽さに苛立つ心を押さえながら酒場へ足をすすめる。


「あっ、勇者のお兄ちゃんだ~。がんばってね~」


 小さな子供の声に俺は振り向く。

 なんだか一生懸命手を降って応援してくれるその姿を見てささくれだった心が少し癒やされる。

 ロリコンでは断じて無い。


「ああ、まかせとけ!」


 俺は右手を大きく掲げてその子の声援に答えた。

 心の中では『もう二度とこんな街に帰ってくる気はないけどな!』と思っていたがそんなことはおくびにも出さない。


 子供の声援を背に王城前広場を通り過ぎ、少し狭い路地を抜けた先に目的の酒場はあった。


「ここか」


 看板には大きな文字で『ハローワの酒場』と書かれてあるから間違いないだろう。

 まだ昼前だと言うのに店の中からは幾人もの客の声と、エールジョッキを打ち鳴らす音が聞こえてくる。


 俺はその看板を見上げて「よしっ」と一つ気合を入れてから酒場のスイングドアを開けて中にはいった。


 そこで出会う人達との冒険に少しだけ、ほんの少しだけ心を浮き立たせて――。


 勇者の魔王討伐への度は今始まったのだ!



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