04 一方その頃魔王城では。 後編
ドガッ!!
一本角が部屋を飛び出していってから約十分ほどたった頃、彼はまた扉を蹴破るようにして舞い戻ってきた。
その両手には謎の魔道具が不気味に赤い光を明滅させてその存在を訴えている。
「ふうっ」
一本角は一度心を落ち着かせるために息を吐くと、魔王様の机の上を片付け始めた。
先ほど部屋に飛び込んできた勢いは何だったのかと問いたくなるくらい丁寧に書類を片付け、近くにおいてあった箱に詰めると一旦部屋の外に持ち出す。
『慌てているときこそ冷静たれ』
かつて彼が大魔王と呼ばれていた上司から伝えられた言葉である。
「ああ、大魔王様。私は貴方の言葉を今も守って生きております」と書類の束を抱えながら彼はひとりごちる。
その間も現魔王様は幸せそうな寝顔で寝息を立てていたのだが、妙にムカつくあの寝言は鳴りを潜めていた。
もしかしたら今なら目覚めるのでは? と一本角は一瞬思いはしたが、今までの経験上それはないと結論付ける。
「さて、魔王様。お覚悟を」
一本角はそう呟くと両手に持ったサイコロを大きくしたような魔道具を眠っている魔王様のよだれを垂らした幸せそうな寝顔の左右に置くと部屋の扉の前まで戻ってから振り返る。
「むんっ」
気合一閃、彼の角から放たれた稲妻が部屋の中を一気に突っ切ると魔道具に当たった。
途端、赤く明滅していた魔道具が一気に膨れ上がるかのように爆発的に赤い光を溢れさせ――。
「退避ーっ!」
一本角は誰に言うでもなくそう叫ぶと一瞬にして部屋を飛び出し扉を締める。
次の瞬間。
ドガ~~~~~~~~~~ンッ!
扉の向こうで何かが爆発するような音が聞こえた。
それは先程一本角が設置し起動させた魔道具が爆発した音だった。
ギィーッ。
かなりの爆発だったはずなのに破壊されるどころか傷一つ付いていない扉を一本角がそっと開き中の様子を確かめる。
「魔王様?」
おそるおそると言った風で彼は部屋の中に声を掛ける。
流石に死んでしまったとは思ってはいないものの、それなりのダメージは与えているであろう。
今まで『そんなこと』で不興を買って処罰された魔物は一人もいないが、自分がその最初の一人になる可能性も否定できない。
あの寝言のせいでついやりすぎてしまったと少しは反省していた一本角は、しかし部屋の中から帰ってきた「ツノーラか、何のようだ?」といういつもと変わらない声音に安心して扉の中に入っていった。
「おはようございます魔王様」
「ああ、おはよう」
顔に黒くススを付けたままの魔王が何事もなかったように挨拶を返す。
どうやらまだ少し寝ぼけているのか、目が完全に開ききっていない。
あれ程の爆発を受けても未だに目が覚めきっていないとは……一本角は呆れ半分、恐怖半分の目でそれを見ていた。
「それでお前が来たということは例の勇者について新しい情報でも入ったということかな?」
煤けた顔でニヒルな笑顔を爆破された机の上で浮かべる魔王の姿はシュールだったが、今この場でそれを気にする者はいない。
せめて顔だけでも拭いていればそれなりに絵になったかもしれないが。
「それがですね」
「なんだ? 言いにくいことなのか?」
一本角の態度に少し魔王は眉をしかめる。
彼女の経験上、一本角がこのような態度を取るときに伝えられた報告は碌でもない事ばかりだったからだ。
「前回報告しました通り奴らは未だラグナシオン近郊から動いておりません」
「なんと! あれから一月以上も経つというのに未だに動きがないのか!?」
魔王様が驚愕の声を上げます。
「はい、魔王様の指示の下、勇者共に対して万全の警備を今まで行ってきましたが、そのための兵たちもすでにかなり緊張感が薄れており……」
「まさか勇者は我ら魔王軍の緊張の糸が切れるのを狙っていたというのか!?」
「かもしれません。何しろあちらにはかの大賢者がおりますので」
かつて大魔王を滅ぼした勇者と共に旅をし、当時の魔王軍の策略を尽く見抜き打ち破ってきたと聞いたあの大賢者ならやりかねない。
「しかし、その程度のことでお前がここまでやってくるとは思えんのだが?」
たしかに大賢者の『智謀』は我軍にとっては脅威である、が、その程度のことであれば現場指揮官と共に一本角には臨機応変に対応できるだけの権限を与えている。
「そ、それがですね。一部の者達が一向に動きを見せない勇者にしびれを切らしまして」
「ほう」
なるほど、なにやら指示に従わぬ者が出てきたということか。
我が魔王軍から起立を守らぬ者が出てきたというのは問題である。
最悪見せしめに処罰せねばなるまい。
反省文10枚あたりが妥当だろうか?
もちろん四百字詰め原稿用紙にだ。
魔王が恐ろしい処罰の内容を決めたのを見計らってか一本角が話を続ける。
「それでですね、そのしびれを切らした者が単独で勝手にラグナシオンに向かってしまいまして」
「単独で?」
魔王様はその言葉に少し首を傾げます。
いくらなんでも勇者相手に単独で戦いを挑むとは無謀にも程がある。
「それは一体誰だ」
「はい、四天王が一人『地底王モグー』様です」
一本角のその言葉を聞いた途端、魔王様が壊れかけの机を「ダンッ!」と叩いて立ち上がった。
もちろん燃えカス状態だった机はもろくも崩れ去る。
けっこう高かったのにと一本角は思ったが、そもそもここまで壊したのは一本角である。
すでに自分が成したことすら忘れているのだろうか?
「四天王自ら規律を破るとは何事か! 反省文だけではすまんぞ! 急ぎ伝令を送って奴を止めるのだ!」
ぼろぼろになった魔王城の執務室中に魔王様の声が木霊した。