03 一方その頃魔王城では。 前編
広大なエリュム大陸の東半分を占める魔王領。
その首都たる地にそびえ立つ魔王城の最上階で『二代目 魔王』と呼ばれる者が巨大な机に片肘をついて暇そうに船を漕いでいた。
こっくり、こっくり。
机の上には多数の書類が山になっているのだが、既に魔王はその書類全てに目を通し終え、自らの職務を終えてしまったのでやることもなく、うららかな昼下がりの日差しに抗えず微睡みに引きずり込まれようとしていたのだった。
いや、もう既に魔王の意識の半分は夢の世界に旅立っているのは間違いないだろう。
こっくり、こっくり。
「むにゃむにゃ……よぅし、かかってこい勇者よ……貴様の力はその程度かぁ!」
整った顔立ちにくっきりとした目鼻立ちと、誰もが羨むボディライン。
人間の街を歩けばすれ違う男たちが何人も振り向き、声を掛けるであろう美貌を誇る彼女。
そう、二代目魔王は女性体であったのだ。
しかし人類の目で見れば絶世の美女であっても魔物たちの性癖からは外れているらしく、国民の世継ぎを求める声が日増しに高まる中ではあったが彼女は未だ独身である。
それでも世継ぎを求める声に幾人かの『強者』が彼女の元を訪れたが、彼らの前に立ちはだかったのがこの寝言癖である。
そもそも彼女は寝付きがすこぶる良く、枕に頭を載せて数秒で眠れるという特技を持っているのだ。
その上、直後から始まる寝言の嵐にピロートークなぞ夢のまた夢というわけである。
「クハハハハッ! 弱い! 弱すぎる! 最強の私の前に貴様など虫けら同然ッ! とどめを刺し……すやぁ」
どうやら彼女の夢の中でそろそろ戦闘シーンが終わりそうになったその時、部屋の扉が大きな音を立てて開かれた。
ドパンッ!
「魔王様っ! 大変です」
一人の男……その緑の肌と額から生えた大きな一本角、魔族の男が扉を蹴破らんかの勢いで部屋に飛び込んでくる。
かなりの音を響かせて部屋に飛び込んできたというのに、当の魔王様は一向に目を覚ます気配もなく未だにコックリコックリと船を漕いでいる。
さすが魔王、大物である。
「魔王様っ、目を覚まして下さいよ!」
一本角の男が魔王様の机までやって来て彼女の肩に手を置いて揺さぶりながら声を掛ける。
「むにゃむにゃ……ぬおぅっ、小癪な勇者め、アースクエイクの呪文だとっ」
「誰が勇者ですか、誰が。私ですよ、貴方の側近のツノーラです」
「むにゃ……貴様に無残にも葬られたツノーラの亡霊が我に力を……むにゃ」
「死んでる!? 私、魔王様の夢の中でもう死んでるんですか!?」
自分の死を告げられた事より、自分の力が勇者以下だと魔王様に思われていることを知って少しショックを受ける一本角。
どうやら彼自身は勇者に負けない強さを自分は持っていると思っていたようである。
――どんまい一本角。負けるな一本角。
「いや、そんな事より今は魔王様を起こすことが先決」
一本角は何かを振り切るように頭を振ってからもう一度魔王様の肩に手を置いて揺さぶりを再開する。
ぐらぐら、ぐわんぐわん、がたんがたん。
一本角の『モーニングコール』がどんどん激しさを増す。
しかしそれでも魔王様は目を覚まさない。
さすが魔物を統べる者、一筋縄では起きない。
さす魔。
「ハァハァハァ」
「むにゃ……勇者よ、貴様の力はその程度か……むにゃ」
「いや、私は勇者じゃないんですけどねっ! くっ、こうなっては致し方ないですね」
「むにゃ……まだ諦めぬのか、それでこそ勇者。だが雑魚の一本角を倒した程度の力では私は倒……」
「絶対目覚めさせてやるからなこんちくしょうめ!」
そう叫ぶと魔王様の寝言を最後まで聞かず、一本角は入ってきたときと同じ勢いで部屋を飛び出していった。
「クハハハ、魔王からは逃げられぬぞ……むにゃ」
一方、置いていかれた魔王様は何処かで聞いたような台詞をのたまい続けるのだった。