02 勇者パーティー御一行様がとても迷惑です。
「勇者様ぁ~、これ見てぇ~」
溜息をつくと幸せが逃げてしまうと昔誰かがそう仰ったと聞きますが、それなら私の幸せはもう既に枯渇してしまっていることでしょう。
私がその少し舌っ足らずな幼い声の方に目を向けると、少し離れたルーレット台から小さな体でこちらに向かって大きく手を振っている可愛らしい金髪少女の姿が見えました。
実は彼女はその幼い姿からは想像も出来ませんが、約百年前の魔王との戦いにもその名を残すエルフ族の『大賢者様』その人なのです。
つまり彼女の実年齢もお察しということで。
私は思考するだけで殺されそうなその考えを振り払い、満面の笑顔で手を振っている彼女が勇者様に声をかけた理由に思考を移します。
どうやら彼女はルーレットで大穴を当てたのか、その前の台にはうず高くコインが積み上げられているのが目に入ってきました。
魔法無効化の結界を張ってある我がカジノで魔法を使ったイカサマが出来るとは思えませんが、彼女とて伝説の大賢者様なのですから油断できません。
一方、その笑顔を向けられている当の勇者様は――スロットと絶賛戦闘中で全く反応してませんね。
まぁ、いつものことですが。
「むぅ~っ、もうっ、勇者様ったらぁ~」
そんな勇者様を見て彼女はぷっくりと頬を膨らまして不満そうな表情を浮かべます。
百歳超えのBBA……こほん、淑女とは思えないくらい幼いその表情に私は『あざとい』という言葉しか浮かびません。
次の瞬間、ギロリッと少女の目が私を睨みました。
先程までの可愛らしい表情から一変、強い殺意のこもった視線を向けられた私の体が一瞬硬直してしまったのは仕方がないことでしょう。
まさか心の中を読まれた?
私のポーカーフェイスは今まで一度も見破られる事は無かったというのに、さすが大賢者様とでもいいましょうか。
出来ればその知恵と力と洞察力は魔王軍相手に発揮していただきたいものです。
私は彼女の眼力から逃れるためにスッと目線をルーレット台上のコインの山に移しました。
おや、コインの山が先程より幾分か減っているような?
私が首をひねりつつ見ている間にも確実にコインの山が小さくなっていきます。
「お~い、勇者さまぁ~」
彼女は全くそれに気がついてないようで、スロットから目を離さない勇者に声を掛け続けています。
その間も徐々にコインの山は低くなり続け、やがて半分ほどまで減ったところでやっと大賢者様が気づいた様子。
「てめぇ! 何、人様のコイン盗んでんじゃゴラァ!」
さっきまでの可愛らしい声は何だったのか、あらくれ者も裸足で逃げ出しそうなドスの利いた声を発し大賢者様は対面に座った男を睨みつけます。
ディーラーも彼女のその豹変っぷりに顔を引きつらせているというのに、睨まれた当人は柳に風の様子でニヤニヤと口元に笑みまで浮かべているのが驚きです。
私だったら良くて失禁、最悪心臓が止まってしまいそうな眼力なのに。
彼は『盗賊様』でしたか、隠密行動のプロフェッショナルで勇者パーティでは主に情報収集等を担当しているそうです。
正直『盗賊』という職業名は外聞的によろしくないと思うのですが本人はむしろ自ら積極的に広めているのだとか。
何か意味があっての事だとは思うのですが、私にはわかりません。
不思議なことに彼は特殊な特技をお持ちのようで、商売柄お客様の顔や名前を覚えるのが得意な私ですらしばらく彼を見かけないと名前すらすぐに浮かばなくなってしまいます。
いや、むしろ見かけないのではなく『見えない』のかもしれませんね。
「せやかて、こんだけあるんやし少し位恵んでもろても罰は当たらんやろ?」
「ああん? アタシが稼いだコインを何でお前なんぞにヤる必要あるんじゃヴォケが」
「そこはほら仲間やん? 仲間同士は助け合うてこそやろ? それに諜報活動ちゅーもんは金銭がかかるもんなんやで。 ほなサイナラ~」
「待てやゴルァ!」
疾風の如き速さで逃げ去る盗賊様を追い、大賢者様が走っていくのを眺めて居ると「あらあら、まぁまぁ」という、おっとりとした声が勇者様の方から聞こえてきた。
この声は『僧侶さん』ですね。
私はゲンナリしながら振り向くと、長い黒髪を輝かせ、女神のような深い笑みを浮かべた二十歳位の美女がいつの間にやら勇者様の横に立って彼に話しかけていました。
彼女は様々な回復魔法を使いこなし、時には死者をもよみがえらせる奇跡さえ起こすと言われている世界一の回復能力者と呼ばれています。
そんな彼女の唯一の欠点が……。
「あらあら、もうコイン使い切っちゃったの? 仕方ないわね。私のコインあげるね、勇くん」
男の趣味が悪い。
兎にも角にもダメ男に尽くすのを生きがいにしているタイプらしいのです。
女神的な優しい心が間違った方向に発揮されているのかもしれないと陰では散々言われているとか。
「おっ、いつもありがとな。もうすぐ絶対に確実に間違いなくジャックポットが来るからな!」
ダメ男こと勇者様は僧侶さんからコインの入った革袋を受け取ると早速スロットに投入し始めました。
どうやらフルにBETするようです。
そんな紐……もとい勇者様の姿を優しく慈愛に満ちた表情で見つめている僧侶さん。
私がそんな二人の姿にドン引きしていると、後ろの方から突然怒声が響いてきました。
「ゴルァ! クソ売女! いっつもいっつもアタシの勇者様に手を出して!」
盗賊様を追いかけて何処かに走り去ったはずの大賢者様が戻ってきた様子。
しかし、突然罵声を浴びせられたというのに、当の僧侶さんはにこやかな笑みを浮かべたまま豊満な胸を揺らしながら振り返ると――。
「うふふ。勇くんは誰のものでもありませんよ」
そう微笑み返すのでした。
自分の罵声にいつも通りの聖女スマイルで返された『持たざる物』こと、つるぺた大賢者様は顔を真っ赤にして更に詰め寄ります。
「んだとゴルァ、勇くんとか馴れ馴れしすぎるんじゃヴォケ!」
「あらあら、その様な汚い言葉を使ってらっしゃると勇くんに嫌われちゃいますよ」
「うっさいわ! ちゃんと勇者様には聞こえないように遮音魔法は使ってあるんじゃダボがぁ!あと勇くん言うな!」
確かに先程から勇者様の方からまったく音が聞こえて来ない事にそう言われて初めて気が付きました。
大賢者様の剣幕にすっかり意識がそちらの方にばかり向いてしまっていてわかりませんでしたが、これが遮音魔法なのでしょう。
カジノ全体の音は聞こえてくる所を見ると、ピンポイントに勇者様の周りだけ覆っているのかもしれません。
なんという凄い技術なのでしょう。
なによりこのカジノには魔法無効化の結界が貼られているはずなのですが……術者の力量の違いということなのでしょうか。
早急にまた対処せねばいけませんが、彼女より上位の魔法使いが居るわけもなく。
「えいっ、解除っ」
僧侶さんがニコニコしながら指をくるりと回すと途端に大賢者様が口を閉じます。
どうやら僧侶さんが大賢者様の施した遮音魔法を解除されたようですね。
途端に後ろから勇者様の「ぐわーっ! またスライムぅぅぅぅぅぅぅ」という悲痛な叫び声が聞こえてきました。
このままでスロットマシンが勇者様に一刀両断される日も近いのではないでしょうか?
彼専用のヒヒロイカネで作ったスロットマシンの必要性を感じます。
「おイタはダメですよ。 めっ!」
僧侶さんが子供を叱るような優しくも厳しい声音で大賢者様をたしなめます。
しかし魔法無効化結界すら無視した力を更に消去させるとはなんという奇跡か。
途端に口ごもり、文字通り「ぐぬぬ」といった悔しそうな表情で僧侶さんを睨みつける大賢者様。
毎日のように喧嘩をしては結局負けるのは大賢者様の方なんですが。
大いなる賢き者とは一体……。
一方、当の勇者様といえば先程僧侶さんから受け取ったコインを湯水のようにスロットに投入していて、そんな女の戦いには全く気がついていない模様。
僧侶さんには是非こちらの子供の『おイタ』も叱って欲しいものです。
私はそんな三人を見ながら本日何度目かの溜息をつくと『もう付き合いきれない』とその場を後にし、疲れ切った神経を解きほぐすため店の外に出ました。
目の前に広がる大海原の波音で疲弊した心を癒し、鼻孔に広がる潮の香りを感じながら先程出てきたばかりの店を振り返る。
<<CASINO LAGUNA>>
魔道具で闇の中でも燦然と光輝いているその看板を見ながら私は心の底から願ったのでした。
『はぁ……勇者様たち、早く魔王退治に出発してくれないかな』