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01 カジノオーナーの憂鬱

小説家になろう投稿一周年記念新連載始めます。


「そろそろご出発なされてはいかがでしょうか?」


 カジノホールの喧騒に負けないような大声で、私は目の前に居るツンツンヘアーの青年に声をかける。

 青年と言っても未だ少年の面影を残すその横顔は、しかし今は見るものが恐怖を覚えるようなほど醜く歪んでいた。


 血走った瞳は一心不乱にくるくる回るドラムから微動だにせず、狂気的な笑みを浮かべた口は常に何かうわ言のような言葉を紡ぎ出している。

 そんな彼の耳に私の声は全く届いていないのは明白だ。

 どんなに必死に見つめても、目押し式ではなく自動で絵柄が止まる方式のこのスロットにはなんの意味もないというのに。


 その狂気の眼差しの先でまずひとつ目のドラムがガシャンという音と共に回転を止める。

 続いて二番目のドラムがゆっくりとその回転速度を落して止まると同時に、期待を煽るような効果音をスロットマシンが奏でた。


 チャララーン。


「来た! やっと来た! リーチだ!」


 私は青年から視線をスロットの方へ向けると、そこには赤い果物の絵柄が二つ揃っていた。

 彼が口にしたようにこのスロットは最低でも絵柄が三つ揃えば当たりとしてコインが排出される仕組みになっている。

 今回の絵柄はさほど高い目では無いものの、絵柄が揃えば最低でもBETしたコインの倍程度は返ってくるはずだ。


 さらに……。


「よっしゃ! キタキタァ! あと二つ来いやぁ!!」


 3つめの絵柄が揃った瞬間、彼は大きくガッツポーズし、回転する残り二つのドラムを指差しながら叫びました。

 この程度の役でこれほど興奮できるとは、ある意味こういったゲームを楽しんでいる姿としては正しいのかもしれない。


 その顔から『正気』が失われてさえ居なければですが……。


 高い役では無いとは言え、最終的に全ての絵柄が揃えば掛け金の約十七倍が排出されるはず。

 私が見ていた間だけでも相当額のコインが既にスロットマシンへ飲み込まれていった後なので、たとえ当たったとしても彼の負けは覆らないのだけれども。


「来いっ、赤いの来いっ!」


 彼が両拳を握りしめてドラムを睨みつけながら叫ぶ

 ドラムに穴でも開けそうな視線の先で回転がゆっくりと――止まった。


「あああっぁっぁっ……」


 その瞬間、悲痛な声が彼の口から溢れ落ちる。


 必死の願いも虚しく、そこに表示された絵柄は赤い果物ではなく水色のスライムだったのです。


 続いて最後のドラムが無情にも先程まで彼が切望していた赤い絵柄を表示して止まったが時既に遅し。

 せめて最後が違う絵柄であれば「仕方ない」と諦めも付くのに、無駄に当たる可能性を見せつけられたのだからたまらない。


 じゃらじゃらっ。

 

 それでも絵柄が三つまで揃ったおかげでBETした分のコイン程度は戻ってきたのがかすかに救いでしょうか。


「くっそおおっ雑魚モンスターのくせに絶対許さない! もう一回、もう一回だぁ!」


 そのコインの排出される音に正気(?)を取り戻したのか彼はツンツン頭を揺らして排出口のコインを掴み取るとそのままスロットのコイン投入口へ放り込む。


「次は倍プッシュだ!」


 そう叫ぶと更に手持ちのコイン袋から新たに九枚のコインを投入し、再びスロットレバーを勢い良く動かした。

 私はスロットが壊れやしないかとハラハラしつつ、彼の被害額が倍にならないことを祈ります。


 ああ、スロットの神よ。

 せめて彼の心に一時の安らぎを与えたまえ……と。


 しかし私の願いは神には届かなかったようです。

 そもそもスロットの神など居るのかどうかわかりませんが。


「うぉぉ、またお前かっ! スライム如きが俺の邪魔をするなぁ!」


 彼の救いはスライムによって今度も阻止された模様。


「もう許せねぇ!」


 彼は方向一番、勢い鞘から剣を抜き放ち表示された絵柄にその切っ先を向け威嚇を始めます。

 この風景も彼がこのカジノにやってきてから既に何度も目にしたものですので、今では私は驚きもしなくなってしまいました。


 本来なら即刻退店を命じるところなのですが……。


 私は彼の周りに無造作に放置されている『伝説の武具たち』を見渡すと一つため息を付いた。


 その足元に無造作に転がされた『勇者の盾』はひっくり返り、その上に無造作に放置されているのは『勇者の兜』ですね。

 暑いという理由で脱ぎ捨てられた『勇者の鎧』は時折興奮した彼によって足蹴にされてガンガンと音を奏でる道具に成り下がっています。

 あれだけの勢いで蹴られていたのに傷一つ付いていない所は、流石伝説の鎧といった所でしょうか。

 魔王の強大な魔法すらも防いだというお話は嘘ではなさそうです。


 そしてその魔王の絶対防御ですら刺し貫いたと云われる伝説の『勇者の剣』は先程からスロット台に向けられたまま。

 スライムの絵がその切っ先をニヤついた笑顔で見つめているばかり。


 その昔、魔王を討ち滅ぼしたと言われる伝説の武具たちは今、このカジノの中で誰もが思いもよらないくらいぞんざいに扱われていた。

 多分、彼を待ち受けているらしい『二代目魔王』ですら想像していないだろう。


 私は少し通路にはみ出していた『勇者の盾』の位置を直しつつ未だ剣先をスロット台に突きつけている彼を見てまたため息をつきました。


 そう、彼こそ数年前に現れた『二代目 魔王』を討ち滅ぼすべく立ち上がった英雄の血を受け継ぎし『勇者様』であり――。


 私はその勇者様が魔王討伐をほっぽりだして絶賛入り浸り中の、この街『ラグナシオン』の目玉施設『カジノ・ラグーナ』のオーナーなのです。




「はぁ、胃が痛い」




 読んでいただき誠にありがとうございます。

 第二回 書き出し祭りに出展した作品を加筆修正しております。

 三話目から未公開部分に入ります。


 評価・ブクマ・レビュー・感想等が支えとなっております。

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