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支えあえる関係

「っと、あったあった」

本来は見回りに行く前に詰所へと持っていこうとしていた書類を手にし、ファビアンは微かに目を細める。

脳裏に浮かぶのは先ほどの、不愉快極まりない状況とそれに光明を示してくれたレアンドルの姿だ。

「……本当に、兄上には申し訳ないことをしたな。今度王都で評判の菓子でも送ろうか」

甘いものが好きな兄の顔を思い浮かべ、何がいいかと考える。日持ちがするもので好みに合いそうなものはと考えつつ部屋を後にすると、ちょうど部屋に戻るところだったらしいレアンドルと目があった。

「あ、兄上。お好きな菓子は何ですか?」

「また唐突な質問ですね?」

「いえ、今回のお詫びも兼ねて今度お菓子でもお送りしようかと」

「気にしなくていいと言っているのに」

くすりと笑うレアンドルの表情は柔らかく、ファビアンに向けられたまなざしも優しいものだ。本来彼は他者に怒りを見せることをよしとはしない性分である。今回の件に関しては本人も口にした通りサフィニアに対してよほど腹に据えかねていたのだろう。

「迷惑をかけたと思っているのも事実ですが、それより兄上に喜んでいただければと思ったのですが」

「……そうやって、君はいつも私を喜ばせようとするんですから」

ほんのりと頬を染めて嬉しそうに微笑むレアンドルに、ファビアンも笑みを浮かべる。

「なにせ、この領地を離れて暮らす不肖の弟ですので。休暇の時くらい、いい弟でありたいなと」

「何を言うんだか。君はいつだって私の自慢の弟ですよ。この領地を守るだけではもったいない……王都で父上と同じく近衛騎士になったと聞いた時、背中を押してよかったと思いました」

「兄上」

「君がこの領とそこに住む民を愛しているのはわかっています。一生をこの地で終えようとしていたことも。それでも、君に可能性まで捨てて欲しくはなかったのですよ」

慈しむようにファビアンを見つめ、レアンドルは満足そうに微笑みを深いものにした。

「私に剣の才能はさほどなく、領地をまとめる事務仕事の方が性にあっていました。だからこそ、父上に肩を並べられる君の腕をこの地だけにするのはもったいないと思ったのです。父上も自分の息子が同じ騎士になれば嬉しいとも思いましたしね」

実際、ファビアンが近衛騎士になった時誰よりも喜んだのはレアンドルであり、その喜びようは同じく喜んでいた父が目を丸くするほどのはしゃぎっぷりだった。祝われた本人であるファビアンも生まれてこの方見たことがないほどの喜びようだったのだ。

レアンドルが父を尊敬しその力になろうと頑張る姿を見て育ったファビアンは、兄がなれなかった近衛騎士になることを躊躇っていた。自分が近衛騎士になると兄が傷つくのではないかと気にしていたファビアンに、レアンドルは適材適所だと笑って背中を押したのだ。

『私には剣の才能はない。そのかわり、父上が舌を巻くほど完璧にこの領地を治めて皆を幸せにしてみせる。だからその分君がその剣で、父上よりも優れた騎士になればいい』

そうすればどちらの息子も父にとって自慢になるだろう。そう言われてファビアンの心にあった最後の重しが取れたのだ。

後日その話を父にしたところ、感激のあまり男泣きしたのも思い出してつい笑ってしまう。

「どうしました?」

「いえ、ちょっと思い出し笑いで……ああ、そうだ」

思い出したついでにポケットを探る。綺麗に畳まれたハンカチを取り出したファビアンは、それを掌の上でそっと開く。

「兄上、前に父上のピンが壊れた時に直されていましたよね。これも直すことはできますか?」

「……耳飾り、ですか」

丁寧に包まれていたのは青い――ナディアの壊れた耳飾りだ。ファビアンに直すことは出来ないが、詰所に戻りがてら途中の宝飾店に聞いてみようかと思って預かったのだが、かつてレアンドルが歪んだピンを直したことを思い出したのだ。

「宝飾店に聞いてみようかと思ったのですが、もし兄上に直せるのであればその方が早いかと思いまして」

「なるほど、ちょっと見せてくださいね」

耳飾りをハンカチごと受け取ったレアンドルは、あちこち眺めると小さく頷いた。

「金輪の部分が緩んだようですね、これなら締めれば大丈夫でしょう。金属も弱くなっているわけではなさそうですし……それにしても、君が女性ものの耳飾りを持ってくる日が来るとはね」

「兄上、預かりものなので妙な誤解はしないでくださいね」

慌てたように付け加えたファビアンに笑って、レアンドルは耳飾りをしげしげと見つめる。

「それにしても、どこか懐かしいものですね。誰から預かったものですか?」

「流浪の民の、踊り子です。両親の形見らしいので、できれば取り換えずにそのまま直せたらと」

「確かに、形見であれば下手に手を加えたくはありませんよね」

流浪の民が持つにしては高すぎるように思えても、それが形見であるのならそこまで不自然ではない。気のせいか、と小さく呟いたレアンドルは、耳飾りを直すべくファビアンと共に自室のドアを開いた。


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