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兄と弟

詰所に行くと待っていた女性の自警団員にナディアのことを託し、ファビアンは一度家に戻っていた。

ファビアンがナディアを調べないのは、出会ってからの時間を加味し完全に現場を見ていない人間へ話した内容と、ファビアンが実際に見た状況を照らし合わせることでより事実を確認しやすくするためである。

もちろんガーレに頼まれたこともあり、すぐに詰所へと戻るつもりではある。ただ、詰所に持っていく書類があるのと、仕事があったからと投げ出したお見合いの後始末をするためにどうしても一度顔を出さねばならなかったのだ。

お見合いの予定時間は遥かに過ぎ、いい加減相手も待っていないだろう。そう計算した部分もある。

しかしながらファビアンが思う以上に相手の執着は強かったようだ。

「ファビアンさまぁ」

甘ったるい声としなを作り、肉感美を惜しげもなくさらす露出の多いドレスを身にまとった相手――サフィニアという名の少女にうんざりとした顔をしつつ、ファビアンの脳裏にちらつくのは先ほど見た底なしの青。

絶望を通り越しただ深くどこまでも自らを憎むあの瞳がどうしても頭から離れない。

まだ幼いとさえ言える少女がどのように生きれば、あれほどまでに不の感情を持てるのか。全くの孤独であるならばわかるが、あのガーレという青年は確かに少女を案じ慈しんでおり、ナディアもまた青年を信頼し親愛のまなざしを向けていた。

愛情を知らないわけではないはずだ、なのに何故。

「もう、ファビアン様ってば、どうしてこちらを向いてくださらないの?」

拗ねたように見せかけるサフィニアに冷たい一瞥を向ける。いい加減うっとおしくなってきた。垂れかかる体を怪我こそさせぬよう、しかし荒っぽく引き剥がせば悲鳴が上がる。

「そろそろ気づいていただけませんか。私が貴女にまったく関心がないと」

「もう、そんな照れ隠しを言わなくても」

「わかりました、はっきり言いましょう――邪魔だ、二度と私に近づくな」

氷のように鋭く冷たいファビアンにサフィニアの顔が引き攣った。それでもと手を伸ばすあたり往生際が悪いと言うべきか。綺麗な色を引かれた唇を戦慄かせ、何かを口にしようとするが。

「――まだいらしたのですか、サフィニア嬢」

柔らかな口調の、けれど侮蔑を盛大に孕んだ鋭い声が響く。

「兄上」

ファビアンの視線の先には微笑みを湛えた女性と見まごうばかりの眉目秀麗な青年が立っていた。

「お帰り、ファビアン」

そう微笑みかける声は先ほどの鋭さを感じさせぬ穏やかなものだが、サフィニアを見つめる瞳は険しい。

顔だちこそファビアンによく似ているが、色素が全体的に薄く体も細身なせいで外見からは物腰穏やかそうに見える。だからこそ険しい表情がよりいっそう威圧感を強めているのだろうか、サフィニアが喉の奥で小さく悲鳴を上げているのを耳にしたファビアンは、自業自得だと内心呟いた。

そもそもこの見合いはファビアン本人だけでなく一家で断ったものなのだ。それを無理やり押しかけてきた相手に好意的な対応をするはずもない。しかも今の言い方では帰宅を促されていたにも関わらずにである。

「あ、あの、レアンドル様」

「誰が私の名を呼んでいいと言いました?」

「ひっ!」

決して声を荒げた訳ではないのにも関わらず、今度こそ悲鳴を上げたサフィニアが後退りする。レアンドルと呼ばれた青年が一瞥すると、顔を真っ青にして慌ただしく駆け去って行った。

「まったく、しつこい人ですね」

「申し訳ありません兄上、助かりました」

「いいんですよ。あのように色仕掛けさえすれば男が落ちると考える短絡思考の持ち主を見るのは私も不愉快ですから」

穏やかな微笑みと共に告げられる辛辣な評価に苦笑し、ファビアンはそれでもと頭を下げる。

「仕事とはいえ、私に来た話を無視したのは事実です。そのせいで兄上のお手を煩わせました」

「なにを言うかと思えば」

困った子だと、それでもどこか嬉しそうに笑ったレアンドルは、自分よりやや背の高いファビアンの頭を撫でた。

「君は私の自慢の弟で、王家に使える優秀な騎士であり、そしてなによりこのジェンダー領を愛し慈しむジェンダー家の血を色濃く宿した青年です。あのような女性を娶せるつもりなど端からありません。そして父の留守中にこの家へ来た話を捌くのが次期当主である私の役目。君が気にすることは何もないでしょう?」

「兄上……」

「それより、街の様子はどうでしたか? 君の目から見て不安な部分があれば教えてください。祭りの前でただでさえ人の出入りが激しく警戒を一層強めなければならない時期です。しばし離れていたからこそ見えるものもあるかと思いますのでね」

不愉快な話は終わりだと微笑むレアンドルにファビアンもやっと笑みを浮かべて頷く。

「はい、いくつか気になった部分はありました。ですが、またすぐに詰所へ戻らなければならないので帰ってきてからでもいいでしょうか?」

「ええ、もちろん」

「ありがとうございます」

レアンドルの許可を貰ったファビアンは急いで自室に向かう。見合いの件は片付いたので、あとは書類を持っていくだけだ。

「……本当に、仕事熱心ですね」

呆れたように呟きつつも、足早に立ち去るファビアンに向けられたレアンドルのまなざしは、とても優しく穏やかなものだった。



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