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運命と呼ぶよりは

「行ってもいいのか?」

「え、心配だから迎えに来たいでしょう?」

ガーレの問いかけに驚きを隠さないファビアン。その様子を見たからか、彼はふっと口を綻ばせた。

「……別に、あんたが送って来てくれるならそれでもいいかって気がしてきた」

「ちょ、大事な仲間のしかも女の子を初対面の男に託さない!」

「うん、そう言っちゃうあんたならいいや。俺たちも色々忙しいし」

ククっと喉の奥で笑い、長い手を伸ばしてポンっと少女の頭を撫でる。

「お前は自分に恥じない行動をしたんだろう?」

「うん、私から手を出したわけじゃないし、今でも悪いことをしたとは思ってないよ」

「だったら俺たちは信じて待ってる。ま、念のためこいつは預かっておくけどな」

ファビアンの手から素早く銀時計を奪うと、ガーレは晴れやかな笑みを浮かべた。

「自警団ってことは、この街に詳しいんだろ? 俺たちは南のジュナって宿に滞在してるから、ナディアをよろしく頼むな!」

「ええっ? 本気!?」

来た時と同じように風の如く走り出すガーレ。あまりにも素早い行動に対応しきれず、ファビアンが呆然とその背を見送っていると、少女がそっと袖を引っ張った。

「あの、ガーレは多分、今夜私が帰れないかもしれないからって考えたんだと思います」

「今夜?」

「はい。私たちの一座は女性が多いので、ガーレは大事な用心棒も兼ねているんです。だから、ファビアンが信用出来そうだったら託してしまった方が仲間を守れると考えたんだと」

「初対面で信頼しちゃうのもどうなのかなぁ」

信用されるのは、もちろん嬉しいことだ。特に剣を振るうこともある自警団としては住民の信頼を勝ち取れなければ話にならないといってもいい。だが、旅芸人のよそから来た人にあっさりと信頼されるのもそれはそれでどうなのだろう。

多くの人を見てきた目で信頼されるのは誇ってもいいのかもしれないが、だからと言って初対面で女性を預けていくのはやりすぎではないのだろうか。

生真面目に考え込んでいるファビアンに、少女は柔らかな微笑みを浮かべていた。

「ファビアンは、いい人ね」

「男としてその評価はいささか……いや、君をどうこうしようって訳じゃないんだけど、なんか微妙だ」

「うん、そう言っちゃうところがいい人」

くすくすと笑った少女は軽やかに近くの塀に飛び乗り、芝居がかったしぐさで一礼した。

「改めて。私は芸人一座アークルーラの踊り子の一人、ナディアと申します。先ほどのガーレはリュートの引手です。この街には今日、祭りに参加する為にまいりました」

「君だけじゃなく、アークルーラがこの街に来るのも初めてだね?」

聞き覚えのない名前だとファビアンが言えば、少女――ナディアはにっこりと微笑む。

「はい、私たちは基本的に北を中心にして廻っておりました」

「ふうん? 不思議だね、確かにもうすぐ祭りがあるからこの街に旅芸人たちが来るのは不思議じゃないけど、わざわざ他所から来るなんて」

純粋に疑問だと首を傾げるファビアンに、ひらりと地面に降り立ったナディアは困ったように微笑んだ。

「先ほども申しあげたように、私たちは女性の多い一座です……なので、男性とのトラブルがあるとその場を離れるのが最善の防衛手段になるんですよ」

「何かあったんだ?」

「ええ、少々。それで、次はどこに向かおうかとなりまして、長が占いでこの街を選ばれたんです……運命が、待っていると」

そう言ったナディアの顔は愁いを帯び、先ほどまでの無邪気さを掻き消して落ち着いた女性の表情になっていた。

「……運命、か」

ファビアンは奇跡や偶然といった言葉が好きではない。誰かに決められるものより自分で決めたことのほうが尊いと思うからだ。

それでもナディアが告げた運命という言葉に心臓が跳ねる。この出逢いがもし、運命なのだとしたら。

「そんな言葉で、僕は縛られたくない」

低い囁きにナディアが振り返る。どこか大人びた顔をしっかりと見つめ返し、ファビアンは口を開く。

「僕は僕の未来を自分の手で切り開く。運命なんかに踊らされたくはない」

「……ファビアンは、強いのね」

ふわりとさみしそうに微笑んだナディアは儚くそのまま消えてしまいそうだった。思わず掴んだ手はファビアンが思っていたよりもずっと華奢で少し力を入れれば折れそうなほど。

それなのに、少女の青い瞳はまっすぐ何にも負けない輝きを秘めている。

「私も、そうよ。運命に囚われるのは望まない……でも、目的のためなら、運命だって利用してみせる」

「目的?」

「そう。私がここまで生き続けたその理由がもし、運命だったとしたら」

一度言葉を切り、ナディアは穏やかに大人びた微笑みを浮かべる。

「私は、私を殺してやりたい」

柔らかな声音で呟かれた、まるで本気とは思えない一言。

ただファビアンを見つめるまなざしの強さが、その言葉を真実だと思わせていた。


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