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風のような青年

「男勝りだとか、じゃじゃ馬だとか、もうちょっとお淑やかにとかは言われたけれど……男の人に可愛いって言ってもらえたのははじめてだわ」

照れたようにはにかんだ少女。その可愛らしさに眩暈すら覚えつつ、本気でこのままでは不味いだろうとファビアンは重いため息を吐き出した。

「だから、そんな顔をするなって……」

「だって、お兄さんに可愛いって言ってもらえたのがすごく嬉しいんだもの」

なんだろう、この可愛い生き物。抱き締めたら駄目だろうか、小さな頭を撫で回したい。明らかに自分より年下の少女に欲望めいたものを覚える自分自身に遠い目になる。

欲望は欲望でも子猫や子犬を可愛がりたい感覚に近いものではあるが、それでも男として色々どうなんだろうと本気で悩むファビアンを不思議そうに見つめていた少女は、不意にパッと顔を輝かせた。

「ガーレ!」

少女が視線を向けた先、癖の強い濃茶の髪を靡かせた一人の青年がまっすぐに駆けてくる。

「悪い、ナディア。遅くなった」

息ひとつ切らすことなく少女へと駆け寄った青年――ガーレは、そのままファビアンに対峙する。

深い緑のまなざしにありありと浮かぶ警戒心を隠しもしない青年は、少女を背に庇うように立っていた。

「彼は?」

「ファビアン、この町の自警団員で、一緒にガーレを待っていてくれたの」

「ふぅん……とりあえず、なんかナディアが世話になったみたいだから一応礼は言うよ。ありがとう」

本当に一応だとばかりの態度に少女が困った顔でガーレの袖を引くが、それを気にした様子もなくファビアンの返事を待っている。

どうしたものか、とファビアンは苦笑した。これだけ警戒されていて少女を連れて行くと言い出したら、この青年がどんな対応をするか火を見るより明らかだ。

それでも仕事は仕事、やらねばならない。かといって青年をむやみに心配させるのも本意ではない。

少し考えてからファビアンはおもむろに自分の胸元に手を差し込んだ。

「これを、君に」

ファビアンの行動に身を固くしたガーレへ差し出したのは、小さい銀時計だった。精巧な細工でよく手入れされたどう見ても値の張るそれを、戸惑うガーレへと差し出し続ける。

「先ほどここで、彼女は数名の男性に囲まれていた」

「なんだって? ナディア、怪我は?」

「ない、は、ないんだけど……」

慌てた様子で振り向くガーレに、言葉を濁す少女。おそらく立ち回ったことを口にしたくはないのだろう。

それに小さく苦笑して、だからとファビアンは続けた。

「僕は自警団員として、彼女からも事情を聴かなければならない。だからこれから、詰所へと彼女を連れて行く。でも、それを言われただけだと不安だろう?」

「俺も同行する」

「駄目だよ」

緩やかに首を振れば噛み付かんばかりに表情を険しくするガーレ。敵意に似た怒気を向けられつつ、ファビアンは困ったように笑って見せた。

「待ち合わせている人が心配するからその人に一言言うまではここにいたいと、そう願ったのは彼女だよ。君たちは旅芸人の一座だろう? だったら他にも仲間がいるよね」

ファビアンの言葉に微かに目を見開くガーレと少女。どうしてと少女の唇が声にならない言葉を紡ぐ。

それを認めたファビアンは、銀時計を持った手で自分の耳を示した。

「女性が装飾品を身に付けるのは普通だけれど、男性が耳にまで装飾品を身に付けるのは旅芸人の習性かそういう一族特有の決まり事がほとんどだ。一族なら同じ意匠か材質の飾りが一般的だし、この街によく来る部族なら一通り特徴を把握してる。僕の知る限り、君たちの持つ飾りは知らないものだよ……だったらどこかから流れてきた旅芸人の一座で、財産を貴金属に変えて身につけていると考える方が自然だ。ちょうどこの街で祭りがある時期だしね」

その言葉にガーレが小さく頷く。確かに彼の耳にはいささか目立つ金の耳飾りが両方にあり、その形は少女の耳飾りとは異なるものだ。まったくもって青年の推測には矛盾も外れもない。

それでもひとつ気になると、ガーレは幾分表情を和らげて問いかけた。

「確かに俺たちは旅芸人の一座だ。だが、どうして他にも仲間がいると?」

「身につけている貴金属と持ち物の少なさだよ。女性が耳飾り以外の飾りを身につけていないのも、君が腕に何も身につけていない割に楽器も武器も持っていないのが不自然だろう? 二人ならなおさら、大事な商売道具なりなんなり持ち歩くものだよ。泊まっている宿に置いてきたとすると、彼女が君を待っていた理由がわからなくなる。だったら先にそこへ寄って伝言を残したいと言う方が自然だからね」

「確かにな。あんたの考えた通り、俺らに他にも仲間がいる。こいつがここで待っていたのは、宿が取れるまで自由行動と言われていたからだ」

「だったらやっぱり君は一緒に来ては駄目だよ。彼女を連れて行くのは譲れない、でも君まで来たら他の人は二人も帰ってこないと心配するだろう? だから、一度戻って事情説明をしてから来てよ」

そう言うと、ガーレはきょとんとした顔になった。


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