思い出は美しいまま
「じゃあ、僕が一緒に残るか」
「ファビ?」
「アレンは先に男たちから事情を聞いたりしないとだろう? だったら身軽な僕が一緒に待って、その後詰所に連れて行くよ。女性の団員呼んでおいてね」
「いや、それはもちろん呼んでおくけど、身軽って今日なんか予定入ってなかったか?」
「ちゃんと仕事していて文句を言われる筋合いはない」
キッパリと言い切る青年にアレンは呻きつつも仕方ないかと肩を落とす。
「言い出したら聞かないからな……お嬢さん、それでいいかな?」
「は、はい」
「じゃあ、僕は先に彼らを連れて行くから」
そう言ったアレンとほかの自警団員が縄をかけた男たちを連れていく。青年がそれを見送っていると、おずおずと少女が声をかけてきた。
「……あの、本当にいいんですか? 私、逃げも隠れもしないのでちゃんと詰所に行きますよ?」
青年に予定があると聞いたからかますます罪悪感を見せる少女に青年は笑って首を振る。
「大丈夫、単にお見合いだから。しかもこっちは家で乗り気じゃない、向こうからのごり押しで設けられた見合いだ。仕事に理解もないなら会う価値すらないよ」
「お見合い……お兄さん、ただの自警団の人じゃ、ないよね?」
疑問ではなく確認の問いかけに青年は微笑みを絶やさぬまま首を傾げて見せる。
「ファビアン」
「ファビアン?」
「そ。僕の名前、みんなはファビって呼ぶけどね」
唐突な名乗りに目を瞬かせる少女。もう一度ファビアンと確かめるように口にする姿に青年はやわらかく目を細める。
「僕はファビアン、ファビと呼ばれる自警団の一人……それじゃ駄目かな?」
「駄目です」
キッパリと言い切った少女に青年——ファビアンが意表を突かれて目を丸くすると、だってと少女は俯く。
「それだけでは、お兄さんにこれを渡せない……私にとって大事なものだから」
これ、と少女が見せるのは青い耳飾り。キラリと光るそれに青年が目を向ける。
「お兄さん、疑っているでしょう? 私のような風貌でこんなに高そうなものを持っているのはおかしいって、そう思ったから見せてって言ったのよね」
「え、別に疑ってないよ?」
「いいよ、わかってる。片方しかないのも、おかしいでしょう? どこからか盗んだものじゃないかって思うんでしょう?」
酷く傷ついた顔の少女はさらに何かを続けようと口を開くが、ファビアンは指を触れさせることでそれを止めた。
「僕はさっき言ったはずだよ。君と同じ色だねって」
潤んだ瞳と耳飾りは同じ青だ。ここまで同じ色合いを偶然の一言でくくるには難しい。
何か意図的に探さなければ同じ色で揃えることはできないだろうとファビアンが告げれば、少女の瞳から一粒涙が転がり落ちた。
「な、んで」
「ん?」
「どうして、そう言ってくれるの? 変だって思わないの?」
おそらく今までもあちこちで同じようなやりとりをしたのだろう。誰にも自分の持ち物とは信じてもらえなかったのだろう。何度も傷つけられたとわかる言葉にファビアンは思わず少女の頭を撫でていた。
ビックリした拍子にまた涙をこぼし、それでもファビアンを見た少女の顔がやわらかな笑顔に変わっていく。それはとても美しい光景で、ファビアンの胸を酷く騒がせた。
「これね、お母さんの形見なの」
小さく呟くと、少女はファビアンに耳飾りを差し出す。
「私の目と同じ色って言ってもらえたけれど、本当はお父さんの目と同じ色で作ってあるんだって。お母さんがいつもお父さんに見守ってもらえるようにって、耳飾りにしたんだって……だから、もうひとつはお父さんが持っているの」
「なんだ、じゃあお父さんのも一緒に見せてもらえれば盗んでないってすぐに証明出来るんだな」
そう言ったファビアンに少女は笑みを消さぬままゆっくりと首を振った。
「お父さんも、もう、いないの」
子供のような口調で告げられた言葉にファビアンが言葉を失う。それに気づくことなく少女は愛しそうにそっと耳飾りを撫でていた。
「だから、もうひとつはないの。お父さんと一緒にあるから」
穏やかにそう言う少女は酷く健気に見えて、どうしようもなく抱き締めたくてたまらなくなる。
そんな自分の感情に驚きつつもファビアンは耳飾りへと視線を向けた。
少女と同じ色の、父親と同じ色で母親の形見だというそれを、どうにか直せないものだろうか。
少女にとって何よりも心の支えなのだろう耳飾りを見つめていると、いつの間にか少女が不安そうにファビアンを見上げていた。
「あの、ファビアン?」
「あ、いや。そんなに大事なものなら、なんとか直せないかなって」
「それを考えてくれていたの?」
途端、ふわりと少女が笑った。咲き初めの花のようにやわらかく嬉しげな笑みを無防備に向けてくる少女に、ファビアンは大きく息を吐き出す。
「あのね、だからさ。そういう可愛い顔を男に向けたら駄目だよ。ただでさえ君は可愛いんだから、誤解されるでしょう?」
「可愛い? 私が?」
心底驚いたという表情になる少女に、色々な意味でファビアンは不安になってきていた。