片方だけの耳飾り
コロリと転がった小さな飾りを拾い上げ、青年は少女に差し出す。
「落ちたよ」
「ごめんなさい、ありがとうございます!」
慌てた様子で受け取った少女が手のひらに乗せたそれは、青い石のついた美しい耳飾りだ。
深く色濃く、それでいて透明度の高い石だ。おそらく値の張るものだろう。少女が持つには違和感の強いそれを、青年はじっと見つめてから口を開いた。
「君と同じ色だね」
少しだけ驚いたように青年を見るまなざしも、同じく美しい澄んだ青だ。この国にはない海はこんな青に染まっているのだろうか。
そんなことを思っていると、少女は再び手のひらに視線を戻す。
「大切な宝物だったの……でも、壊れてしまったみたい」
少女の言うように、耳に挟むための金具が歪んでいる。そのせいで落下したのだろう、すぐに見つかる時だったのが幸いだったとも言える。
しょんぼりと肩を落とす少女を見ていると、なんとかしてやりたい気持ちが湧き上がってくる。
「見せてもらっても?」
「え……」
少女が躊躇い、ぎゅっと耳飾りを握り込んだ。それもそうか、と少し残念に思いつつも納得する。初対面の男に大事なものを見せろと言われて素直に見せる方が問題だ。
だから少女の反応は間違っていない。それなのに少女は困ったような顔をしつつ何度も躊躇い口を開けてはつぐみ、手に視線を落としてはちらちらと青年を伺っていた。
まるで子犬のような仕草に思わず笑みを浮かべ、青年は首を振る。
「いきなり言われても困るよな、ごめん。ちょっとした歪みなら直せるかと思っただけだから」
ついうっかり頭を撫でそうな衝動を抑えつつ、それにしてもと少女を改めて見つめる。
薄茶のような僅かに波打つ背中までの髪、前髪である程度誤魔化してはいるものの充分に可愛らしいと言える整った目鼻立ちは、間違いなく美人になるだろうと思わせる。
神秘的な青い瞳にほっそりとしていながらも健康的な四肢。女性らしい丸みはまだ目立たないが、それも少女がゆったりとした異国の服に身を包んでいることもあるからだろう。
男たちが血迷ってもおかしくない見目ゆえに荒事に巻き込まれることも多かったのだろうか。先ほどの落ち着いた対処を思い出すとまた少し腹が立ってくる。
「それは大事なものなのだろう? 駄目だよ、さっきみたいな時にはとっとと逃げないと。その耳飾りのように価値のありそうなものはすぐに奪われてしまう。そういう部分でも危機感を持って行動しないと」
青年の言葉に少女はきょとんと目を瞬かせ、それから小さく微笑む。
「お兄さん、心配してくれているんだ」
「あれを見たら感心より心配が先に立つ。どんなに慣れていても、純粋な力の強さでは男に勝てないでしょう。本気で押さえ込まれたら逃げられないものだよ」
「……私、強いよ?」
「それでも。女の子は男より失うものが多いんだから、身を守ることを最優先するように」
めっと子供を叱るように眉を寄せた青年の言葉はどこまでも少女を気遣う優しいものだ。それを少女も理解したのだろう、肩の力を抜いてくすくすと笑い出す。
よりいっそう幼く見える無垢と呼んでもいいくらいの無邪気な笑顔。青年を見る瞳にも先ほどまで僅かに見えていた警戒心の色が消えている。
「みんな、お兄さんみたいな人ばかりならいいのに」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、僕だって男だからあんまり信用しすぎないようにね」
「それを言っている時点でお兄さんが何かするとは思えないよ?」
少女の言葉に青年が苦虫を噛み潰したような顔をすると、それまで男たちを運ぶ指示を出していたアレンが噴き出した。
「確かにそうだよな、今から襲うぞって獲物に宣言してから狩りはじめる狼なんてどこにもいないよな」
「アレン」
「いや、賢いお嬢さんじゃないか。ファビにも臆せず話せるし」
「異国から来ているからだよ……アレン」
「わかってる。さて、お嬢さん」
二度目に名前を呼ぶ青年の声の低さにアレンは苦笑し、少女へと向き直る。その途端少女に警戒心が戻るのだから面白いと内心思いつつ、にっこりと微笑みかけた。
「改めて、俺はアレン。この街の自警団で小隊長だ。今回ファビが異常ありと俺たちを呼んでこの状況だったから、男たちだけでなく君にも事情を確認したい。任意ではあるけれど、来なかった場合男たちの言い分が通る可能性もあるとは認識してほしい。裏付けはちゃんととるけれど、万が一ということもあるからね」
青年が先ほど言ったことと同じ内容を口にするアレン。少女は二人の顔を見比べ、それから辺りを見回した。
誰かを探すようにあちこち視線を向け、困ったような顔をする少女に二人が首を傾げていると、やがてしょんぼりと肩を落とした。
「その、事情を確認するというのは、ここじゃない場所でするんですよね」
「うん、詰所に来てもらうかな」
「ここで待ち合わせているのですが、相手がまだ来ないんです。せめて一言行ってくるとだけでも伝えてからでないと心配されるので、それからでもいいですか?」
ひどく申し訳なさそうな少女の様子にアレンと青年は顔を見合わせた。