青い目の少女
驚きのあまり動けぬ青年の前で、少女はなんということもないかのように掴んでいた男の手を離した。うめき声を上げつつ男たちは衝撃のせいか立ち上がることが出来ないでいる。
死屍累々と言っても過言ではない状況を生み出したのは、見慣れぬ衣服を身につけた、まだ子供に近い年齢の娘だ。いくら相手の勢いを利用したとはいえど華奢な体で大の男を振り回したのだから、見事としかいいようがない。
素直に賞賛の気持ちを抱きつつ、だが同時に酷く危ういとも青年は思った。
少女の行動から見ても、これがはじめてではない。手慣れ過ぎているのだ。それだけの荒事を経験しつつ逃げるのではなく叩きのめす方を選んでしまっている以上、いつか必ずその報いがやってくるだろう。
誰かが教えなければ、取り返しのつかないことになる。そう思いつつ、青年は滑るように路地から出ると少女の元へ足早に近づく。
「失礼」
男とは明らかに違う身なりの整った青年の登場に、きょとんとあどけない表情になる少女。少女の近くまで近づいた青年の爪先が踏み躙るのはいつの間にか少女へ向かって伸びていた男の手だ。
あの一撃で全員の度肝を抜き、ある程度のダメージは与えられている。予想外の攻撃にすぐ反撃は出来ないが、流石に意識までは刈り取れていない。それに少女は気づいていても、すぐに立ち去ろうとはしなかった。その油断に腹がたつ。
「こういった手合いにはきちんと止めをささないと、馬鹿みたいにしつこく追ってくる」
「あの」
「せっかく隙を作ったんだ、悠長にしないですぐに逃げなきゃ駄目だよ」
ダンっと一際強く踏み締めれば男から野太い悲鳴が上がる。それに欠片も関心を見せず、青年は首から下げていた笛を取り出し、四度高く吹き鳴らした。
「これで自警団の仲間が来る。君に後ろめたい思いがないのなら、ここにいて」
「後ろめたい思い? それは私がなにか悪いことをしたとでも?」
ムッとした表情になった少女に、そうではないと青年は首を振る。
「君が複数の男に囲まれていたことは事実、でも僕はその理由までは知らない。こいつらが君に大切な物を奪われたと言われたら僕たちは君を調べる義務がある。いないところでならなんとでも言えるものだから、よほどの理由がない限り君からも事情を聞きたい」
「……私にとって不利になるかもしれないから、このまま説明した方がいいということでしょうか」
「うん、そういうことだよ」
理解が早くて助かると笑いつつ、他にも起き上がりそうな男を踏みつけておとなしくさせていく。
「ちくしょー、どけよっ!」
「あはは、退くわけないよ、逃げるつもり満々じゃないか。君たちには聞きたいことがあるしね」
「俺たちは、何も悪いことなんかしてねーぞ!」
確かに少女を取り囲んでいてなおかつ触れようとはしていたが、それ以外に何かしたのかと言えばなにもない。明らかに不審ではあるものの、それまででしかないのだ。
それでも、怪しいことは怪しい。
「それだったら、僕の足音を聞いて逃げる必要なかったでしょう? こんな裏道で、か弱い少女へ手を出そうともしていたようだし」
本当にか弱いと言っていいのかは別として、少女に向かって手を伸ばしていたのは事実だ。怪しい足音を追った先の光景に自警団が調べようと思うのは間違いではない。
「見た所、君たちも他所から来たんだろう? この街にはこの街のルールがある。それを守って貰わないと困るから、詳しく話を聞いて」
そこで一度言葉を止め、青年は足の下で暴れる男を見下ろしにっこりと微笑んだ。
「二度と僕たち以外の誰かの手を必要とするような行為が出来ないようにしっかりお説教させてもらうから」
笑っているのにその目は恐ろしいほど冷たい光を宿している。それをまともに見た男たちは暴れるのを止め、恐怖に引き攣った表情のまま固まっていた。
「ファビ!」
不意に響いた若い男の声。それと共に数人の、青年と同じ制服に身を包んだ若者たちが駆けてくる。
「遅かったな、アレン」
「無理言うな、これでも三つ先からだぞ?」
アレンと呼ばれた赤毛の青年はややムッとした表情を浮かべると、それにしてもと状況を見て呆れたような顔になった。
「なにをしたんだ、こいつら。ファビがここまで叩きのめすなんて」
「ああ、叩きのめしたのは僕じゃなくてこちらのお嬢さんだから」
「えええええっ!?」
アレンが驚きの声を上げると少女は困ったように頭を下げた。
「その、なんだかごめんなさい」
「えっ、いやいや! 君みたいな可愛い女の子の手を煩わせてこちらこそ申し訳ない」
そう言ったアランは姿勢を正し、深々と頭を下げた。
「自警団の一員として、謝罪を」
「え、えっと」
おろおろと困ったように視線をさ迷わせ、少女が助けを求めるように青年を見上げた時。
青い煌めきが流れ星のように地面へ落ち、小さく澄んだ音を立てた。