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プロローグ

「時が来た」

薄暗い中、机に視線を落としたまま老婆が低く呟く。けして広くない空間に幾人かの若者が集う中、老婆の声は静かに響いていた。

「正しきものが正しき立場に戻り、悪きものが報いを受ける。耐え待ち望んだ時が来る……だが」

ふと老婆が口をつぐみ、皺だらけの顔を上げた。まぶたの奥の小さな瞳を向けられ、若者が一人前に出た。

蝋燭の仄灯りにはっきりと照らされたのは、まだ少女と言ってもいいような年若い娘だ。

深く澄んだ鮮やかな青い瞳に、緩く波打つ髪はくすんでいるが金色なのだろう。細くまだ女性らしさは少ない体だが、ほっそりとした顔立ちは整っていて将来間違いなく美人になるだろうと思わせる。

髪の合間から覗く右耳には瞳の色によく似た青い耳飾りが揺れ、光を弾いて小さく煌めいていた。

「ババ様」

そっと少女が老婆を呼ぶ。耳に心地よい澄んだ声を小さな唇から放った少女は、そのまま視線を机に向けた。

ぼんやりと浮かび上がるのはそれぞれ絵柄の違う十枚のカードだ。少女から見て逆さまのものもあるこれは、老婆の得意とする占術の道具。その中央、十字に重ねられたカードにそっと触れ、少女は目を閉じた。

「それだけでは、ないのね」

「……そなたがこの道を選ぶのならば、この先我らと道を交えることはないだろう」

それは別れを意味する言葉だ。他の若者たちから息をのむ気配を感じつつ、少女はカードから手を離す。

「このまま、すべて忘れてみんなと一緒に生きていきたい。そう望むのも、可能かしら」

「かわりに二度と、そなたと両親の無念は晴らすことができず、この国も緩やかに死んでいくだろう」

宙に浮いた少女の手を、しわがれた老婆の手が優しく撫でた。

「そなたはババの大事な娘よ。だが、誇り高きかの一族の正当なる後継者でもある」

「ええ、わかってるわ。私を待つとおっしゃってくださった方もいる。でも、ババ様たちと別れたくはないの……私の家族は、もうババ様たちしかいないのだもの」

少女の切なる呟きに、老婆は小さく笑うと慈しむようなまなざしを向け、励ますよう少女の手を軽く叩いた。

「安心せい。共に生きてはいけぬとも、そなたのために力を貸すことはできよう。我らの絆は運命とてすでに引き離せぬ」

「本当?」

水面のように揺れる瞳。それは少女をより幼くも儚く見せる。

「これきりには、ならない?」

「もちろんだとも……ここにいる誰一人とて、そなたを一人で行かせたりはせぬよ。のう?」

老婆の声に歩み出たのは背の高い青年だ。濃い茶色の癖毛に緑の目をした彼は、小さく笑みを浮かべていた。

「当たり前だ。お前は俺たちの家族、俺の大事な妹だ」

「そうよ、私の可愛い妹」

暗がりから長い黒髪をひとつに結わえた乙女が姿を見せる。水色の瞳をやわらかく和ませ、薔薇色の唇に穏やかな笑みをはくと、優美な手を伸ばして少女の頬に触れた。

「あなたが断ろうと、私たちは共に行くわ。同じ道を歩けなくとも、沿い行くことはできるでしょう?」

「僕もいます」

最後に進み出た、少女よりさらに小柄な子供は、少女の手をとりその場にひざまづく。

「僕はあなたに救われた。だからこの先何があろうと、髪の一筋血の一滴にいたるまで、僕のすべてはあなたのもの。どんな険しい道であろうと、あなたの憂いを晴らして見せましょう」

左右異なる瞳を持った子供は、銀の髪を揺らして笑った。

誰一人として少女とこのまま別れるをよしとしない。そう告げられた少女はそっとまぶたを伏せた。

「……みんな、ありがとう」

再びゆっくりと現れた眼差しには強い意志が宿っている。

「ババ様、行くわ」

凛とした声が響いた。

「父と母の意志を継ぐために、私は私を取り戻す。その誇りを正しく引き継いでみせる……あの方がかつて望んでくれた私になってみせる」

「そなたなら、そう言うだろうと思っておったよ」

それに、と少女の手を離した老婆は右脇のカードの一枚を示す。

「そなたにとっての運命が待っておる。一人ではどうしようもなく途方にくれようとも、時に導き共に歩んでくれる者がいる」

「共に歩んでくれる人?」

「そうとも。恐れることはない、運命はそなたと共にある」

「……運命が共に……」

少女の視線の先、机の上で示されたカードには、空に浮かぶ車輪の絵が描かれていた。




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