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プロローグ

 雨格子に囲われた、雨音の支配する世界。遠い昔に降り始めた雨は、止むこと無く空と地面を繋ぎ続けている。小さい頃から、空高くから重力に引かれて落ちてきた雨滴が屋根で弾ける音を聞いてきた。道は常に濡れていて、排水溝はいつも川の様になっていた。


自分は、そんな世界が嫌いだった。心まで落ち込む、雨闇に辟易する毎日だった。ゴロゴロと愚図る雲に頭を押さえ付けられている気分だった。

何を言っても、邪魔をするかの様に声を遮ってくる世界に嫌気がさした。

 

 だから、変えてやろうと思った。

太陽を一度も見ずに死んでたまるかと思った。傘を持たず、合羽を着ないでも外に出られるようにしたかった。

その夢は、いつしか目標になっていた。




 止まない雨は無い、ってのは死んだ父親の口癖だった。

一年間三百六十五日、一日二十四時間、ひっきりなしに天からアスファルトを穿つべく振り注ぐ雨を、じめっとした軒下から眺めている時でも。

道路の脇に所々開けられた穴に、じゃぼじゃぼと汚れた水が吸い込まれていくのを車の中から見ている時でも。


どんな時にでも、止まない雨は無い、と言って笑っていた。


親父は、不器用な愛情表現しか知らない不器用な男だった。そんな愛が、俺にはよくわからなくて、ただ厳しくて、頑固で、話を全然聞かないクソ親父だと思っていた。だから、俺からはあまり関わらないようにしていた。俺は、親父の息子なのに親父について実はよく知らない。誕生日が何月何日なのか、好きな物は何なのか、趣味も、仕事で何をしているのかも知らなかったし、知ろうともしなかった。

覚えているのは、仕事から帰ってきた親父はいつもびしょびしょに濡れていたという事。

そして、俺が「おかえり」と言うと、安心した顔で「ただいま」と言っていた事だ。


俺は親父が嫌いだった。だけど、その挨拶をする時だけは仲の良い親子になっている気がしていた。


仕事で家を開ける事が多かったが、今にして思えば出来る限り家族との時間を過ごせるようにと、親父なりに気を配っていた。しかし、それに気付けたのは、親父が死んでからだった。

遅過ぎた。思い出に残る親父を追いかけ始めて、俺は親父の愛情に気付いた。その時には、もう何もかもが手遅れだった。


俺は、親父が居なくなってしまった日からずっと後悔し続けている。

何でもっと寄り添ってやらなかったのかって。もっとわかり合おうとしなかったのかって。


俺はいつまでも濡れたままだ。

どれだけ時間が経っても、あの日の雨が乾かない。乾いてくれない。

心は、渇いたままで。

体は、震えている。

バチバチと叩きつける雨が、今日も俺を責め立てている。



「……最悪だよ畜生」


俺の置かれた状況を端的に言い表すと、最悪というほか無い。

道路を走行してきたトラックが水溜りを弾き飛ばして、すぐそばの歩道を歩いていた俺がビッショビショの濡れ鼠にされるのを最悪と言わずして何と言うのだ。

雨に濡れぬように傘を差しているというのに

、シャワーを浴びた直後よりも濡れているこの現状には怒りしか覚えない。


天気は大雨。

こんな日に外に出てしまったこと自体が間違いだった。俺は別に好きで大雨の日を選んで出掛けているわけではないし、雨に濡れるのが好きなわけでもない。


義妹から逃げて来たのだ。

あいつめ、折角の休みの日に構ってくれとは一体何様のつもりなのだ。俺は義妹のオモチャじゃ無いということを一度言い聞かせてやるべきか。……言って聞かないから逃げて来ているんだが。


「クソ、風邪引いちまう。合羽着てくりゃよかった」


この状態では、傘なんてあってもなくても大差無い。潔く傘を閉じて、ダッシュで家に帰って風呂入って不貞寝してやろうか。


折角の休日を無駄に、ある意味贅沢に過ごそうと心に決めた時、遠くの方で底冷えするような唸り声が聞こえた。

雨に紛れて、小さく、低く、地面を這うような、耳障りな唸り声だ。


「あーあーあー、全く面倒臭いぜこんな時に」


この声は、俺にしか聞こえていない。

心臓を圧迫するような、恐ろしい音が、他の人には聞こえていない。


「まーたバイトして金貯めなきゃならねーじゃねーか。弾代だって馬鹿にならねえんだってーのに」


ざあざあ、と。

世界を支配する水の音に紛れ込む異質に向かって、歩き出す。革靴がぴちゃりとアスファルトを叩き、ずぶ濡れの服がべちゃりと肌に張り付き、左手に持った傘がバタバタと雨を遮り――



――右手の銃が、ジャキン、と音を立てる。



世界は、俺の音さえ掻き消していく。

だから、俺は負けない様に呟く。


止まない雨は無い、と。







こんな世界観どうだろうと思って最初の所だけ書いてみました。

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