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「俺が使ってた部屋よりこっちのほうが設備が充実してるって聞いたから、エクサに頼んで俺もこっちに住むことにしたんだよ」

 白髪のおっさん。ジュール・ゼプトはその逞しい濡れた体を拭いながらそう言った。

「……はぁ……」

 一人暮らしだと思いきや予期せぬ同居人の登場。裸のゼプトと同じ空間に居ることは居心地が悪いため閉めた扉越しに話す。

「別にいいだろ? 一人で住むにはここは広いし、掃除だって一人でするには手間だろ」

「そうだけど……」

「許可が下りたとはいえ、本来はお前一人で過ごす場所に押しかけることになっちまったからな。一通りの家事は俺に任せろ、炊事洗濯なんでもござれだ。女を連れ込む時だって空気を読んで俺は出て行くぜ」

「……まぁいいか」

 別に一人でいたいという希望があったわけでもない。元々は母さんと二人暮らし、それが見ず知らずの白髪のおっさんになるだけ、と心内を整理し突如現れた同居人を認める形となった。

 脱衣所から出たゼプトは白いワイシャツに黒の執事服に身を包み出てきた。髪はワックスによってオールバックを決めており、髭はラウンドに整えられ紳士然としていた。

「改めてよろしく、同居人となったジュール・ゼプトだ」

 差し出す手はごつごつとしていた。ナノはその力強い壮年の手を握るとゼプトの逞しい手ががっちりとナノの手を強く握り返した。

「こちらこそ、俺はナノ」

「俺はお前をナノと呼ぶ。俺のことも好きに呼ぶといい」

「じゃあ、ゼプトって呼ぶぜ」

「おう。……そうだナノ、風呂に入ってこいよ。その間に美味い料理を作ってやるからな」

 そういってゼプトは厨房に向かった。ナノはゼプトの言う通り、疲れを癒すためにも風呂に入ることにした。

 浴室は広く、石で囲われた浴槽は流れ出る温泉で満たされていた。湯加減はやや熱く、疲れた身体を芯から解しそうな心地良いものだった。




 風呂上り。見たことない機械を悪戦苦闘しながらも湯船に浸かって疲れを落としたナノの頬はやや上気している。

「お、上がったか。料理はできてるぜ、席につけよ」

 卓上には新鮮野菜と豚肉を油で炒め、ソースをかけた野菜炒め、玉葱と豆腐たっぷりの味噌汁、炊きたてのホカホカご飯に箸休めの胡瓜の漬物。

「お、美味そう。これ全部ゼプトが作ったのか」

「当たり前だろ。冷めねぇうちに食っちまうぞ」

「じゃあ、いただきます」

 席についたナノはまず野菜炒めに箸を伸ばす。

「……美味い」

 甘辛の味付けが絶品だ。食欲を刺激する香り、口腔全てを幸福にする肉の旨み、噛むたびに広がるソースの甘辛な味、それらを咀嚼し飲み込む。思わずため息が出た。

 次に箸はご飯に伸びる。炊きたてのご飯はそれだけで正義だ。炊きたての時のみ味わえる奥深い甘味、ついつい箸休めの漬物に手が伸びる。塩が効いた漬物は今日一日の疲れを和らげるような優しくさっぱりした味付けただった。

 最後に味噌汁のお椀を掴む。半透明な玉葱は甘く、豆腐は柔らかく香り立ち、汁を嚥下する喉はごくりと鳴った。味付けはやや濃くも後味はさっぱりとした口触りの良い物だった。

「そうか、美味いか」

 褒められたことが嬉しいのか壮年の厚い雰囲気は消え去り、少年のような無邪気な笑を浮かべた。そして、ゼプト自身も料理に箸を伸ばす。

「確かに美味い」

 自画自賛。しかし嫌味ではない。ナノはこのゼプトという壮年の男を気に入った。それはまるで年の離れた面白いお兄さんといった雰囲気だった。




 夜。シャノンが訪ねてきた。

「ナノ君。こんばんは」

「ああ、こんばんは」

「ナノ君。ジュール・ゼプトの件は聞いたかしら?」

「うん」

「そう、ごめんなさい。突然のことで私もさっきまで知らなかったことなの」

「いや、そのことは別にいいぜ」

「そう言ってもらえると助かるわ。そういえば、ナノ君は文字が読めないそうね。デシベル・クーナ先生から聞いたわ」

「おう、全く読めないぜ」

「この学園で文字が読めないというのはかなりの不便よ。図書館の本は読めないし、口頭で説明しにくいことは絵は文字として書くの。それが読めないとなると学習も難しくなるから、早く文字を覚えてほしいの」

「ふーん、まぁ学びにきたんだからそうしたほうがいいならやるぜ」

「そう言ってもらえるなら話は早いわ」

 そう言ってシャノンは一冊の本を取り出した。

「今から文字のお勉強よ」




 いつの間にかゼプトは男子寮から姿を消していた。ナノはシャノンに一から文字を教えてもらっている。

『あ』を使う平字ひらじ。『ア』を使う仮字かりじ。『A』を使う音字おとじ。『亜』を使う感字かんじ。一般的に使われる文字は平字、仮字、感字。音字は魔術を使う独特の文字だそうだ。

「まずは平字を覚えましょう。それから仮字、感字を覚えましょう。音字は今すぐ覚える必要はないわ」

 とシャノンはナノに言った。ナノは言われたとおり平字を覚え、仮字を覚えた。

「……」

 ナノの言語習得は速かった。それはシャノンの教え方が良かったのか、ナノの飲み込みが速いのか、そもそも平字と仮字の習得難易度が低いのか。比較対象がシャノンの知る限りないため分からないが数日はかかるだろうと予想はしていた。しかし、その予想は良い方向で裏切られた。

「じゃあ、今度は筆談でもしてみましょうか。覚えて使って確かめる。学習の基本は覚えるよりも使うことよ」

 そう言ってシャノンとナノは紙と筆を用い筆談を始めた。ナノは教えられた点についてはミスのほとんどがなく、文法による特殊な活用変化のミスが時折見られるだけであり、そのミスも指摘すればそのほとんどが見られなくなっていった。

「驚いたわ。ナノ君はどうして今まで文字を知らなかったことが不思議なくらいだわ」

「まぁ必要なかったし」

「でも、デシベル・クーナ先生からは計算もできると聞いたわ。数字や計算式は分かるわよね?」

「数字は分かるぜ。商人のおっさんと交渉するときによく使ってたからな」

「そう、ならこれは分かるかしら?」

 そういってシャノンは紙に『17×36』という数式を書いてみせた。

「これはいくらかしら?」

「612」

 ナノは即答した。

「……暗算?」

「暗算」

 ナノは復唱した。シャノンは呆気に取られ筆算で答えを確かめる。

「合ってる……ならこれは?」

 そういってシャノンは『29×62』と書いた。

「1798」

 またもや即答である。それもまたシャノンが筆算によって確認を取る。

「合ってる……ナノ君。計算が得意なのね」

「まぁ計算ができないと買い物もできないし、米の収穫量の計算もできないし」

「……そうね。使うことが学習の肝だと言ったのは私だったわね」

 シャノンはしみじみと呟く。どうもナノは実践派らしい。

「そういえば、今日、パスカル・ピコと決闘したぜ」

「パスカルさんと!? それでどうなったの!?」

「ルビンが殴っちゃダメって言ってたから杖を奪って勝った」

「そ、そうなの……」

「そういえば、テラも俺のことが気に食わないのか魔術で攻撃された」

「テラさんにも!?」

「おう」

 シャノンの想定する中では両者の印象は良好とは言えず、シャノンの立場から見れば容認できない事態である。

「ミリアとかマイにも会ったぜ。マイは難しそうだけど、ミリアは分かりやすくて良いやつだった」

「あら、マイさんに会えたの?」

「おう、ミリアが案内してくれたぜ」

「へぇー、珍しいこともあるのね」

「珍しい? マイに会うのが珍しいのか?」

「ええ、マイさんは気難しい方でミリアと担当教師のルクス・ユーロ先生以外と会うことを許したという話を初めて聞きました」

「へぇー、それもミリアのおかげなのかもな」

 マイの姿を思い浮かべる。月光が差す窓辺に座り黙々と本の頁を捲るマイ。よく分からない言葉をナノに投げかけるあたり、確かに気難しい質なのかもしれない。

「それにしても一日で同期の人と全員に会ったのね」

「そうなるのか」

「……何か伝え忘れてると思ったら、貴方の明日からの学園生活についてなんだけど」

「俺の生活?」

「ええ、今日学園に着いたばかりだけど明日から授業を始めることになったの。明日からはナノ君を含めた五人と私達担当教師の五人の計十人で授業を始めて行くわ」

「お、明日から魔術を学べるのか」

「それはナノ君次第よ」

 そう言ってシャノンは楽しそうな笑みを浮かべる。その笑みは教師が学生の成長を見守るそれそのものだった。




 朝。日の出の陽光が窓から室内に差し込み、布団で寝ていたナノは自然と共に目が覚めた。

(知らない布団だ)

一瞬。自分がどこにいるのか分からなかった。普段使っていた布団に比べて軽く暖かかった。ベランダの向こう側には女子寮が見え、可愛らしい白い下着が干されていた。

(ああ、学園に入学したんだっけ)

布団を折り畳み、一階に降りる。ゼプトは既に起床しており、美味しそうな香りがナノの所にまで漂ってきた。

「起きたか、顔を洗ってこい。寝癖がすごいぞ」

「……ああ」

 迎えてくれたのはアンの優しい笑顔ではなくゼプトの逞しい笑顔だった。

 蛇口を捻ると水が出てくる。実家ならば井戸か川から汲んで水を得ていた苦労に比べてなんと楽なものかと驚いたものだった。顔を洗い、髪を濡らし寝癖を整え、余った水を貯めようと桶をつい探してしまう。しかし、その必要がないと思い出しそのまま捨てた。

 卓上には鯖の煮付け、山盛りの豆ご飯、海藻と豆腐の味噌汁、醤油を掛けた蒲鉾が並べられていた。今日は海鮮物で攻めてきたらしい。

「ほらほら、冷めねぇうちに食っちまうぞ」

 先に席に着いたゼプトがナノに席に着くよう急かす。

「ああ、いただくぜ」

 昨夜と同様、ゼプトの料理の腕前は大したものだとナノは関心した。ナノの主観から評価をするならば、アンが一番上手く、次がゼプトで次がナノ自身、その次が厨房のおばちゃんだ。

「そうだ。昨日、ナノが寝てる間にお客さんが来てたぜ」

「お客さん? それ誰だった?」

 甘辛な煮汁が染み込んだ鯖の身をひと切れ摘む。手の込んだ煮汁であり、何らかの一手間をかけていることが分かる。身離れが良く、食べやすい。

「さぁ? 見たことないやつだったな。少なくともこの学園の学生じゃないな。俺が声をかけたら、そいつが俺に一太刀浴びせてきやがるから、弾き返してやったら名乗りもしないでどっかいっちまったぜ」

「なんか物騒な客だな」

 味噌汁をズズズと吸う。昨日とは違った出汁だった。

「紺色の服を着て覆面までしてたから顔は見えながったが、小さい体格だったな。ミリアちゃんみたいに小さかったぞ」

「ミリアみたいって、かなり小さいな」

 ほかほかご飯を掻き込む。グリーンピースが自然の甘味を持ちご飯と一緒に咀嚼する。これだけで何杯でもいけそうだ。

「ただ、胸は膨らんでたな」

「じゃあ、ミリアじゃないな」

 蒲鉾を摘む。白身魚のさっぱりとした口触りが後味をスッキリさせる。

「そうだな。……そういえば、今日から授業が始まるんだろ」

「うん。シャノンがそう言ってた」

 味噌汁のワカメを味わう。海藻の独特の食感が癖となり、ついつい箸が伸びてしまう。

「頑張れよ」

 教師が学生にかける声とはまた違った温かみのある声だとナノは感じた。

「おう!」

 なんとなく嬉しかった。ナノは確かに暖かいものを感じた。




 食後、シャノンが寮にやってきた。授業が始まるため呼びに来た。初日の授業は校舎で行われるとのこと。シャノンに案内され、数多くある教室の一つに入る。既に学生四人と担当教師四人がいた。ナノの見知らぬ人物が二人いる。その二人がマイとミリアの担当教師なのだろうと消去法で推測した。

「これで全員集まったわね」

 そうデシベルが言った。

「ナノ君、好きな場所に座ってちょうだい」

 そう傍らに立つシャノンがナノに囁く。

「おう」

 ミリアが手招きをしていたのを視界の端に捉えたためミリアの近くの空席に座った。

「えへへ。今日から一緒に頑張ろうね」

 ミリアは純粋無垢という形容が似合う笑を浮かべていた。更にその隣には漆黒の衣を纏ったマイが静かにナノに挨拶をした。そしてナノの後ろにはテラとパスカルがいて、様々な理由で熱い視線がナノに注がれる。教壇に立つデシベルが空気を引き締めるように咳払いをする。

「君達は第六百二十四期生の学生だ。これから君達には自己紹介をしてもらう。その後、私達担当教師がそれぞれ自己紹介していく。まずはテラ、お前からだ」

 指名されたテラは慌てることなく軽やかに自己紹介をしていく。

「王位継承第九位ソーン・テラ。どっかの田舎者以外はご存知でしょう」

 暗にナノをあてこする。それに対してナノはオウイケイショウ・ダイキュウイ・ソーン・テラが正式な名前だと思っていた。

わたくしは王室のため、兄を支える魔女となるため、私はこの学園に入学したの。私の邪魔にだけはならないようにしてちょうだい」

 そう締めくくりテラは席につく。

「立派な志を持っているのね。期待しているわ。次はカンデラ・マイ。あなたよ」

 今度は静かなマイが指名される。

「……カンデラ・マイ。……好きな物は魔道書。……多くの魔道書がこの学園に蔵書されているから入学した」

 趣味と目的を簡潔に応えるマイ。なんとなく昨日の物腰とは異なり愛想が無いようにナノは感じた。

「マイ、あなたは少し愛想というものを学んだほうがいいわ。次はパスカル・ピコ。といっても昨日の騒動でほとんどの学生がその名前は知ってるだろう」

 次に指名されたのはサイドテールの赤毛を揺らすパスカルだった。

「あたしの名前はパスカル・ピコ。北のノギスから来た留学生だ。得意な魔術は熱魔術。熱すも冷ますもお手の物だぜ。入学した理由は親父の勧めでこっちの学園に来た。魔術が学べるならどこでも良かったからな。それと、お前には絶対リベンジするから覚悟しておけ」

 自己紹介で宣戦布告するパスカル。確かに熱するのはお手の物のようだ。

「授業中に決闘を申し込んでも学園側は受理しないぞ。次はクーロン・ミリア」

 パスカルはナノを睨みながらも席に付く。それと同時に立ちあがるのはミリアだ。

「うちの名前はクーロン・ミリアなの。うちは友達を作るために学園に来たの」

 その友達に自分とマイは入っているのだろうかとナノは思った。

「友達もいいけど、魔もきちんと学びなさい。次はナノ。あなたよ」

 ミリアはてへへと苦笑いを浮かべながら座る。

そして、ナノが立ちあがる。その時、全員の目の色が変わった。熱い視線、冷たい視線、値踏みする視線、殺意の視線。しかし、それらに気付くことは無かった。

「俺の名前はナノ。学園に来た理由は生まれた時から決まってたらしい」

 他の四人とは違い主体性の欠片もない入学動機だった。

「ナノは何のために魔を学ぶのか、そのことについてもう少し考えたほうがいいわ。あと貴方は魔だけではなく、礼も学びなさい」

 デシベルは悟すような口調でナノに告げ、続ける。

「次は私達担当教師の番ね。私から自己紹介をするわ。私の名前はデシベル・クーナ。テラの担当教師であり君達には主に音魔術を教えることになるわ。私の教育方針は伸びる者はとことん伸ばし、伸びない者でも並までは引き上げるつもりよ。理論よりも実践を重視するわ」

 教育に対してプライドを持っていることが分かる力強い言葉だった。

「次はケルビン先生」

 紫黒のローブを身に纏ったルビンが立ちあがる。

「私はケルビン・バーツ。パスカル・ピコの担当教師よ。そして貴女達には熱魔術を教えるわ。私の教育方針は身体に教え込むスタイルで行くから覚悟してちょうだいね」

 ナノにとってはその笑顔をなんと表現すればいいのか分からなかったが、他の者が形容するならばサディスティックなという形容が似合う笑顔だった。

「ケルビン先生、やりすぎないようにしてください。次はルクス先生」

 緩いウェーブのかかったブロンド髪の女性が立ちあがる。スカイブルーの瞳を持つ明るい女性だ。

「私の名前はルクス・ユーロ。私のことはユウって呼んでね。私はマイちゃんの担当教師。私は光魔術を教えるけど、他の魔術だって教えられるから分からないことがあったら私を頼ってね。私の教育方針は一言で言うと放任主義よ。この学園に来るからにはそれ相応の意欲があるはずだから無理に型に嵌めない方針で行くつもり。まだ学ぶ上での目的が無いなら早く見つけることね」

 ウィンクをナノに送る。もしかしたら十代後半かもと思わせる努力をした二十代前半の女性だった。

「ルクス先生。もう少し教師らしくできないものでしょうか。次はテスラ先生、お願いします」

 ナノにとっては初めて聞く名前だった。立ち上がった女性は肩まで伸びた緋色の髪を持ち毛先は少し遊んでいる。そして光の加減によっては金色にも見える明るい茶色の瞳を持っていた。

「私の名前はテスラ・ルピー。ミリアちゃんの担当教師よ。貴女達には電気に関する魔術を教えます。私の教育方針は一人一人に課題を与えて小さな壁を一つずつ乗り越えてもらうスタイルよ。頑張ってちょうだいね」

 おっとりとしつつも確かな自信を持つ口調が特徴だ。

「テスラ・ルピー先生は教育者としては一流だ。長い学生生活の中で一度は頼ることになるだろう。最後はシャノン先生」

 こうして担当教師を見比べてみるとシャノンがより一層幼く見える。

「私の名前はシャノン・クローネ。ナノ君の担当教師になりました。貴女達に教える魔術は力学魔術。基本的な魔術だからこそ頑張って教えていくわ。教育方針は『覚えて』『使って』『確認する』の反復を繰り返す基礎をきっちりと固めるスタイルよ。一度できても二度できても三度目にはできないかもしれない。状況が異なれば行使も異なる。状況の変化に対応するためにはきっちりした基礎が必要だということを私の授業を通して学んでちょうだい」

 初めて学生を受け持つからこそ情熱と緊張を併せ持った自己紹介だった。

「シャノン・クローネ先生は初めて担当教師となりまだまだ若いわ。でも、担当教師として選ばれたからには確かな実力と人柄があるわ。皆さんとは歳が近いこともあるけれど、友達のように接してはいけません。そしてシャノン先生ももっと威厳を持ってください」

 シュンとなるシャノンと注意されたことも意に介さないルクス。言っていることは立派で正しいが、椅子でちんまりと座るシャノンの姿には教師としての風格はあまり無いように見えた。

 デシベルは黒板に教師の役割と担当を分かりやすく書き記した。

「全員の顔と名前は覚えましたね」

力の魔女、シャノン・クローネ ―――ナノの担当教師

音の魔女、デシベル・クーナ  ―――ソーン・テラの担当教師

熱の魔女、ケルビン・バーツ  ―――パスカル・ピコの担当教師

光の魔女、ルクス・ユーロ   ―――カンデラ・マイの担当教師

電の魔女、テスラ・ルピー   ―――クーロン・ミリアの担当教師

 先生の中で一番偉く、年上なのがデシベル。艶やかな雰囲気を纏う独特の笑顔を浮かべるのがケルビン。明るく人当たりが良いのがルクス。優しく柔和な雰囲気を持つのがテスラ。一番若くて頼りなさそうなのがシャノン。それがナノの抱いた概ねの印象だ。

「では、これから本格的に授業を始めます。シャノン、そこに置いてある識別石を持ってきてちょうだい」

「はい」

 シャノンは手袋を嵌め、傍らの革袋に入れてあった軽石のような多孔質の石を皆に見えるように教卓に置いた。

「テラ、こちらにきなさい」

「はい」

 テラが立ち上がり、前に立つ。

「この石を持ちなさい」

「はい」

 テラが識別石と呼ばれるそれを手に取る。その時、ナノは違和感を覚えた。耳の奥がむず痒くなるような奇妙な感覚。

「知っている人はもう分かったかしら? この識別石はその人間の持つ魔素の性質を調べる物よ。テラ。その石を置きなさい」

「はい」

 するとナノが感じた違和感が消えた。

「テラが持つ魔素は音魔術の傾向があるわね。この識別石は個人が持つ魔素の傾向によって異なる現象を起こすの。テラの魔素は音の傾向があるから識別石の孔から音が鳴ったわけ。次はマイ、前に出なさい」

 マイは身体が重そうに立ちあがる。そして、識別石に触れると石の孔が淡く光りだした。

「孔から光が溢れた。この場合はマイの魔素は光魔術に適した魔素ということね。次はパスカル・ピコ」

 今度はパスカルが立ちあがる。前に出る祭、ちらっとナノを睨みつけた。パスカルが識別石に触れる。しかし目に見える変化は無い。

「先生、これ熱くなってきてるんですけど。離していいですか」

「ええ、いいわ。識別石の孔が熱を持ったということはパスカルは自己紹介の通り熱魔術に適しているということね。次はミリア」

 今度は隣に座るミリアがぴょんと立ち上がり、とことこと前に行く。ミリアが識別石に触れるもまたも見た目に変化がない。今度も熱魔術に適した魔素かと思われたが

「せんせー。なんかピリピリします」

「ピリピリということはミリアの魔素は電気の性質の魔素を持ってることになるわね。最後はナノ、前に来なさい」

 ナノが立ちあがると、またもや多くの視線に晒される。一挙手一投足が全て観察の対象とされていると感じた。そして、それらを全て無視した。多孔質の石を手に取ると

 ―――石が割れた。


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