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 屋上での暗殺事件の当事者だったナノとマイ、教師代表としてシャノンとデシベルの四人はセイに話を聞くため男子寮に向かっていた。その間、他の学生は自習となり担当教師がいないテラと担当学生がいないルクスが組んでいる。ルクスはテラに教えられることが嬉しいようで妖しい笑みを浮かべていた。

 男子寮についた四人。まずはナノが話を聞く段取りをするため先に中に入る。

「セイ、少し話があるんだけどいいか?」

 茶の間でセイは卓上に普段使っている武器や道具を並べ手入れをしていた。ナノの問いに卓上の筆記用の紙束を手に取り答える。

『なんでしょうか? マスター』

「セイに依頼をしたっていうクラウンについて先生達が聞きたいらしいんだけど、いいか?」

 セイは一瞬身体が強ばるも一拍置いて答えた。

『分かりました。クラウンについてですね』

 セイは卓上の品々を道具袋や鞘に収めた。

「先生達が外で待ってるから今呼んでくる」

『分かりました。ゼプト程美味しいお茶は淹れられませんがお出ししましょう』

 そうしてナノは玄関に、セイはキッチンに向かう。

「三人とも、上がっていいぞ。今、セイがお茶を淹れてるから座って待ってな」

「そうですか。では、お邪魔しましょう」

 デシベルを初めにあとの二人が男子寮に上がり込む。シャノンは見慣れてはいるが、デシベルとマイは初めて訪問するためか、内装を少し気にしているようだった。女子寮の作りとは違い、集団生活を意識して作っているためだろう。閉鎖的な女子寮と対比するように男子寮は開放的だった。

 六人掛けの机を囲むようにそれぞれ座る。ナノとマイ、向かいにシャノンとデシベル。お茶を持ってきたセイがナノとシャノンの間に座る。

「君がクラウンから仕事を請け負った暗殺者ね?」

『はい』

 デシベルが再確認をするように訊き、セイは二つの文字で答えた。デシベルはセイから嘘も偽りもしない姿勢を感じ取った。

「あなたが知っているクラウンについての情報を全て教えなさい」

 強く静かな口調でセイに命令をする。それ以外の選択肢は端からないものと知らしめるように。

『私に命令ができるのはマスターだけです』

 少女と形容できるセイの揺らぐことのない確かな信念を読み取ることができる一文だった。

「ナノ、あなたからも言ってくれるかしら。時間があるならこの子と問答をするのもいいのだけど、時間がないわ」

「セイ、俺にも聞かせてくれよ。そのクラウンってやつの話をさ」

『分かりました』

 湯呑を手に取り、一口だけ茶を啜る。

『まずは私について話しましょう。私はクラウンが運営する戦士育成所の出身です』

「戦士育成所?」

 デシベルが鸚鵡返しに訊く。

『クラウンの手足となって働く戦士を育てる施設です。身寄りのない子供を引き取ってある程度の一般教養や戦闘技術を与えられました』

「それだけ聞くと良い所じゃん」

『そうかもしれません。しかし、その施設の子供は総じてどこかが欠落していました。肉体的に欠落している者。精神的に欠落している者。例えば私は声がありません』

 そういってセイはセーターで隠れた首元の傷痕を見せる。シャノンは思わず口元に手を当て、デシベルは眉をひそめる。マイは既に見ているため衝撃はないだろうが、視線をすぐに外した。

『健常者は必ず二択を迫られるそうです。私の場合は声を失って施設に入るか、施設に入る事を諦めるかでした。そして私は声を代償に施設に入りました』

 湯呑を持つ手が微かに震え、お茶には波紋が浮かんでいた。

『腕が無い子、足が無い子、目が見えない子、耳が聞こえない子、笑わない子、泣かない子、死を恐れない子。いろんな子供が居ました。それが先天的な欠損か後天的な欠損かは分かりません』

 セイの指はそこで止まった。

「それで?」

 マイ、シャノン、デシベルが閉口する中、ナノだけがセイを促す。

『施設で十五歳を迎え、大人となった者達の中から適正だと判断された者だけがクラウンに入り正式な戦闘員として働きます』

「ってことはセイはクラウンの一員なのか?」

『いいえ、私は適正とは判断されませんでした。それからは戦闘技術を活かして暗殺稼業を営み、クラウンからも時々依頼を請け負っていました』

「その施設の場所を教えてもらいましょうか」

 デシベルが再び強い口調で訊く。

『施設の場所はどこかの森ということ以外は施設に入る時も出る時も眠っている間に移動していたので分かりません』

「さすがにクラウンもそこまで馬鹿ではなかったようですね」

「クラウンって昔からあったんだろ? その施設も昔からあったもんなのか?」

『私がいた当時は建物は新しかったです』

「……施設を移転している可能性がありますね」

「セイ、そのクラウンともう連絡は取れないのか?」

『依頼を失敗した時点で私への信頼は失われました。仕事を斡旋してくれた人からの接触がない限りこちらから連絡を取ることはできません』

「そうか。盗賊の親分も言ってたな。『人の信頼ってのは崖登りみたいなもんだ』って」

 ナノは宴会の席で酒を煽りながら高説を垂れていたことを思い出す。

「他にクラウンについて分かることはありませんか?」

『そういえば、私が依頼を請け負った際、依頼主は依頼の成功の是非をあまり気にしていないようでした』

「それはどういうことです」

 デシベルはさらに語気を強める。

『私が依頼を失敗したことを報告すると責めることも失望することもなく、まるで予定調和だったように受け入れられました』

「デシベル先生、これはどういうことでしょうか?」

 シャノンが口を開く。まるで話が見えてこないという面持ちだ。

「幾つか考えられます。例えば、クラウンが動いていることを喧伝するための刺客。或いはこの学園にいる者の実力を見誤ったか。それともセイという存在をナノの傍に置きたかったか」

「何を目的に?」

「分かりません。クラウンの行動原理は全くの不明ということはシャノン先生も分かっているでしょう?」

「そうでした……」

『クラウンはマスターに注目をしていることは間違いありません。それにクラウンの何人かは既にレスリックに侵入しています。その目的がマスターであることを否定することはできません』

「そういえば、街に出没する変な音楽と共に現れる変な格好の人物って噂もあったよな」

「……噂?」

「マイはそういう話を聞いてないか? 街で突然襲いかかって気絶させた後、赤い塗料をぶちまける不審者の話」

「……初めて聞きました」

『もしかしたらそれもクラウンの仕業かもしれません』

「だったら調べようぜ」

 ナノが飛躍的な意見を口にする。

「ナノ君、それは危ないわ。そういうことは私達に任せなさい」

「でも、狙われてるのは俺かもしれないんだろ? 任せろってほうが無理だよ」

『マスターは私が守ります』

「いや、そうじゃなくてさ。俺は魔女になるためにこの学園に来たんだし、自分の身くらい自分で守れなきゃ魔女になんてなれないんだからさ。降りかかる火の粉ぐらい自分で払わないといけないんじゃないのか?」

 シャノンはナノをどう言いくるめようかと思案していると

「では、こうしましょう」

 デシベルが妥協案を提示する。

「学生と教師がペアを組み街を調査する。いずれはパーティーを組み連携をする必要があります。それが少し早くなったと考えればいいでしょう。今週の陰の日に街での実地演習ということでどうです?」

 一週間は地、水、火、風、空、陰、陽の七曜で表される。学園が休みの日は陽の日。一週間の始まりは地の日。陰の日は今日から五日後ということになる。

「今すぐじゃダメなのか?」

「ダメです。あなたはここに来て魔をどれほど学んだのかしら?」

「えーっと、二日」

「あなたはそれで十分だと思っているのかしら?」

「……いいえ」

 デシベルが詰問する口調はアンに似通っていたため、口答えはできなかった。

「では、五日後に街で事件について調査します。そのことを念頭に入れてこれからの講義に耳を傾けてください」

「ほーい」

 これにて話は終わる。結局、お茶に手を付けたのはナノとセイの二人だけだった。


 再び教師と学生のペア五組が集まり、五日後に街にて噂の真相を探ることを伝え午前の授業は終わった。

 昼休みになりナノの下にマイの手を引くミリアがやって来て、一緒に食堂へと向かい卓に着くと後からパスカルがやってきて四人で食事を取ることになった。少し離れた場所でテラも昼食を摂っていた。

「マイちゃん。ナノの寮ってどうだった?」

「……そうね。女子寮に比べて開放的な場所よ」

「そういえば、あたしも入った時にそう思ったな。風通しの良いところって」

「えー! パスカルちゃんも入ったことあるの!?」

「昨日、パスカルに料理を作ってもらったんだよ」

「勝負事で決めたことだからな。今度はあたしが勝ってあんたに料理を作ってもらうんだからな」

「いつでもかかってこい! パスカルが次負けたら料理二回分だからな」

 四人は同じ釜の飯を食べる者同士、徐々に打ち解けつつあった。ナノは忌憚のない言葉を口にすればパスカルはそれを待ってましたとばかりに応え、そんな二人を楽しそうに諌めるミリアを眺めるマイは微笑を浮かべていた。

 そんな四人を遠くから眺めるテラの表情には影が落ちていた。


「午後の授業を始める」

 昼食時に食堂で見かけなかったデシベルが授業開始時には現れ教鞭を振るっていた。きっと学園長の所に報告していたのだろう。教室には教師と学生のペア五組が集まっていた。

「五日後の調査のためにも一般教養よりも先に魔術の学習を行う。シャノン先生、お願いします」

 立ち替わりシャノンが教壇に立つ。

「まずは魔素について講義をします」

 シャノンは黒板に大きく『魔素について』と書いた。

「魔素とはあらゆる個体、液体、気体に内在する物であり、私達も魔素を持っています。ミリアさんは科学についても見識がありましたね。科学で言えばエネルギーと呼ばれる物の素です。それを総称して魔素と言い、魔素は本質的にどのようなエネルギーの形態を取ることもできます。そして魔素の形態を操る術が魔術と呼ばれます」

「シャノン、魔素って本当にどこにでもあるのか?」

「ええ、ありますよ。例えば皆さんが吸っている大気にもあります。私達魔女が魔素を取り込む方法は呼吸と食事がほとんどを占めます。それとナノ君、授業中は私のことは一応先生と呼んでください」

「ほーい」

「人間は魔素が切れれば、体温を保てず、血が流れなくなり、目が見えなくなり、音が聞こえなくなり、外部刺激を認識できなくなります。では、魔術を使おうとした時、体内の魔素が足りない場合はどうすればいいか分かりますか?」

「あたしだったら大気中の魔素を混ぜ合わせて足りない分を補うかな」

「そうですね。パスカルさんの言う通り体内に取り込まずに体外に在る魔素を使えば良いです。では、この一連の行動の名称とメリットとデメリットを二つずつ挙げられますか?」

 そこですっと手を上げるテラ。

「はい、テラさん」

「名称はブレンド、あるいはミックス。メリットは足りない魔素を補え、威力が低下しないこと。デメリットはブレンドする時間が余分にかかることと干渉力が弱くなることです」

「そうですね。テラさんの言う通りです。ナノ君、威力と干渉力の違いは分かりますか?」

「分からん、です」

「威力とは抵抗力を持たない石や大気といった対象に施す魔術の影響力を示します。干渉力とは抵抗力を持つ人間や知恵のある動物に対していかに抵抗されずに影響力を及ぼせるかを示します」

「えーっと、よくわからん、です」

「そうですね……。牛乳で例えれば体内にあるのが搾りたての牛乳、体外にあるのが水としましょう。量が威力、味が干渉力。量は多い方がもちろんいいですが、味が薄ければすぐに慣れてしまうけど、味が濃ければ満足感を得られる。そんな感じです」

「なんとなく分かりました」

「ナノ君の場合は実戦の方が早く習得できそうだからここはまた後で詳しく説明するわね。話を元に戻しましょう。魔素は三皇のような神子が世界を練り歩きながら撒いているため尽きることはありません」

「先生、三皇ってどんな人なんですか?」

 ナノにとってはアンと同等に偉いと言われる三皇について興味を抱いた。

「三皇は正体が露見しないように毎年姿形を自由に変えているそうです。噂話ですが、三皇に親切にしたり楽しませたりすると三皇は小さな奇蹟と呼ばれる不思議な力を宿した何かを手渡すそうですよ。死者を蘇らせたり、過去に戻ることができたり、不老不死になれると言われています」

「そんなことができるのに小さな奇蹟なんだ」

「神から見れば小さな出来事だからそうですよ。自分のことを祈るぐらいなら誰かのことを祈りなさいなんて言われることもあります。では次に実践的な魔術の話をしましょう」

「よしきた!」

 実践と聞いてパスカルがやる気を見せ始める。

「魔術の系統は『力』『音』『光』『電』『熱』の基本五系統と『物』の特殊系統の計六系統があります。魔術を行使するとき杖と対象の距離は近ければ近いほど良いです。これは何故か分かりますか?」

 今度はマイが手を上げる。

「はい、マイさん」

「……対象との距離と必要となる魔素が比例するから」

「マイさんの言う通りですね。魔術の種類によって倍率は変わりますが概ね距離が二倍になれば必要な魔素も二倍になると考えてください。逆に言えば近いほど必要となる魔素が減ります。一メートルぐらい近づけば必要となる魔素が最小になるでしょう。では、遠くの対象に攻撃したいけど消費する魔素を少なくしたい場合はどうすればいいでしょうか?」

「はいはい!」

 今度はパスカルが手を上げる。

「はい、パスカルさん」

「近くの攻撃媒体になるような石や水を力学魔術でシュート、あるいはハンドルで対象にぶち当てる」

「そうですね。近くに攻撃の媒介となる物体があるなら力を加えてその慣性力で相手を負傷させることができます。更にその攻撃媒体に熱を加えたり帯電させたりすれば更に強い攻撃になります」

「先生、他にはどんなのがあるんだ、ですか?」

「他の攻撃手段なら光魔術で相手を失明させたり、音魔術で相手の鼓膜を破ったりすると魔術を上手く使えなくなりますね。抵抗力があればそんな攻撃は簡単に封じられるのであまり過信しないようにしてください。あと失明しようが鼓膜が破れようが一日二日で回復するので手加減しなくていいですよ」

 ナノはこの時思った。シャノンは何故こんなにすらすらと攻撃手段が出てくるのか、そして一度手合わせをした時に戦い慣れた様子だった。

「パスカルさんは知っているかもしれませんが、乾燥した木材や衣服は熱魔術を強くすると火がなくても発火します。火は相手の頭髪や衣服に引火することができるので余裕があればやってみてください。他にも魔術を学び進める上で更に上の現象を起こすことができます。音魔術の共振、電気魔術の磁気といったものですね。では、そういった攻撃方法を実際に使ってみましょう。演習場に行きましょう」

 そういってシャノンは皆を連れて学舎の東側の演習場へと向かった。


 演習はとにかくひたすら石を目標物に目掛けて飛ばすことの繰り返しだった。浮かす、定める、飛ばすの一連の動作を日が没するまで繰り返した。シャノンの教育方針は反復学習。その方針に偽りはなく、目標物への距離、演習場の明度、飛ばす石の大きさ、的の大きさ、反復しては異なる条件で担当教師が認めるまで繰り返した。初めに根を上げたのはミリアだった。次がマイ、その次がテラ。最後に残ったパスカルとナノはお互いの魔素が切れるまで繰り返し飛ばし続けた。最後まで立っていたのはナノだった。命中精度が一番悪かったのもナノだった。


 ナノが男子寮に帰るとゼプトとセイがキッチンに立ち料理をしていた。香ばしい匂いが玄関まで届き、バターの香りと揚げ物の音が食欲を湧かせる。

「おかえり、ナノ。今作ってるから手を洗って着替えてこい。靴脱ぐ前にローブの砂を落としてから上がれよ」

 まるでお母さんである。

『おかえりなさい。マスター』

 セイはどこから手に入れたのかエプロンをつけていた。

「ああ、ただいま。今日の夕飯はなんだ?」

『卵白と小麦粉を塗した鱈の揚げ物 エリンギとピーマンのバター炒め 牛蒡と里芋と人参と小松菜が入った豚汁です』

 そのレパートリーにナノの胃袋は空腹を通り越し鋭く痛んだ。それはまるで檻を突き破ろうとする野獣を胃の中で飼っているような衝動だった。

「よし、食うぞ! 食器は俺が用意するから早く食べよう! 食べさせろ!」

 ローブは椅子にかけ、手を冷たい水でゴシゴシと洗い、陶器市場で買ったそれぞれの食器を取り出しキッチンに持っていく。キッチンの中はより一層、ナノを苦しめるほどに美味そうな匂いが立ち込めていた。それはもはや食欲と嗅覚に対する暴力である。

 ナノが胃の中の獣をどうにか押さえつけ、食卓に着いたのはそれから数分後だった。

 三人は手を合わせいただきますと礼を済ませ、ナノは己の欲望のまま箸を鱈に伸ばす。骨は既に取り除かれ一口で食べられた。衣に閉じ込められた鱈の旨みはさっぱりしているはずなのに感情を揺さぶる程に強い脂が乗っていた。次にバター炒めに箸を伸ばす。火を通したピーマンは苦味は薄く、シャキシャキとした歯応えと野菜が持つエグ味が箸を止めることを許さなかった。エリンギは柔らかく、ご飯と一緒に掻き込むとモチモチとした食感とエリンギの持つ香りとバターの香りが相まってご飯が更に進む。ご飯の後はやっぱり豚汁。大きめに乱切りされた里芋や人参は芯まで温まっており、噛めば容易に解れ豚肉が持つ甘味が里芋にも人参にも染みており、牛蒡のボリボリとした食感と小松菜のシャキシャキとした食感は失われていない。

「美味い! 美味い! どれも美味い!」

「そうかそうか、それは良かった」

『マスターに喜んでもらえて嬉しいです』

「セイも手伝ったんだろ?」

『はい、私は豚汁を作りました』

「そうなのか、この具の大きさといい食感を保つ火加減といい上出来だ!」

 上機嫌のナノは食事のマナーとしては間違っているが、つい肩組をしてセイの頭に頬ずりした。

 セイはナノの腕の中でわたわたとなり、顔を真っ赤にするが、無理に引き剥がそうとせずナノがしたいように身を任せていた。

 食後はナノが食器を片付け、セイは食後の甘味としてかりんとうとお茶でほっこりしていた。微妙に口角が上がっているのは気のせいではないだろう。


 夜。ナノは床につき、眠ろうとしていると誰かが階段を昇る音がした。

「ナノ、お客さんだ」

 ゼプトの声だ。

「こんな時間にお客さん?」

「ソーン家の嬢ちゃんだよ。中に入れていいか?」

「いいぜー」

 ナノは布団を剥ぎ、胡座をかく。襖がすーっと開くとゼプトと一緒にゆったりとした寝間着を着たテラがいた。

「俺は下に行くから、用があったら呼んでくれ」

 襖をすーっと閉じ、ゼプトは静かに降りる。

「それで、どうしたんだよ。こんな時間に」

 テラは寝間着の裾をギュッと握り締め、下唇を噛み締めていた。

「そう黙っていられるとなー、こっちも困るな……」

 テラは意を決したようにナノに歩み寄り、眼前で正座する。

「私と一晩、寝てくださいませ」

 ピンとした背中を少し傾け、両手の膝の前に出し、綺麗な座礼でナノに頼み込む。

「寝る?」

 ナノは全く理解が追いついていなかった。そして、寝るという言葉は寝る以外の意味を見出せない。ならばナノの返答は決まっていた。

「じゃあ、布団出すから待ってて」

 立ち上がり、押入れを開ける。

「あの、そういうことではなく……」

 テラの言葉が尻窄みに消えていく。ナノは押入れの上の段から布団を取り出そうとしており、下の段には人の顔がうっすらと浮かんでおり、テラと目が合った。

「ナ、ナノ。ナノ、ナノ、そ、そこ、そこに何か」

「どうかしたか?」

 背筋に悪寒が走ったテラは身を震わせながらも、視線を背けることができなかった。ナノはそんなテラの視線の先、押し入れの下の段を覗き込む。

「なにやってんだ? セイ」

『マスターが襲われないかと見張っていました』

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