04 第三図書館、と私。
第三図書館の開館時間は午前7時からである。
しかし毎朝6時きっかりに起床する椎菜には余裕の時間だった。いつもどおり朝食を取って少しだけ早めに支度を済ませ図書館に向かう。しばらくすると古びた様相の建物が見える。見たところまだ空いていない様子で中は薄暗い。
(あと・・・15分?)
図書館についている大きな時計を見上れば開館時間にはまだ届いていない。
少し早めに出た為か思ったよりも早く到着してしまったのだろう。仕方なく図書館のドアにに寄りかかるようにして立ち、思ったよりも早く返すことになった本をカバンから取り出す。
どっしりとした見た目で厚みがある為片手で持つには少し重い。何年も前の本なのだろうか。金色で縁どられた茶色の表紙は少し色あせて見えあちこち汚れが目立ち、表紙には小さい扉の空いた黒い鳥籠がちょこんと描かれ、銀で縁どられた文字は見たこともなく、何て書いてあるのか分からなかった。
(一体どこの本なんだか)
あの時、何故か咄嗟に近くにあった本を持って走った。慌てていたから本の表紙など全く見ずに。
何故だろう。気になる。聞いたことのない国の本だろうかと考えつつ、パラリと表紙を開きページをめくるが、やはり見たこともない文字が並んでいるだけでなんの本か分からない。
挿絵などが一切ないことを見れば絵本などの童話であることは考えにくい、気がする。
そんなことを考えつつページをめくろうすれば、声が聞こえた気がして手が止まる。
声を辿ってみれば椎菜のちょうど真下に猫がいて、じゃれつくようにして擦り寄ってきた。
「なぁ~ご」
猫は足にじゃれつくようにしてもう一度鳴く。なぜこんな所にと疑問に思いつつも腰を下ろす。
茶色よりも薄いセピア色に近いふわりとした毛は短くシルキーで滑らかな肌触りで気持ちいい。気づけば無意識に撫でていた。
(かわいいな)
猫カフェに一度は行きたいと常々思っていたんだよなぁ、と懐かしき故郷に思いを馳せつつ本をバックに戻す。撫でてやれば猫は綺麗なライトグリーンの瞳を気持良いのかとろんと蕩けさせる。
「「おまえ、どこから来たの?」」
猫を抱き上げ目線を同じくして問えば猫は「にゃっ」と鳴く。
「「何でここに居るの?」」
しかし、猫は「にゃぁ」ともう一度鳴く。
・・・つい日本語で言っちゃったが、この猫は外国育ち、だろう。もしかしてこちらの言葉の方が聞き慣れているのではないだろうか。うぅんと考え、コホンと咳払いをしつつ、もう一度話しかけた。
「・・・どこから来たのですか?どこで飼われて居るのですか?」
「なぁ~ごぉ」
「もしかしてこの辺りに飼い主の方と来ています、・・・ひゃっ!」
ぺろッと椎菜の頬を猫が舐めた。優雅にしっぽをくるんっと振る様子はまるでその通りだと言っているように感じた。
「正解、という事です、か・・・ひゃあ!」
もう一度、ぺろりと舐められる。苦笑しつつもう一度話しかけてみる。
「はぐれてしまったんですか。迷子になって、・・・わぷっ、わわわ」
今度は額を舐められる。猫の瞳が楽しげに見えるのは気のせいか。面白がっているのか何度も舐められた。そのせいか、持っていたカバンが肩からずり落ちた。
ジャリ
その時聞こえた砂利を踏むような足音に急いでカバンを抱え直す。そして咄嗟に図書館の物陰に身を隠した。猫を抱えたままだったが、そんなことは今はどうでもいい。
否、現れた人影に驚きすぎて忘れてしまったが正解だ。
(嘘だろ)
生徒会長。
どう見ても、生徒会長。
あの生徒会長がこれまた優雅な足取りでこちらに向かってくるのが見えた。世の女子なら、運命の再会的な予感で心踊らされるシチュエーションだが椎菜にしてみれば、とんだ再会である。
出会ってしまったが最後、嫌な予感しかしないのだ。歯車が回り始めるきっかけになりそうな。
「「わっ」」
急に猫が椎菜の腕から抜け出し飛び降りて、そのままどこかに行ってしまった。咄嗟に口を抑え、おそるおそる彼を見る。
(気づかれて、ない?)
ほっと胸を撫で下ろす。
仕方ない。ふぅとため息をつき、ゆっくりと後ろへ下がる。
(また放課後。閉館間際に来よう)
気づかれないように彼とは反対の方向へと急いで踵を返した。
だから椎菜は知らない。
椎菜が向かった方向を見て彼が可笑しそうに、楽しそうに笑を浮かべていた事は。
放課後。椎菜は閉館時間間際を狙って図書館に向かった。
そう言えば、と椎菜は思う。
今日は朝からなぜかついてなかった気がする。
まず、図書館で彼を見かけた。殆ど使用されない図書館、朝は特に誰も使用しないだろうと思っていたのが悪かったのだろうか。
それから朝から天気が悪かった。毎朝見る天気予報では快晴だったのに。「青空が広がるでしょう」というのを信じ傘も何も持たず出てみれば、若干曇っている気がして不安に思ったがそのままにしたのは失敗だった。午後からは本格的に降り出し今では土砂降りだ。
履こうと思っていた靴下も片方無かった。仕方なく少し伸びてしまった靴下を履いた。しかも雨のせいで今や靴下はびしょ濡れである。
お昼、サイドメニューのサラダにはトマトがのっていた。・・・いつものってはいるがいつもよりも若干大きかった気がする。アリスに言えば 、「・・・そうかな?」と苦笑された。
ディーノ教授に会えなかった。奥さんが熱を出してしまった為に休みを取った、らしい。・・・愛妻家め。
そして、今。また図書館に彼がいたのだ。図書館のドアを静かに開けて入った為、気づかれてはいない。叫ぶかと思うほど驚いた。咄嗟に手で被って助かったが。
そろり、本棚の影に隠れながらそっと彼を伺え見れば、本を手に取る事もなく腕をゆったりと組み長くスラリとした足を絡ませ窓辺に寄りかかっている。
(本を読まないなら帰れ)
内心で突っ込みながら、どうしようかと考える。こんなに頻繁に図書館を使用している人だとは思わなかった。
もしかして逆に昼休みとか誰もが使用しそうな時間の方が会える確率は低かったのだろうか。
どれも不正解のような気がするのは何故だろうか。どの時間に行っても彼を見かけた気がするのは何故だろうか。
だが、しかし、である。とりあえず思ったことを言えば。
(・・・生徒会長ってのは意外と暇な役職なのだろうか)
それが麗しの生徒会長様を本棚の影から伺いつつ、とりあえず思ったことだったのだ。
椎菜はこの時、少しばかりこの学園の将来が心配になった。まあ、それは後に無駄な心配だったと後悔するのだが。
猫っ癒されますよね。猫カフェは作者のただの願望ですん。。