03 とある猫たち、と私
学園の中心部にある「白い監視棟」の両側には、まるでお城のような造形をした建物が建っている。
学園の生徒の生活のすべてを担う場であろう、学生寮である。学園の決まりとして全生徒は卒業までをその寮で過ごすことが決まっている。
男子寮・女子寮に分けられる同じ作りで建てられた二つの寮の見分け方はたった一つ、入口に描かれた絵である。女子寮には「金色の猫」男子寮には「銀燭の鳥」。その名のとおり金色で塗られた猫の絵と、銀色で塗られた鳥の絵、それらは金色の額縁に入り仰々しく寮の入口に飾られている。
どんな生徒も、一部屋を4人で使用している為、椎菜の部屋も椎菜を含め4人で使用している。
(いったい何階建てなんだ?)
初めてお城を見たときの椎名の感想は未だ変わらない。二つの寮にはエレベーターなどの現代機械はなく、全て自力で上る階段のみ。上流階級の方達が通う超お金持ち学校にしては意外な点ではある。ちなみに、椎菜の部屋は城に入ってすぐにある中央階段を3つ上り、その階の廊下を延々と進み突き当たりにある小階段をさらに二つ上った階にある。この道のりを、寮長に分厚い寮の見取り図とともに部屋まで道案内された時はどうしようかと思った。入学して一ヶ月は経つが、未だに迷いそうになる。
(ややこしい。ほんと、ややこしい。)
寮を探検なてしようものなら、きっと戻ってこられない気がする。
第一、入るときに渡された分厚い寮の見取り図も未だ目を通せていない。
「まーた、クリーンクロウのところですか。椎菜ちゃん」
「本当に彼が大好きだねぇ」
部屋に入ってすぐに掛けられる呆れたような声にムッとしたような視線を送れば、ひとりは苦笑を返し、ひとりはケラケラと楽しげに笑い出した。
「私は彼が好きですから。」
何の為に入学したか。彼に会って彼の授業を受けるためである。二人が座る席の向かい側に腰を下ろし、ムッとしたまま答えれば、二人は猫のような目をさらに細め苛立たし気にふぅんと呟く。二人は、からかうくせに椎菜が誰かを好むのはお気に召さないようである。
(わがままな猫たちだな)
アリス・ウォン・カルテッドに、アカシア・ウォン・カルテッド。
同じ容姿を持つ彼女らは白よりも艶がある、銀に近い髪色のお蔭か「銀の双子」として学園ではちょっとした有名人である。クセのない真っ直ぐなその髪を二人共に耳にかかるまでに切りそろえたセミショートにスラリとしたその長身、その出で立ちから「銀の騎士」なんて呼び名まである。
しかし椎菜は、そのマイペースで自由気ままな性格と「面白そうな事にしか興味ない」という彼女らの主義から心の中だけで「猫」と呼んでいるが。
一番の謎は、何が興味を引いたのか猫たちは何故か椎菜を溺愛しているのだ。
「彼は愛妻家でも有名ですよ。椎菜ちゃん。」
ぷくっと頬を膨らませ、椎菜に後ろから抱きついたアリスに視線を送りながら淡々と答える。
「別に構いません。素敵ですよね、愛妻家。」
「クリーン・クロウめ、本気で気に入らないねぇ。」
口元は笑っているが、目は完全に笑っていない。頬を付きながらニッコリと笑うアカシアに、ため息を付きながら椎菜は嗜める。
「ディーノ教授です。年上は敬うべきです。彼は尊敬すべき人です。」
「うわあ。ますます嫌い、クリーンクロウ。」
しかし椎菜が庇ったのが面白くなかったのかアカシアは心底、嫌そうに呟いた。
(ああ。ディーノ教授の株が急降下していく)
もともとあったかどうか謎だが、一抹の不安を覚え椎菜は強引だが話題を変えた。
「・・・そうです。もうすぐ、合宿があると聞きました。」
「ああ。新入生向けにクラスの親睦を深め団体行動ってやつを学ぶ為に行うヤツの事?」
くわっとあくびをしながら興味なさそうにアカシアが答える。
(・・・なぜ他人事のように。絶対全員参加の行事だぞ)
「どこに行くんでしょうか?」
さあねぇと立ち上がり共同で使う冷蔵庫を開けた。ついでに3人分のマグカップも用意してくれている。
本気で興味がなさそうなアカシアに若干呆れつつ、後ろから抱きしめるアリスに目配せすれば苦笑しつつも答えが返ってくる。
「校内合宿らしいですよ。学園内での合宿だから、少しだけ残念な気がしますね。」
「2年生は学園の外でやるらしいです。確かに少し羨ましいです。」
今朝の担任教師の話を思い浮かべながら話せば、クスクス笑いながらアリスが頭を撫でてくる。
慰めているつもりだろうか。
(だから!子どもじゃない。第一、同い年じゃないか!)
「子ども扱い、いやです。やめてください。」
むすっとした声で反論しながら、ブンッと首を振る。
「・・・子ども扱いはしてないんですけどね。」
少し残念そうなアリスの声を不思議に思い振り向こうとすれば、ケラケラと可笑しそうに笑いながらアカシアが目の前にマグカップを置いた。
中の氷がカランと動く。
見てみれば、中身はアイスレモンティー。
「美味しそうです。ありがとうございます。」
「どう致しまして。ほら、アリスにも。」
「・・・ありがとうございます。」
お礼を言いつつ若干機嫌が悪くなったアリスを見て可笑しそうに笑うアカシアに首をひねる。
(猫たちの機嫌はよく分からないな)
その様子を見てアカシアがまた楽しそうにケラケラと笑いだす。
「分かってないみたいだねぇ。これは伝わってないよ、アリス。」
「・・・見れば分かりますよ、アカシア。いいですよ。今はこれでも。」
気長に待つつもりなのかねぇとマグカップを口に運ぶ。ニヤニヤしながら話すところを見れば、これは完全に面白がっている。何が興味を引いているのか分からないので口は挟まないでおくが。
「もう夕飯は食べましたか?」
窓を見れば、日は暮れ空は真っ暗。思ったよりもディーノ教授の所に長居しすぎただろうか。
明日、謝りに行かないと、などと思いながら問えばアカシアが答える。
「ああ、まだだよ。一緒に食べたかったからねぇ。」
「二人揃っての夕食は久し振りです。うれしいです。」
(意外に忙しいもんな、二人とも)
若干失礼なことを考えながら答える。
この二人、意外に忙しく二人揃って部屋に居ることは少ない。
なので毎回どちらか一人との夕食になっている。何故なのかはよく分からない。聞いた事はあるにはあるが、何故か毎回上手くはぐらかして答えない所を見れば、言うつもりはないらしい。知らなかったことであまり支障は感じないので、聞かないことにしたのだ。
「リューネはどこですか?」
そういえば、ともう一人のルームメイトの事を聞けば二人揃って首を振る。
「まあ、食事の用意をしてお風呂でも入っているうちに帰って来ますよ。丁度、今日は私が食事当番ですから、お先にどうぞ?」
「ありがとうございます。でわ、お先に頂きますね。アカシア、一緒に入りましょう。」
「はいはい。お姫様。」
「どういう意味ですか。それ。」
騎士の真似事なのかふざけて言うアカシアに呆れつつ袖を引っ張って歩く。
そんな二人をクスクス楽しそうに見やり、アリスが後ろから声をかけた。
「椎菜ちゃん。本、忘れてますよ。」
「あ。」
振り向き本を見て途端に思い出すあの光景。光景だけではなく、一緒に聞こえた声に心のどこかが何故かチクリと痛んだ気がした。
『そんな所で何しているの、シーナ』
『姫様』
(いやいやいや!だからシーナって誰!姫様って何!)
気にしてはいけない!嫌な予感がするのだから!
自分の名前とどこか似ている響きの名前にブンブンっと首を振る。そんな椎菜を不思議そうに見ながらアリスが本を手にして、パラッと本をめくり「あれ」っと呟いた。
「アリス?」
そんなアリスを訝しげに見るアカシアに視線を送りつつ本を閉じて椎菜に渡す。
「珍しいですね。この本、第三図書室のですよね。」
「・・・そうです。探してた本が見つからなかったので第三図書室に行きました。」
「あぁ。あそこねぇ。普段誰も利用しないからよく私ら寝に行くんよねぇ。」
静かで丁度いいですよね、とサボりの穴場について話し出す猫たちに若干呆れながら聞いていると、アリスがそういえばと椎菜に視線を戻す。
「第三図書室の本は返却日が早いから気を付けて下さいね。」
「返却日・・・」
(あぁ、そうか。行かなきゃ行けないのか。また、あそこに・・・)
本を持ってきてしまったのだ。借りたら、返す。当たり前だがその事に今更、気が付く。
もう二度と近づかないつもりでいたのに。
(いやでも、パッと言ってパッと返せば)
もう会わないかもしれない。あの光景だって見ない確率の方が高い気がするし。
(逆に早い時間か閉館時間ギリギリに行って返すか)
ああ、早く返してしまいたいと本を返す方法を真剣に悩み出した椎菜に、猫たちはそろって目を見合わせて首を捻ったのだった。
アイスレモンティーは作者も大好きです。