02 とある教授、と私
この学園は中・高・大の一貫校であるが、椎菜は高校からの入学である。
それはとある教授の授業を受けてみたかったからであり、あの血を吐くような努力の賜物である。
間違ってもお貴族様の跡取り息子なんて面倒そうな背景をお持ちの方達とお近づきになる為ではない。
(何でか嫌な予感がするんだ)
第3図書館での生徒会長発見の出来事が椎菜はなぜか頭から離れなかった。授業に集中して記憶から抹消しようとしても、何のタイミングかは不明だがすぐに思い出す。
あの黄金に輝いた髪に無駄のない整った顔に優雅で気品のある完璧な出で立ち。
それから、その時見たあの映像。「とある国のお姫様と侍女の、とある休日」的なあの映像である。
なぜか椎菜そっくりの侍女姿の女の子とその女の子を″シーナ″と呼ぶ黄金色の髪を持った女性。
普通なら怪奇現象もどきのその映像を見た時、椎菜はなぜか懐かしく思った。そんな記憶がこの16年ある訳もなく、別に記憶喪失な訳でもない。
(だから前世っていうのも、現実的じゃないよねぇ)
そもそも、あの映像自体が現実からはかけ離れてはいるが。
要するに、集中できないのである。とある教授ーーーディーノ教授の授業に。
勿体無い。授業料料だって馬鹿にならないのに。
この学園生徒が一流なら、教師も一流である。
もちろん家柄、財力面ではなく、教育面での知識、能力、実績面での一流である。主席卒業者が多く、学園の教師は皆、10カ国以上の言語の習得があるらしい。国際競技への参加経験が有ったり、どこぞのノーベル賞など世界的な賞の受賞者がうようよいて、そのため学費・授業料が馬鹿みたいに高い。
メディア業界からもオファーが多く毎日のように取り上げられている、らしい。
なぜ憶測なのかといえば、教師がテレビや雑誌などに出ることはあっても生徒が出ることは1ミリだって無いからである。毎日のように取り上げられてはいるが、椎菜もメディア関係者には一度たりとも会ったことがなく、見かけたこともない。
「生徒には優雅なひと時を過ごしながら学業に勤しんで欲しい」なんて、この学園の学園長のモットーを入学式で聞いた時は頭のネジが何本か壊れた人かと本気で心配したものである。
「つまらなかったでしょうか、椎菜さん。」
「いえ。とても興味深かったです、ディーノ教授。」
渋みのある声に振り向いて答えれば、彼はおやっという顔をして苦笑する。
椎菜は自分よりも頭三つ分高いスラリとした長身の男性を見上げる。主に心理学を担当教科とし、毎日黒いモノトーンのスーツを着用し白髪交じりの髪をフワリと後ろに流している彼は、「クリーンクロウ」なんて愛称で生徒から親しまれている。
ちなみに本名は、ディーノ•マグラッカートと言うが、呼んでいる生徒は少ないだろう。
椎菜は彼の授業はもちろんの事、彼自身のことも好きだった。特に笑った顔。目元の皺を緩ませ、ブラウンの瞳で優しげに微笑まれると気持ちが落ち着くのだ。
ディーノは少し皺のある手で椎菜の頭を優しく撫でた。
「何か付いていたでしょうか、ディーノ教授。」
「いいえ。元気が無さそうに見えたのでね。」
なでなでと文字通り頭を撫でられる。
(子供扱いじゃないか)
ため息をつきたい気持ちを堪え相手の顔を見ると、何故か少し意地の悪そうな顔をしてクスリと笑われた。
「十分子供だと思いますよ?あなたはまだ15歳の女の子なんですから。」
「・・・そんなに分かりやすい顔してましたか。私。」
「それがあなたの良いところですよ。」
ニッコリと微笑み歩き出した教授の後をつられたように歩きだす。
向かうのは教授の研究室。高等部を出て小一時間ほど歩いた場所にある。
この学園の中心部に建っている、それは通称「白い監視棟」と呼ばれ、どの構内からも見えるように設置された巨大な白い建物である。中・高・大の教職員、食堂の調理員・栄養士、事務職員、養護教諭、司書、など学園で働く人々全員が使用している為、かなりの大きさである。構内にも、職員室はあるにはあるが大半の生徒が職員への個人的な質問などでここに来る為、あまり使用されてはいない。
ちなみに結構な距離がある為に車や自電車での通勤手段を取る人がほとんどである。
ディーノ教授の研究室はこの建物の3階の一番隅っこの角部屋だ。彼の研究室はクリーンクロウの名の通り黒で統一されたシックで落ち着いた雰囲気のある部屋だ。
彼の授業のあとは彼の研究室にお邪魔するのが、何故か椎菜の日課となっている。
だが、別段口論などする訳でもなく彼の育てている観葉植物を愛でながら、時々授業についての質問をいくつか問いながら彼の入れてくれる紅茶を飲むという何とも図々しい日課という訳だったのだが。
丸みのある黒いソファーベッドに腰を下ろすと、カチャッという音と共にアールグレイのいい香りが鼻を擽ぐった。
「どうぞ、椎菜さん。」
「ありがとうございます、ディーノ教授。」
教授はストレートで飲むのを好む。その為椎菜専用に用意された、温めたミルクをたっぷりと入れ口を付ける。
「僕をその名で呼ぶのは椎菜さんくらいですね」
教授を見上げれば、目の皺を緩ませ楽しげに微笑んでいた。
(その名、って本名じゃないか・・・なんでまるで隠しているかのように言うかな)
「・・・”綺麗好きな鴉”なんて呼べません」
「おや。その名前結構気に入ってるんですが。」
「気に入ってるんですか」
(何故だ)
「鴉、賢そうですよね」
教授はニッコリと微笑み、紅茶を飲む。
・・・賢い、というよりずる賢いイメージなんだけど。
ところで、と教授が切り出した。
「何故元気が無いのでしょう?」
楽し気な話題でも振っているかのような言い方。いや、間違いなく、面白がっている。
(言うまで離してくれなそうだ)
この教授は優しげでホッとする雰囲気があるがどこか飄々としていて掴めない。
仕方なく、ふぅとため息をつき紅茶を一気飲みしてから答えた。
「会いたくない人に会ってしまって、しかも忘れられなくて困ってます。」
「会ってしまったんですか?」
「はい。でも、もう会いません。」
「何故でしょう。」
答えは簡単。
もともと簡単にお目にかかれる人でないからだ。雲の上の人。
だから、避けるまでもない。この悩みだって本当は馬鹿馬鹿しい。
(でも、何でか嫌な予感がするんだ!)
「椎菜さん」
分かりませんよ、と教授は椎菜の頭を撫た。
(また。子供扱い。)
むう、と口を尖らせれば彼は苦笑しさらに撫でる。
「会いたくない人ほど会ってしまうものですからねぇ。」
分かってます。この間のような事またありうる事。同じ学園内に住んでいるのだから。
だからこそ、少しでも関われば今までのようにいかなくなる。
だから、逃げまくってやる。あの煌びやかな人種から。
(だって、ふつーの女子生徒でいたい!)
「・・・そう上手くはいかないものですよ、椎菜さん。」
クスリと笑う声に顔を上げれば、少し意地の悪い顔し笑う教授がいた。
椎菜サン、ホントはそんな淡々とした物静かな性格じゃないです。
本人はそう思ってますが。違う人目線で書ければいいな・・・。
ちなみに彼らは日本語では会話してないです。一応すいません(´Д` )