16 雨、と私。
雨が多いですね。椎菜ちゃんはきっと雨女です。
「なぁ椎ちゃん、また放課後はクリーンクロウのところにいくのか?」
少しすねた声で聞いてくる。何故か外見とあまり一致しない彼は大手の玩具メーカの御曹司だったか。
両耳にいくつかのピアスを付けニカリと笑う。
制服を砕けて着るのもちょっとしたおしゃれに見えるのだから、イケメンってのはすごい。
ゼノン・ハーツウェルト
生徒会メンバーのひとり。
その情報をクラスの女子から聞かされて椎菜は最初慌てた。教えてくれた女子生徒も「知らないなんて!!」と何故か悲痛な叫びを上げながらもとても熱心に詳しく教えてくれた。
その彼と同時に教えてくれたもうひとりの彼。
アキス・ハーツウェルト
いつもピッチリとシャツのボタンを止めてきっちりと制服を着こなす彼は風紀委員である。耳には彼の瞳の色と同じ色のピアスを一つずつしている。
学年で言えば彼は椎菜よりは1コ上なのだが、昼休みだとか放課後とか暇な時間を度々作り出しては椎菜に会いに来るのはかなりの謎である。
「・・・そろそろ席に着いて下さい。」
「大丈夫だって。何でも次の授業の教師遅刻らしいから。」
ね?と隣の女子生徒に聞けば赤い顔してコクコクと頷かれる。そのあと椎菜に向けられる視線は痛かったが。
(・・・視線が痛い・・・)
「・・・何かあったのですか?」
「え?迷子だって。」
「・・・大変ですね・・・」
なにせこんな広い学園内である。教師が迷子になり遅刻してくるのも珍しくはない。しかし、その間生徒は自習になっている。つまり席についている時間である。しかし向かい側で笑顔で話す彼にその様子はなく一向にもどる気配はない。
どうしたものかなぁ・・・
(視線が痛いんだよなあ)
いろんな意味で目立つ彼に話しかけられてる女子生徒なんてそりゃ目立つ。椎菜を見る目はあまり良い感情の視線では無いことくらいは感じる。
(あ~面倒だ。面倒な展開になりそうだ)
物思いに耽る椎菜を訝しげげに見てくるゼノンの視線に気づき、椎菜はドアの方向を指差す。
「見てきます。」
「え、なにを?」
「先生です」
「何で椎ちゃんがそこまで!?待ってれば来るって。」
「いえ見てきます。とても心配です。」
「棒読みだよ椎ちゃん・・・」
ちっ。
「舌打ち!?ひどい椎ちゃん!あれちょっと面倒くさいみたいな顔して俺見てる!?」
「そんなわけありません」
「棒読みだよ!?」
メソメソと突っ伏して泣き始めた(いや嘘泣きだとひと目でわかるが)ゼノンをちらりと横目で見ながらやはりイケメンってのは見てるだけに限ると改めて思う椎菜だった。
放課後。
少しにおう雨の匂いに眉をひそめた。
(最近、よく降るなぁ。あれ傘あったかな)
早目に家に帰ったほうが良さそうだな。アカシアに言わなきゃな。
そう思いつつ結構遅くなってしまったので走り出そうとした時である。
「あの・・・」
辺りが静かでなければ気づかないような、ぼそりと呟くような声が聞こえた。
キョロと辺りを見渡して後ろに立つ青年に気がつく。
(わ)
とても背が高く、肩幅も広い。筋肉質なのか、どこかどしりとした威厳を持つその青年の雰囲気とは似つかないようなぼそりとした声でまた呟くように話した。
「・・・良かったら・・・その・・・」
もじもじ
そんな効果音が聞こえそうである。
そんな中その青年が大きな手で大事そうに持ち何かをこちらに差し出しているのに気づいて中身をじいっと見る。
「・・・傘」
ちなみに色は薄い紅色。ピンクに近い。
随分と可愛い趣味である。
視線をまた上にあげて見上げれば青年の空色の瞳とぶつかる。
目元の泣きボクロが少しキュートに見えてきた。またぼそりとつぶやく声に耳を傾ける。
「・・・・・・使う」
「え、あ。そうですか。どうぞ使ってください。」
「ちが・・・俺、・・・のはある・・・」
「・・・はい?」
(なんだか噛み合わないなぁ~どうしよう。俺のはあるって傘のことか?そもそも今持ってるのがそれじゃないのかい。まてよ。なんか最初に、良かったらみたいなこと言ってたような・・・)
あれ。まさか。
「・・・・・・傘、私が使っていいんですか?」
「・・・良かったら」
「でも、貴方がぬれてしまいませんか?」
「俺のは・・・別に・・・・・・ある。」
(いい人だ・・・)
ちょっとした感動である。
なぜ2つも傘を常備していたのかと疑問に思わなくもないが。
いや、きっと困っている人がいたら貸してあげようと思い常に持ち歩いていたに違いない。だって彼はいい人だ。
「ありがとうございます!」
お礼を言い深く礼をして椎菜は彼から傘を受け取った。
パンッ
好きな色である。もう一度彼に礼をして走り出す。約束の時刻には間に合わないがきっとアカシアは待ってるだろうから走ったほうが良い。
つまりは急いでいた。だから、
急いでその場をあとにした椎菜がその事に気づくのは待ち合わせの場所が見えてきた時である。
(そういえば名前聞いてない)
この傘、どうやって返したらいいのか。
ちなみに青年が言ってる自分が持っているもうひとつの傘の色もきっとピンクです。