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それから二日ほどはいつものように狩りに出かけ、薬草とビッグマウスやベビーウルフを一匹か二匹倒して帰るといった感じで特に何もなく過ぎていきました。
それでも、街では引き続きユーステリアの動向が騒がれています。
市場の商品はすでに値上げが発生しています。王都近辺では特に不作もなく、又国による買占めも起きていないにも関わらず3日前より野菜や小麦の値段が1.5倍に跳ね上がっています。そして商人達は、戦争を理由に品不足や危機感を煽り立てます。本来混乱を起こさないために情報統制、物価統制を行わないといけない商人組合自体が価格釣り上げをおこなっているそうです。
「アリシア、またお野菜の値段があがったのよ、お肉も値段が上がってきてるし困ったわ」
「お母様、毎日お野菜を用意しなくてもいいのでは?しばらくは値上がりが続きそうですし」
わたしは、あまり好きではないトマトやキューリなどの野菜が毎日出なければいいなって思いながら提案してみました。
「駄目よ!お婆さまから食事には必ずお野菜を付けなさいって言われてるのですから」
「で、でも食費が上がりすぎると他にも影響が出ます。今後は質素倹約に勤しまないと」
「そうねぇ、でもお野菜は欠かせないですし、お父様のお小遣いをちょっと減らしましょう、それに、貴方も自分で働くようになったのですからお小遣いはもう要らないですしね」
「え!」
お小遣いが貰えなくなるなんて考えていませんでした。わたしは、急いで今の収入を考えてみます。薬草20個で銅貨1枚、ビッグマウスの毛皮がだいたい銅貨20枚、ベビーウルフが銅貨30枚です。毎日だいたい銅貨40枚くらいは稼いでますよね?だから、20日働いて銀貨8枚、今まで毎月銀貨10枚貰ってたので足りません。っていうかお小遣いが増えるくらいの感覚でしたから結構ショックです。
「冒険者は儲かるのでしょ?以前お父様がそんな話をしていたわ。まだ、そこまでは難しいとは思うけど、アリシアもお家にお金を入れてくれるようになれば、少しは楽になるわ」
あの、お母様そんなに嬉しそうな顔をされても、まだしばらくお小遣いは欲しいですなんて言えないわ。
どよんとした気持ちで冒険者省へと向かいます。
何か良い依頼は無いかな、自分のお小遣いも稼がないといけないので切実です。
睨むように掲示板を見ますが、昨日とあまり変わらない依頼の内容にちょっとがっかりします。
もともとEランクの依頼は数はありますけど内容というか報酬はどれも今ひとつです。
うんうん悩んでいると、外が何か騒がしくなってきました。そして、外を見ると100人近い冒険者達が集まっています。
あれ?あのマークはラビットラブリーだ、ラビットラブリーだけでも50人はいる!
驚いてみていると、10人単位で次々に転移門からどこかに送られていきます。
「あの、何かあったのですか?」
わたしは、同じように眺めている年配の冒険者らしい人に声を掛けました。
「ああ、ナイガラが攻められたらしい。それで急遽援軍が組織されて出発している」
「え!戦争がはじまったんですか?」
「わたしもよく判らんがナイガラで戦闘が始まったことは確実らしいな」
わたしが、そんなことを話しているうちに次々と転移門へと人が吸い込まれていきます。
「あの、冒険者っぽい人がいっぱいいましたけど、あれは義勇兵ですか?」
「ああ、だがCランク以上の者限定の募集だからな、お前さんじゃちょっと無理だな」
笑いながらそう言われます。
「うぅCランク以上ですか、あの、報酬は幾らくらいなんですか?」
「確か金貨1枚って聞いたな」
「金貨一枚!」
うわぁいいなぁ、そんな事を不謹慎に思います。でも、それ以上にユーステリアとの戦闘が気になります!
本当ですよ!下手すると戦争なんですから!
わたしは、人のいなくなった転移門を見て、溜息を付いて掲示板のあるロビーへと戻りました。
すると、ロビーにはシノンさんが数人の人と集まって何かを話しています。
「あ、シノンさんこんにちは」
「アリシアさん、こんにちは、依頼探しですか?」
「はい、中々良いのがなくって、それで転移門から出陣されていく人達をみてました。シノンさんは?」
「あ、わたしも見送りもそうなんですが、それと経験上げをしようって話で友達と集まっている所です。あ、こちらは先日一緒に狩りをしたアリシアさんです」
後ろにいる友達へと紹介をしてくれます。わたしも急いで挨拶をします。
「アリシアです。まだ数日前に冒険者登録をしたばかりの剣士です。よろしく御願いします」
その後、紹介された5人は、それぞれ騎士養成学校のパーンさん、モルトさん、ラブリーラビットの学院の魔術士専攻のミアさんにトールさん、そして吃驚した事に教会所属の神官候補サイラスさんです。
「はぁ、神官の人も冒険者になるんですね」
「まぁうちは教会と言っても最大派閥の神教やブッダル教、クルス教のように勢力は大きくないからね。信者もまだまだ少ないから自分達で稼がないとなんだよ」
「え?あの、失礼かもしれませんが何教なんでしょうか?」
「うん、ヤオヨロズという神様だよ」
「はぁヤオヨロズですか?」
「うん、転移者の方達が信仰されている神様なんだ。多くの神様を統べる偉大な神様なんだ!」
「はぁ」
「君は何教かな?」
「えっと、たしかクルス教だったと思います。でも、特に家族もわたしもそれほど熱心ではないので」
「う~ん、そうか、もしよければ今度うちの教会に一度遊びにきてほしいな。教祖様も喜ばれると思う」
「はぁ、ちなみに教祖様はどなたなのですか?」
「それは来てのお楽しみさ」
そう言ってサイラスさんは笑います。そして、おそらく皆さんは行かれた事があるのでしょうか、複雑な顔をされています。
「もし、機会があったら」
わたしはそう返事をすると、シノンさんに挨拶をしてまた掲示板のところへ戻りました。
狩りのPTは1PTが6人とされているので、わたしはあぶれちゃうんですよね。
わたしは、仕方なく昨日と同じく薬草と毒消し草の採集を請けて外へと出ました。
う~ん、せめてビッグマウスかベビーウルフくらいは狩りたいです。そうでないと生活が成り立ちません。
保険に薬草を早々に集めて、あとは狩りをメインにするしかないですね。だって薬草と毒消し草だとクエスト達成しても銅貨3枚ですよ。
悲痛な決意を固めて、わたしは昨日と同じ林へと向かいました。
ここ最近、採取依頼を続けていたお蔭か、だんだんとどこを探せば良いかが判ってきたお蔭で、2時間程で薬草と毒消し草は揃いました。あとはお小遣いの元探しです。
「う~ん、でもあんまり遠くには行きたくないし、またあんな大蛇には会いたくないし」
わたしは、先日のウロボロスの幼生の事をまた思い出しました。あんな怖い思いはもう2度としたくありません。
それでも、もう少し奥へと移動をしていくと、目の前に何か動く姿が見えます。
ん?何か動いたよね?
じっと目を凝らすと、目の前にクックが1匹いました。
あ!野生のクックだ!
クックは、魔物ではありません。農家で卵を産ませる為に飼育される鳥の一種です。そして、お肉も美味しい為一般的に鳥の肉というとクックを指します。基本的にはクックは野生の生き物ですし、大きさも最大で体長50センチにもなる大きさです。爪も嘴も鋭い為、飼育されているクックは定期的に両方ともある程度の長さで切断されるそうです。
わたしは、剣を抜いて慎重に近づきました。
「えい!」
あと数メートルという距離に近づいた時、一気に踏み込んでその首を切り落とします。
「クェ!」
一瞬吃驚したようにこちらを向いて固まったクックは予想以上に簡単に倒せました。
「ふぅ、よかった、これでしばらくお肉に困んない!」
わたしは、以前誰かから聞いた事を思い出して、切断した頭を下にして、クックを木に吊るして血抜きを始めます。でも、この時もう少し考えていればよかったのです。いくら王都のそばの林だとはいえ、魔物も出る場所で暢気に血抜きをする事がどういう事なのかを。