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翌朝、わたしは早々に冒険者省へと来ていました。
ほんとは、昨日のあの大蛇の目が忘れられなくて、夜中に何度も飛び起きました。そして、このまま冒険者になる事に恐怖を感じました。
それでも、まだ始まったばかりです。いえ、まだ始まってすらいません。だから、昨日のようにいい加減ではなく、一歩一歩慎重に進んでいこうって思いました。
それと、最後にわたしの背中を押したのは、昨日の剣士の人の言葉でした。
「しかし、偶然かね、これは。災厄の地が開放され、そして、ユーステリアの怪しい動き、そして、今回のウロボロスの幼生かよ。きな臭過ぎるぜまったく」
そうです、あのユーステリアがまた動き始めている。又、前のような事が起こるかもしれない。
強くならないと、もうあんな思いをしなくても良いように強くならないと、そんな思いがわたしの背中を押してくれたんです。
冒険者省は基本24時間営業しています。まだ7時だというのにロビーには10人近い冒険者と思われる人たちがいました。
わたしが入口から入ると、また視線が集まります。それでも、昨日とは違い、すぐみんな視線を外しました。
昨日と違う、なんでだろう?
そんな思いで依頼の掲示板の前に行くと、昨日より早い為か貼る所がもう無いってくらいに貼られています。
それを、冒険者の人達が思い思いに剥がして受付へと向かっていきます。
昨日より良いものないかな
そんな思いで眺めていると、一枚の紙に目が止まりました。
・初心者限定 近郊の動植物分布調査 主催:推定淑女 Lv上げを兼ねている為報酬は現物支給 定員4名
こ、これは!何ってタイムリーなんでしょう。しかも推定淑女って最近出来た4番目のギルドだったはずです。
えっと、紙が2枚あって、横のにスペースがあるって事はもう2枚は誰かが取っていったって事でしょうか?
わたしは、急いでその残っているうちの一枚を剥がしました。
すると、わたしの真横からも手が伸びてきて、もう一枚の紙を剥がしました。
「!」
わたしが、吃驚して横を見ると、わたしより更に小さい女の子が紙を持って立っています。
「あ、こんにちは。アリシアって言います。貴方も初心者の方ですか?」
「はい、治癒士見習のシノンと言います。貴方も?」
「はい、昨日登録したばかりなんです」
「よかった、わたしは一ヶ月くらい前に冒険者登録はしたんですけど、学院で治癒士の勉強もしながらなので中々冒険に出られなくって」
あ、この子王立学院の生徒だったんだ。王立学院は治癒士や魔術師を育てる為に作られた学校です。
騎士や剣士は前にちょっとお話した騎士養成学校があります。どちらも倍率が高くて試験がとっても難しいって言われていますけど、治癒士や魔術師はどの国も力を入れて人材発掘を始めています。
まだ作られて2年しか経っていないんですけど、王立学院は国の主要な要職に着く事が出来るかもしれないって噂もあるのでとっても人気がありますね。
「王立学院ですか、すごい優秀なのですね!」
あたしが、そう言うと、シノンさんは慌てて手を振って否定します。
「いえ、わたしが在籍しているのは王立学院ではなくて、私立のハルカ治癒魔法学院です」
「え?ハルカ治癒魔法学院ですか?」
わたしは、聞いたことの無い名前にちょっと戸惑いました。私立っていう事は誰かが個人的に作った所だと思うのですけど。
「はい、ラビットラブリーのハルカ団長さんが今年作った学校です。王立は試験は受けたんですがとても受からなくって」
そう言って、シノンさんは顔を真っ赤にします。
え!ラビットラブリーって王国第2位のギルドじゃない!そのギルドが学校作ったなんて噂にもないよ!
わたしは、慌ててシノンさんに確認をとります。ぜったい騙されてますよ!
「あ、いえ、今回はハルカさんの関係者からの紹介者と、ハルカさんが気に入った人だけしか入学できないんです。今年の入学者は20人だけですから。わたしの場合は王立での試験が補欠合格にぎりぎり足りなかった為に特別入学出来たそうです。試験官にラビットラブリーの人がいたそうで、その方の特別推薦だったって入学後お聞きしました」
「へ~~そんな事があったんだぁ、でもいいですね、将来保障されたようなものでしょ?」
「え、そんな事ないですよ!それに、実戦経験も必要だから冒険者として登録してクエストをこなすのも授業の内だって言われて」
「あ、それでここにいたんですね。でも、ラビットラブリー関係者なのに他のギルドのクエスト請けてもいいの?」
「さぁ?駄目でしょうか?」
二人で首を傾げながらも依頼の紙をもって受付へと向かいました。
「「あの、これお願いします」」
二人で依頼の紙を出すと、その内容をみた受付のお姉さんが意味深な笑みを浮かべました。
「あら、これ請けるのね。がんばってね」
「「あ、はい!がんばります!」」
二人そろって返事をすると、さらにクスクス笑いながら受領をしてくれました。
「南門の所に10:00集合だから、もうあまり時間はないわよ。急いでね」
そう言われて、わたし達は急いで南門へと向かいました。
「ねぇ、他の二人ってどんな人かな?」
「さぁ?それより、この依頼ってなんか推定淑女ギルドの人たちにメリットないですよね?もしかして団員集めの一環だったりして?」
わたしは、シノンさんへ返事をしながら、もしかしたら団員になれるかもっていう期待を思わず零してしまいました。
「あ、そうかも?新人の早期発見育成とかでしょうか?でも、そうするとわたしは不味いかも?」
「どうなんでしょう?」
そんな事を離しながら南門へとくると、明らかに普通の人とは雰囲気も装備も違う人が1名、新人ですっていう格好をした人が3名一塊でいました。
あれ?募集は4名だから、この人達であってるのかな?
「あの、推定淑女ギルドの動植物分布調査の依頼を請けて来たんですが」
わたしが恐る恐るそう言うと、いかにもベテランって感じの人がこちらを向きました。
「ああ、よかった、もう集まらないから出かけようかって思ってたよ。推定淑女のシロー、剣士をやってる。で、こっちがうちの新入りのヘルガ、まだまだ新米なんでスキル上げをさせようかと思ってたんだ。で、ついでに新人さんもよければと思って募集させてもらったんだ」
今回の依頼の経緯を説明してくれました。そして、他の人たちと自己紹介を兼ねてのご挨拶です。
今回、推定淑女ギルドから来られたのは剣士のシローさん、治癒士のレベッカさん、そして、依頼を請けたのが剣士のわたし、治癒士のシノンさん、剣士のカイルさん、剣士のゼクンさん、この6人がPTとなります。なんかすっごく偏ったPTですね。シローさんも実際にそう言ってます。
「まぁ無理だとは思ったが、遠距離の弓か魔術師あたりが一人は欲しかったね、バランス的に」
わたしもそう思いました。でも、冒険者初心者で魔術師はあんまりいないですから。魔術師の人は、基本的にどこかに所属して、経験を積んだ人しか冒険者なんかになろうとしませんよね。
「とにかく出かけますか、まずは何がどこにあって、どんな危険があるかを確認してもらいます」
そう言ってわたし達を引率してくれました。
その後、採集や狩りを行いながら、それぞれが情報交換を行いました。
なんと、レベッカさんは転移者だそうです。言われてみると、装備はすっごい高級品ですから。ただ、製作メインでずっと来られている為今後を考えて戦闘のスキル上げをされているそうです。
カイルさんとゼクンさんはわたしより1ヶ月くらい冒険者の先輩です。ただ、中々魔物と遭遇すら出来なくて雑用で何とか日銭を稼いでいる状況で焦っていたそうです。それで、やっぱり推定淑女主催の依頼に一縷の望みを抱いて参加したそうです。
「うん、みんな結構安定してるね。ただ、どうしても前衛が多すぎて戦闘時の取り合いがでちゃうね」
シローさんの指摘に、わたし達は顔を赤らめます。どうしても自分がっていう気持ちが出てしまってわたしも、カイルさんとゼクンさんも争うように魔物に向かっていってしまうんです。
「まぁ最初は仕方ないか、ただ、役割を決めて動かないと危険だよ。つぎからは交代しながらでいいから前衛2名、1名はまわりの状況判断っていう感じで動いてみようか」
わたし達は、シローさんに言われるままに役割を交代しながら戦闘をしてみました。元々、ここに出てくる魔物はビッグマウスとベビーウルフくらいしかいませんから苦労せず倒せます。でも、3人で一斉に飛び掛るより逆にスムーズに倒せるので吃驚しました。
「うん、いい感じだね」
その後も、特に問題も無くあっという間に夕方になりました。
そして、わたし達は薬草や毒消し草、ビッグマウスの皮やベビーウルフの皮などいくつものアイテムをもって意気揚々と冒険者省へと帰ってきました。
すると、何やら建物の中が騒然とています。
「う~~ん、何やら厄介ごとが起きたみたいだね。君達はそのままアイテムを売って5人で分配してなさい、僕は何が起きたか情報収集してくるよ」
そう言って何人か知り合いがいるのか会話の輪の中へと入っていっちゃいました。
「よし、まずは分配しましょう」
レベッカさんに促されて、わたし達はそれぞれアイテムを分配します。
一人薬草が14枚、毛皮はみんな売ってお金を分配します。なんと一人銀貨1枚と銅貨13枚になりました。昨日の事を考えると信じられないくらいです。
私達が分配を終わってシローさんを待っていると、難しそうな顔をしてシローさんが帰ってきました。
「あの、何があったんですか?」
「うん、どうもナイガラの転移門が破壊されたらしい」
その言葉にみんな一斉に黙り込みました。
転移門っていうのは、街と街とを繋いで人が行き来できる魔法の門です。
転移するのに魔力が結構いる為、使用には結構お金がかかります。
この為、お金持ちしかあまり使いませんがいざと言う時には軍隊が援軍を送るのに使われます。
その転移門が壊されるという事は、それは戦争が起こることを意味しているからです。
「あの、ユーステリアですか?」
シノンさんもわたしと同じ結論に達したようです。
「まだ判らないけど、たぶん間違いは無いみたいだね。ただ、今ナイガラにはラビットラブリーの副団長が領主に就任しているから、まずは問題はないと思うけどね」
その言葉にシノンさんが息を呑みます。
「あの、援軍はどうされるんでしょうか?」
「多分エルフの森から援軍が出るかな?で、逆に王都からはエルフの森へと援軍が出る。そんな所じゃないかな?ただ、まだ情報が少ないからね。まぁ国王様ならなんとかしてくれるでしょう」
そう言ってわたし達を安心させるようにシローさんは笑いました。
そして、わたしはかつて見た秋津嶋陛下の姿を思い出していました。
「今日はこれで解散です。みなさんお疲れ様でした。みんなスキル的に近い位置にいるから、今後も一緒にPTを組む事もあるでしょう、でも無理をしないように安全にが第一ですからね」
そう言って笑うシローさんは学校の先生みたいです。
その後、解散してわたしも家へと戻りました。
そして、またユーステリアとの戦争が始まる事を思うと、恐怖が蘇って来ます。
お父様は今日は戻れないと連絡がありました。そして、お母様もどこか不安そうな顔をしています。
でも、戦争の話はお互い出来なくって、今日あった出来事を少し話して部屋へと戻りました。
今、イグリアは以前とはぜんぜん違うから、ユーステリアなんかに負けないよね?
王都には近衛騎士団もラビットラブリー騎士団もいるから、大丈夫だよね?
そんな事をついつい考えてしまって、わたしはベットに入ってからも全然眠ることが出来ません。
駄目だ、ぜんぜん眠れない・・・
ついにベットから置きだして、動きやすい服装へと着替えました。
その後、わたしは剣を持って部屋を出て、みんなを起こさないように静かに庭へと出ました。
そして、無心に打ち込みを繰り返します。
くたくたになるまで打ち込みをしてようやく今日は眠りへとつきました。
早く強くならないと、お父様に負けないぐらい、お母様を守れるくらいに・・・
そんな事を繰り返し、繰り返し思いながら。