1-3
テンションマックスで城門を再度飛び出しました。
城門の衛兵の人から、「忘れ物はするなよ、今度からはキチンと確認してから出かけろよ」などと言われましたけど気にしません!
城門の横では、まだ子供達が薬草採りをしています。
ふふん、もうそんな薬草採りなんてしないからね!冒険者らしい活躍をするんだ!
わたしは、そう思いながらまず近くの林へと進みます。
王都近辺は、基本的には騎士団が定期的に安全を確保しています。だから、魔物被害は殆ど無いって言われてます。だから、多少遠出しても安心ですよね!
そんな事を思いながら、林へと踏み込みました。
うん、流石王都ですね。
林に踏み込んでから小一時間くらい経ったと思います。
でも、魔物なんか一匹も見かけません!
王都近辺は魔物の被害が無いっていうことは、魔物がいないっていう事なんですね。
あまりに単純な事なのですけど、ぜんぜん想像もしていなかった。林に入れば魔物がいっぱいいて、それでどんどん戦って強くなる!
そんな事を勝手に思い込んでいました。
ま、まずいよ!このままだとお散歩して終わりになってしまいます。
わたしは、グルッと林を回りながら、いつのまにか街道へと出ました。
「どうしよう」
まさか朝から廻ってまだ一匹の魔物にも遭遇しないとは思いませんでした。
こんなことなら、何処ら辺で魔物が現れるか聞いてくれば良かったなぁ。
またしても自分のうっかり具合に意気消沈してしまいます。
お昼近い時間ではあるのですが、ただうろつくよりは王都に戻って聞くほうが良いかもしれません。
でも、なんかまた城門を通ることに抵抗を感じました。
また、呆れた顔されると嫌だしなぁ、すっごく駄目な子に見られそうだし。
でも、ただウロウロして結局1日何も狩れずに終わるのも嫌だし、どうしよう。
そんな事を思いながら、街道の横で座り込んでボ~~っとしています。
物語なら、ここで馬車が盗賊や魔物に襲われていて、それを颯爽とあたしが助ける。そんなパターンになりそうなんだけど。
でも、街道では、普通に近くの住民や、農作業の馬車、そして、旅人がのんびりと歩いています。
そして、街道沿いでしゃがみ込んでキョロキョロしているわたしを、チラチラと見ているのですが、一人考え込んでいるわたしは気がついてもいませんでした。
はっ!駄目だ!こんな所で考えてる時じゃない!
頭を振って妄想を打ち消して、わたしは急いで立ち上がりました。そして、前にお父様が話してくれた事を思い出します。
街道の安全は、王都にとっては死活問題です。物資が王都に流れてこなくなれば、王都は餓死します。その為、騎士団は、街道の周辺を中心に魔物を狩るんです。
そうか!街道から遠ざかれば良いんだ!そう思った瞬間、またもや挫折しました。
王都からは東西南北に街道が伸びています。
解決策が思い浮かびません!
でも、ここに留まっているよりは動かないと、そう思って西を目指します。
西は、ピラル火山もある関係なのか比較的魔物も多く、そして、強いって言われています。
ピラル火山の魔物になると騎士団の精鋭部隊でしか対応出来ないらしいですし。以前にお父様が腕に大きな怪我を負われたのもピラル火山の魔物掃討作戦の時でしたし。
西へ向かってまた小一時間くらいが過ぎました。
そして、相変わらず魔物の姿は見ることが出来ません。
冒険者初日にして、挫折感が強いです。わざと街道を逸れて進んでいる為に足もとも不安定で、精神力と体力を通常の倍以上で消耗している気分です。
それでも、諦めずにさらに進むと、目の前にちょっと開けた場所が確認できました。
はぁ、ここでちょっと休憩しようかな。お昼も食べないとだし。
そう思って背中に背負っている荷物袋を下ろして昼食のパンとチーズを取り出してモソモソと食べ始めます。
このパンはちょっと奮発して、ミルクロールというパンを買いました。
子供の頃にはパンは固いボソボソした黒パンしか無かったのですけど、しばらくすると転移者の人達が教えた白パンなど柔らかいパンが売られ始め、その後一気にイグリアに広まりました。
今では、イグリアの白パンは有名なお土産品にもなっています。
わたしが、お昼ご飯を食べ終わって水筒からお茶を飲んでいると、どこかで草を踏みしめる音が聞こえました。
て、敵?
急いで傍らに置いてあった片手剣を取り出して音のした方向へと構えます。
こんな所に普通の人は入ってこないし、魔物か獣の可能性が高いです。ついに冒険者になってはじめての戦いです。
わたしは、じっと視線を奥へと向けると、奥のほうでは何かがチラチラと動いている姿が見えます。
なんだろう?人では無いですね。
じっと息を殺して見ています。すると、少しずつですが様子がわかってきました。
そして、わたしの体がしだいに震え始めます。
な、なによあの大きな蛇は!
それは胴回りでもわたしが両手で抱えられるかどうかの太さです。
そして、その長さは良く判りません。
幸いですが、その大蛇はわたしの事に気がついていないみたいです。そして、わたしは風上にいます。
に、逃げなきゃ!あんなのに敵うわけないもの。
少しずつ、少しずつ後ろへと下がり始めます。
でも、この時わたしはそんな事をしないで、さっさと後ろを向いて全力で走って逃げればよかったんです。
でも、視線をその大蛇から話すことが出来ませんでした。
「きゃぁ!」
そして、足場の悪いところで後ずさりしていたわたしは、木の根っこに足を引っ掛けて見事にひっくり返ってしまいました。叫び声付きです。
急いで、起き上がって大蛇のほうを見ます。すると、先程まで響いていた大蛇の地面をする音が消えているのに気がつきました。そして、恐る恐る上の方を見ると、頭を持ち上げたその大蛇がじっとわたしを見つめています。舌がチョロチョロと忙しく出入りしています。
蛇に睨まれた蛙って言葉が不意に頭によぎります。
大蛇と視線があった途端、わたしは、あまりの恐怖で身動き一つすることが出来なくなってしまいました。
あ、う、え、
思考が形になりません。もう逃げるという選択肢すら出てきません。
その時、大蛇は静かに頭を横たえ、そのまま東の方向へと移動を始めました。
緊張の糸が切れ、大地にそのまま座り込んだわたしは、ただその後姿を見つめているしかできませんでした。
そして、どれくらい時間が過ぎたでしょうか、やっとわたしは立ち上がることができました。
「う、う、うわ~~~ん」
もう冒険を続けるとか、そんな考えは頭の片隅にも残っていません。
ただ、恐怖と、安堵と、様々な思いが溢れるままにただ泣きながら王都へと走って帰りました。
王都に帰ると、城門付近で多くの人だかりができています。
そして、それは門の所で検問が行われている為でした。
「ふぇ、んぐ、ふぇ」
まだ嗚咽が収まらないあたしは、それでも城門へと入る為に人だかりの中へと向かいます。
「おや?お嬢さんどうしたのかな?」
「あら、何を泣いているの?何か合ったの?」
わたしの前にいた夫婦と思しき人が、わたしの様子がおかしい事に気がついて声を掛けてくれます。
でも、わたしは何かを話そうとすると、また泣き出してしまいそうでただ嗚咽を堪える事しか出来ません。
「お~~い、衛兵さん!手の空いてる人がいたらこっちに来てくれ。この子の様子がおかしい。何かあったようだ!」
異常を感じて、旦那さんの方が城門の方へと叫びます。
すると、門の方から一人の兵士さんがこっちへと走ってきます。
「何か合ったのか?」
そういう兵士さんにその夫婦はあたしの様子を説明します。
そして、その兵士の人もわたしの様子に違和感を感じて尋ねて来ます。
「おい、何があった?お前は朝に出かけていった冒険者だろう?」
よく見ると、その兵士さんは朝の衛兵さんでした。
「ヴぇ、ヴぇびが、でぇ、でぇだの」
言葉が聞き取れないのか、その衛兵さんはとりあえずわたしを城門横の小屋へと連れて行きます。
そして、近くにいる人に声を掛け、誰かを呼びに走らせました。
そして、わたしの前に暖かいお茶を置いてくれます。
「こんな所だから出がらしの茶しかないが、まず茶でも飲んで落ち着け」
そう言って、わたしの向かいに椅子を持ってきて座ります。
わたしは、出されたお茶を飲みながら、少しずつ落ち着いてきました。
「どうだ、落ち着いたか」
わたしは、こくんっと頷きました。
「それで、何があったのかな?」
わたしは、途切れ途切れに先程の出来事を説明します。
そして、わたしの説明が進むうちに、衛兵の人の顔が少しずつ厳しくなっていきます。
わたしの説明が丁度終わった頃に、一人の大柄な剣士が部屋へと入ってきました。
「何かあったのか?」
「ああ、ちと厄介な事があったみたいだ」
そう言って、衛兵の人は先程わたしが説明した内容を繰り返します。
「嫌な時期に重なるな、で、くどいようだが間違いではないな?」
「さて、だがこの娘の様子からして間違いではあるまい」
「ふむ」
そう言うと、その剣士はわたしを覗き込みます。そして、
「そのようだな、しかし、お前よく無事だったな。運がいいぞ!普通なら死んでたろう」
その言葉を聞くと、再度先程の場景と、恐怖がぶり返してきます。
「おい、コジロウ脅すな」
「わりいわりい、つい本音を言っちまったな。ただ、真面目に運が良いぞ、普通ならまず助からん」
「そうだな」
「しかし、偶然かね、これは。災厄の地が開放され、そして、ユーステリアの怪しい動き、そして、今回のウロボロスの幼生かよ。きな臭過ぎるぜまったく」
「とりあえずそっちで、何人か出して確認してきてくれると嬉しいのだが」
「まぁ仕方ないか、わかった、確認したら報告を入れる」
そう言って、剣士は足早に部屋を出て行きました。
そして、その後、わたしは今日の冒険をもう切り上げて家に戻ります。
結局、冒険者初日は散々な結果に終わってしましました。