お嬢様養成学院
私立聖天冠女学院。人里はなれた山奥にある全寮制の「お嬢様学校」だ。校舎も関連施設も絢爛豪華で制服もかわいく、山奥にあることを除けばごくごく普通の高校に通う者からしたら一見とてもうらやましい環境に思える。
事実、一部の親からはとても人気があるのだが、ここに自ら進んで進学しようなどという生徒はごく一部の本物のお嬢様を除いてほとんどいなかった。
なぜか?
この学校がなぜ「お嬢様学校」と呼ばれているか。それは、「お嬢様が通う」学校という意味も勿論あるが、この学校の場合「お嬢様を作る」学校という意味も含めてそう呼ばれているのだ。
この学校、豪華で優美な概観とは裏腹に、高い塀に覆われ、監視カメラ、更に警備員が巡回し生徒が自由に学院の外に出ることは許されない。そして、山奥で完全に外界との関係を断ち切った環境で教育と称して徹底的にお嬢様洗脳を行うのである。その結果、3年後にはどんな生徒もみな同じ思考をする従順な筋金の入ったお嬢様になってしまうらしい。
更にこの学校は、女学院といいながら10年ほど前から男子生徒も受け入れている。いや、正確には元男子になってしまうのだが。性転換薬によって体を女にされ、3年間かけて脳まで完全なお嬢様になる。乱暴な素行不良の息子の女性化による無力化と更正や、本当は男子ではなく女子を望んでいた親などをターゲットにして始めた入学コースだが意外と人気が出たために元男子生徒が入学してくる人数も段々増えてきていた。
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「入学しちまったかー。」
俺は中学からの同級生のとしあきと肩を並べて歩いている。
今日は4月始めの某日。聖天冠女学院の入学式の後、寮に帰ろうとしているところだ。
自らの太ももにさわさわ当たってはゆれるひらひらしたスカートがどうにも落ち着かない。そのスカートから伸びるまだ見慣れない柔らかい細い足を見て俺はため息をついた。
「ここで3年間幽閉されるのかあ・・・」
かわいらしい声で憂鬱そうにつぶやく俺と同じ制服を着た少女。もちろんこいつがとしあきである。
俺、きよひこと隣のとしあきは名前の通り元男子。いわゆる親の陰謀によって入学させられたクチであった。
それなりにはあった身長も男としての筋肉ももはやなく、2人とも女としても小さく華奢な体に変えられてしまっていた。
「あのクソ親ども。卒業して外に出たら絶対ブッ殺してやる!」
長く伸びた髪をうっとうしそうにかきあげるとしあき。
「ああ。俺も今回ほどあの親を八つ裂きにしてやりたいと思ったことはねえぜ!」
すかさず俺も同調する。
俺もとしあきも素行不良で問題を起こしてばかりいる生徒だった。それを見咎めた両親たちに無理やりこの学院へ押し込まれたのだ。たくらみを知った俺たちは逃亡を試みたが、執拗に追いかけてくる学院関係者であろう黒服の男達に連れ戻され、性転換薬を飲まされてしまった。
「とりあえず、卒業するときに望めば元にもどれるんだろ?」
「らしいな」
「じゃあ、それまでこの学院であばれてやろうぜ!お前、洗脳なんかされるんじゃねえぞ。」
「ああ、そのつもりだ。」
勿論と答える俺。
「今まで10年間、卒業のとき誰も男に戻りてえって言ったやつはいないらしいじゃねえか。まったく飼いならされやがって、情けねえ。」
「まったくだ。だが俺ととしあきは違う。なんてったって2人だぜ。1人きりじゃない。」
「そうだな。もしもどっちかがおかしくなりかけたら相手をぶん殴ってでも正して無事に卒業してやろうぜ。」
「望むところだ!」
お互いのこぶしをがちっと合わせるが、男の頃と違いどうしても弱々しい感じは否めない。
3年だ。3年の辛抱だ・・・
クラスも寮も別々になってしまったので、としあきとは途中で別れた。
「よーし、お嬢様教育だかなんだかしらねえが何でもこいってんだ!」
小さな肩を精一杯いからせ早足で寮へと帰っていった。
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入学して1ヶ月ほど経った。
この学校でも周りにつっかかって暴れてやろうかと思っていたが、教師も周りの生徒もとても優しくて、肩透かしをくらったような感じになって結局何も出来ていない。
それどころか、今まで味わったことがないほど丁寧に迎え入れてくれるので、すっかり毒気を抜かれてしまい、ごく普通に学校生活を送っていた。
1人、2人と友達もでき、いつの間にか仲の良いグループのようなものも出来た。
正直、とても居心地が良い。いままで周りと衝突ばかりを繰り返す毎日を送ってきたので、心が落ち着いて充実しているとはこういうことなのかと初めて感じた。周りは穏やかで性格の良い子たちばかりだし、常にピリピリとしていた中学時代が嘘のように俺自身もほんわかとした気持ちにだんだんとなっていった。
でも、これだけはわすれていない。俺は男だ。ここを卒業したら男に戻るんだということを。
そんな中、クラスも違うのでいつの間にか疎遠になっていたとしあきと久しぶりに靴箱で遭遇した。
始めは2人でつるんでばかりいたのだが、俺が友達を増やしていったのと同時期にいつの間にかとしあきも別のグループに吸収されていった。
「あれ?きよひこじゃん。ごきげんよう」
その言葉を聞いて思わず俺は吹き出してしまった。
ごきげんよう。この学院でのあいさつの言葉である。
「ぷっ、何だお前。ごきげんようだなんて。」
言われてとしあきははっとする。
「う、しまった。ついいつものくせでなあ。」
「お前、もう脳みそがやられてきてるんじゃないのか?しっかりしてくれよ」
とからかってみる。
「ち、ちげえよ。それよりお前こそ、なんなんだその髪は?」
今度は俺があせる番だった。
適当に垂らしていた入学当初とは違い、俺の髪は2つに結んであった。
「ずいぶんかわいい髪形するようになったじゃねえかきよひこ。」
としあきがニヤリとする。
「こ、これは麻美がこのほうがかわいいっていうから。それに、あんまりみっともない格好じゃみんなに笑われちゃうよ。」
「ま、まあ、そうだな確かに。俺も身だしなみはきちんとすべきだと思うぜ。」
何故か納得するとしあき。
そう言うとしあきの髪もきちんと整えられていた。
「とりあえず、そんなことはどうでもいい!」
俺は無理やり話題を変えた。
「入学式の日のあの決意はまだ鈍ってないだろうなあとしあき?」
「ああ、もちろんだ。卒業したら男に戻る。絶対にだ!」
「それを聞いて安心したぜ。」
「俺の意志の強さを見くびるなよ?ここの生活になじんでいるかのように見せてるけど、これは見せかけだ。うまく生活を送るためのな。」
「お、おう。俺だってそうだぜ!」
そうだ。俺は暮らしやすいように、なじんでいるようにみせているだけ。みせているだけ・・・
何故か自分に言い聞かせるようにつぶやいて、その場はとしあきと別れた。
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入学から半年以上がたった。
「あ、としみちゃん。ごきげんよう。お久しぶり!」
わたしはとしみちゃんに笑って手を振る。
「あら、きよかちゃんじゃない。ごきげんよう。ほんとに久しぶりね!」
としみちゃんも笑って手を振り返してくれる。
「あ、としみちゃんの髪型かわいいー。しばらく見ない間にすごくかわいくなったね。」
「きよかちゃんこそ。」
「えへへ、そう?」
「こらっ、調子のんなっ」
取りとめのない会話を続けていた私達だったが、ふとあることに気づく。
「あ、そういえばとしみちゃん。わたしたち、なんか忘れてない?」
「え、なんか忘れてることあったかしら?」
「確かなにかあったわ・・・。入学式の日に」
「入学式?うーん・・・」
2人でしばらく悩んでいたが、同時に思い出す。
「「あっ!」」
「そうよ。卒業したら男に戻るってことよ!」
「そうだわ。私も今思い出したの!思い出せてよかったー。」
「どう?としみちゃん。あの日の決意。変わってない?」
「う・・うん。そうね。男に戻る・・・そうよね、そう。変わってないわよ、当たり前じゃない。」
そうは言うがとしみちゃんは歯切れが悪いし、どう見ても無理しているように見える。
かくいう私も、いまいち男に戻るということがピンと来なくなっていた。
男に戻る?私が?いまさら男に戻ってどうするというのだろう。この生活は楽しいし、私も女の子をやっているほうが安心していられるし・・・うーん。戻る・・・ねえ。
2人ともあいまいな表情を浮かべたまま、手を振って別れた。
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今日から2年生。学院に新入生がまた入学してきた。
私達は上級生になった。
「見た見た!?としみちゃん。新入生、初々しかったわねー。」
「ほんとね。私達も去年ああだったかと思うとちょっと感慨深いわ」
「女になりたてで右も左もわからなかったものねー。」
「あれ?」
私は脳裏にほんのかすかに引っかかるものを覚えた。
「どうしたの?きよかちゃん。」
「1年前、わたしたちなにか約束しなかった?」
「約束?そんなものしたかしら?私は覚えてないけど。」
「うーん。なにか大事なことだったような気がするんだけど・・・」
「大事なことなら忘れるわけないじゃない。気のせいよ、きっと。」
「うーーん。そうね。大事なことなら忘れるはずないもんね。ごめんね、変な事言って。」
脳の発した最後の信号。それを逃した2人にはあの約束の記憶は2度と戻ってこなかった。
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あっというまに3年の学院生活は過ぎて・・・・
「いよいよ卒業ね。としみちゃん。」
「そうね。3年間、楽しかったなあ。」
「ほんとね。もう3年くらいいてもいいくらい。」
「あはは、それじゃあ20歳こえて大人になっちゃうよー」
「これでみんなともお別れかあ。さびしいなー。としみちゃんは大学行った後どうするつもりなの?」
「私?ステキな旦那さんを見つけて、しっかりご奉仕してあげるんだー。お父さんやお母さんにもいろいろ恩返ししてあげたいし。きよかちゃんは?」
「私も一緒よ。なんたって女の幸せは、旦那さんに尽くすことだものね。みんなも同じようなこと言ってたわよ。」
「そうね、まったくそのとおりだわ。」
そして2人は卒業した。新しい人格に生まれ変わって。
<END>