殿下と婚約をしたのですが、魅了にかかっていないのにめちゃくちゃ溺愛してきます〜帰ってきた伯爵令嬢セシリアは、また修羅場に遭遇する〜
王妃様とのお茶から三日後、私、伯爵令嬢であるセシリア・アースキンは、再び王宮を訪れていた。
今日は婚約式の打ち合わせ――ではない。
「殿下。少し、お時間よろしいですか?」
執務室を訪ねると、書類に囲まれていた婚約者である王太子アドリアン・レオポルド・ヴァルディエールが顔を上げた。
「もちろん。どうした?」
「お願いしていたものが完成しましたの」
私は持っていた小箱を机の上に置いた。
その瞬間、殿下の顔が明るくなる。
「もしかして、あれ?」
「ええ。精神耐性の護身具です」
先日、刺繍職人の魔力にあっさり影響され、店の商品をすべて買おうとした殿下のために、王宮魔術師へ頼んでいたものだ。
魅了。
呪い。
よく分からない魔道具。
この人は、放っておくとそのうちまた何かに引っかかる。
「開けても?」
「どうぞ」
殿下が箱を開く。
中に入っているのは、銀色の小さな留め飾りだった。
中央には青い石がひとつ。派手ではないので、普段の服にもつけられるはずだ。
「これを身につけていれば、精神に作用する魔法の多くを防げるそうです」
「おお……」
殿下はしばらく眺めたあと、こちらを見た。
「セシリアが僕のために、選んで?」
「そうです。形は私が選びました」
「……愛のお守りじゃないか」
「精神耐性の護身具です」
「同じようなものだろ?」
「全然違います」
殿下は納得していないようだった。
「つけてくれないのか?」
「私が?」
「セシリアからの贈り物なんだから、最初くらい」
別に構わない。
私は箱から留め飾りを取り出し、殿下の胸元に手を伸ばした。
いつもより距離が近い……上着の襟元に留めるだけなのに、殿下がやけにじっとしている。
「……殿下。動かないでくださいませ」
「動いてない」
「では、そんなに見ないでください」
「目の前にセシリアがいるから」
「目を閉じていただいても」
「それはそれで怖いだろ」
確かに……なんとか留め終えて、少し離れた。
「できましたわ」
「どう?」
「似合っております」
「効果は?」
「私に聞かれても」
殿下は自分の胸元を見下ろす。
「……本当に効いてるのか?」
「王宮魔術師のお墨付きですわ」
「でも、セシリアがいつもより可愛く見える。魅了にかかってないだろうか?」
「私に魅了は使えませんし、それは護身具とは関係ありません」
「じゃあ正常か」
「たぶん」
「たぶん!?」
優しい手つきで、形を確かめるように、殿下は胸元の護身具に触れた。
「確かに、魅了に弱いのは弱さだ。でも、魅了に弱いことを公表できるのは、強さなんじゃないか」
「……殿下。やかましいですわ」
「いや、今いいこと言っただろ?」
「言っておりません」
「言ったよ!」
「……魅了されて、浮気をしてもそう言うのですか?」
「絶対しない」
「魅了に弱いのでしょう?」
「だから、これをつける。毎日つける。絶対に外さない」
いつも通り、大げさな反応なので、おそらく正常だろう。
殿下が私を見て、ふと首を傾げた。
「あ、それ」
「なんです?」
視線が私の首元へ向かう。
深い青の宝石が中央にあしらわれた、細身の黒いチョーカー。
以前、刺繍店を訪れた帰りに殿下が選んでくれたものだ。
「つけてきてくれたんだな」
「いただいたものですから」
「似合ってる」
「ありがとうございます」
殿下は嬉しそうに笑ったあと、少し考えた。
「……やっぱり首輪っぽいだろうか?」
私は留め金へ手を伸ばした。
「外しますわ」
「ごめん!似合ってる!すごく似合ってる!」
「最初からそう仰ればよろしいのに」
「いや、先に首輪だと言ったのはセシリアだ……」
殿下は何でも口に出す。
知っていた……だからこそ、面白いのだけれど。
「そういえば、母上とのお茶の時の続きなんだけど……」
「なんでしょう?」
殿下が椅子から立ち上がると、私の手を引きソファに座らせる。
「セシリアは、僕のどこが好きなんだ?」
また、その話か。
王妃様に聞かれた時は、本人が真横にいたので適当に濁した。
まさか後から本人に問い詰められるとは。
「気になるんだよ」
「知らなくても困らないでしょう」
「僕は知りたい」
隣に座っている殿下が、覗き込むようにこちらを見る。
あまりにも真剣な表情に、少し意地悪をしたくなった。
「……とにかく好きで……顔が……」
「顔かよ」
「嘘ですわ」
「酷い!」
思った通りの反応に、嬉しくなり笑みがこぼれる。
「顔も好きですけれど」
「じゃあ本当は!?」
「秘密です」
「婚約者にも教えてくれないのか?」
「ご自分で考えてくださいませ」
殿下は本当に考え始めた。
「王太子だから?」
「違います。そこではありません」
「仕事ができるから?」
「それも好きですけれど、どちらかというと政務に取り組む姿勢の方ですわね」
「じゃあ何だ……?」
腕を組んで悩んでいる。
本当に分かっていないらしい。
王太子らしく格好をつけようとして、だいたい失敗するところ。
驚けばすぐ顔に出るところ。
魅了されれば妙な言葉を連発するし、令嬢を追いかけて普通に負ける。
情けないところも、格好悪いところも、全部隠せない。
そんなところもすべてだけど、もちろん本人には言わない。
「……そういうところですわ」
「どういうところ!?」
「秘密です」
「セシリア!」
その後もしばらく、殿下はしつこかった。
「一つだけでも……いや、三つ!」
「増えております」
「ヒントだけでも!」
「ありません」
「顔以外で!」
「顔も好きだと言ったでしょう」
「そこじゃなくて!」
あまりのしつこさに、面倒になってきた。
私は殿下に向き直ると、顔をじっと見つめる。
「殿下」
「だから、僕のどこ――」
殿下の首元のネクタイを引き、目を瞑るとその口を塞いだ。
自分からするのは、初めてのこと。
時間にすると数秒だろうか……離れた後、殿下の目が大きくなる。
どうやら、アドリアン殿下は目を瞑る隙も無く、固まっていたようだ。
「……そういう、ウブなところも好きですわ」
できるだけ何でもない顔で言う。
殿下が私を見つめる。
「セシリア」
「なんです?」
「耳」
「……耳?」
「真っ赤」
私は反射的に背を向け、両耳を押さえた。
「……見ないでくださいませ」
「無理だろ。目の前にいるんだから」
「では忘れてください」
「それも無理」
さっきまで固まっていたくせに、笑いながら後ろから抱きすくめられる。
「僕も好きだよ」
「……何がです?」
「自分からキスしておいて、いまだに耳まで真っ赤になる君」
「…………」
「すごく可愛い」
私は立ち上がった。
「帰ります」
「待ってくれ!まだ来たばかりだろ!?」
「用事は終わりました」
「僕の好きなところの話は!?」
「もう申し上げましたでしょう」
「顔と、ウブなところだけ!?」
「十分ですわ」
「全然足りない!」
私はそのまま扉へ向かった。
後ろから殿下が追いかけてくる。
胸元には、先ほど私がつけた銀の護身具。
どうやら、きちんと効いているらしい。
少なくとも今のところ、妙な魅了にはかかっていない。
――私以外には。
今回のセシリアは修羅場というか、異世界恋愛らしくサービス回にしてみました。
また、短編を公開できればと思っているので、お待ちいただけると嬉しいです。
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もし、こんな修羅場を見てみたい!などありましたら、感想でもらえると嬉しいです!





