腹減り魔法塔研究室の救世主
「う、旨そうぉ〜……」
目の前に映る食べ物の山を見ながら、俺はよだれを垂らしていた。
「おい…、お前何してんの?」
「んあ?見りゃわかるだろ、食べ物を映像魔法で出してるんだよ」
そう言って、今食べたい食堂のメニューを魔法で映し出していく。
ただの映像で、匂いはしないけど、この際それも気にならないほど、盛大にお腹が鳴った。
「オムライス、ステーキ、ハンバーグ、パスタ、ベーコン目玉焼き、ポテトに串揚げ、デザートのプリンまで…、あああ〜旨そう〜。腹減ったあぁぁぁ〜!」
「やめろ、その虚像を出すの!虚しくなるだろっ!」
「だって、久しぶりに昼飯食いたいじゃん!」
「オレらにそんな金はねえ!余計に腹減るからやめろってぇ」
「……自らそんな食べ物の映像出すなんて、お前マゾだろ」
昼休みの時間、同僚たちと中庭に出てきていた。
最近の俺らは、昼休みに食堂に行くのを控えて、節約している。
朝と晩は寮に帰れば、それなりの美味しくはない飯が食えるので、昼は我慢だ。
俺らが所属している魔法塔にある、さらに最奥の研究室は貧乏世帯の安月給なのだ。
華々しい魔法騎士たちや実践的にすぐに成果が出る部署と違って、研究室は研究するのが仕事だ。
つまり、すぐには実績が出ない。
だから給料は安いし、予算もなかなか下りてこない。
魔法塔で一番の残念部署である。
「ほら、中庭の水をがぶ飲みしに行くぞ!」
だから、昼食の代わりにこうして研究室の連中とゾロゾロと、腹一杯水を飲みに来ている。
なんて虚しいんだ、俺たち…。
俺は食べ物の映像魔法を見つめながら、舌で味を思い出していく。
ああ、これで水にもほんのり味がしたら最高だ…。
そう思った時、可憐な声が響いた。
「あの、魔法塔の研究室の方ですか…?」
自分に声をかけられていると思わなくて、反応が遅れた。
ゆっくり顔を上げると、淡い髪を風に靡かせている美少女が立っていた。
後ろにはお付きの人がついていて、見るからに身分が高そうだった。
「へっ、あ、えぇ…?」
「研究室の方ですよね?」
「は、はいっ!我らが研究室の末端にございます!」
「ああ、よかった。その、研究室はこの中庭を抜けたところでよかったでしょうか?」
「はい、そうにございます…!」
首がもげそうなほどカクカクと頷くと、目の前の彼女がほんわり笑った。
「ふふふ、私、魔法塔研究室室長と婚約している者なのです。今日は、彼に会いに来たのですが、ご迷惑ではないでしょうか?」
「室長の婚約者様!?」
俺の素っ頓狂な声に、水を飲みに行っていた他の連中が戻ってきた。
「どうした?」
「こ、この方、室長の婚約者様だって…!」
「えっ!?は、はじめまして、いつも室長にはお世話になっております!」
「こんなむさ苦しい場所に、すみません…!」
俺たちは慌てて頭を下げたけれど、婚約者様はいえいえと手を振って、すぐに顔を上げるように言ってくださった。
「こちらがお邪魔しているのですから、そんなふうにおっしゃらないでください。…ところで、その映像は何ですか?それも研究ですか?」
俺の手元に映っている虚像の食べ物を見て首を傾げている彼女に、俺らはあちゃ〜…と顔を見合わせた。
ついでに、お前が余計なことしてるからだぞ!という視線も飛んできた。
ご、ごめんて…。
「こ、これはその、昼飯の妄想と言いますか、腹一杯食べられたら嬉しいよねっていう想像と言いますか……」
「お腹いっぱい?」
「は、はい。魔法塔の食堂は割高なので、あんまり利用したくないなというのが本音でして」
「それで、映像魔法を見ているんですか?」
「ああ、はい…。少しは気が紛れるかなと」
そのままを喋りすぎて、他の奴らの冷たい視線が刺さって痛い。
拳を握っている奴までいて、ああ、余計なことを言ったなぁ…と反省した。
だって、こんなに身分の高い人と喋ったことねえもん!
テンパるだろ、フツウに…!
ほら、室長も偉い人だけど、あの人は上司だしただの怖い人だしっ!
こんな素敵な女性と喋る機会ないし!
室長の婚約者様はしばらく何か考えたあと、自分の持っていたバスケットのカゴをこちらに差し出してきた。
「あの、もしよかったら、こちらを召し上がりませんか?」
「へ?」
「婚約者の彼がご飯を食べているか心配で、昼食の差し入れを持ってきたんです。皆さんが食べる分には、量が少ないかもしれませんが」
そう言って、近づいてきたバスケットから食べ物の匂いがして、脳みそがおかしくなりそうだった。
「い、いけません…!室長のものをいただくわけにはいきませんしっ!あなた様からそんなものいただけません…!!」
慌てて首と手をブンブン振ると、婚約者様は優しく笑って、首を振った。
「あの人の部下の方でしたら、私にとってもお世話になっている方ですから」
「しかし…!」
「彼ね、本当に魔法の研究が好きなの。あまりお金にならない部署だから、部下には苦労をかけているってお酒が入ると必ず言うんです」
それは、はじめて聞いた。
俺たちはびっくりして、目配せをしていた。
「それでも他部署に移動せずに一緒に働いてくれることを、いつも感謝しているんです。だから、ご迷惑でなかったらぜひもらってください」
婚約者様は、ほんのり泣きそうな顔で笑っているように見えた。
俺は、バスケットを受け取っていた。
それが一番いい気がしたから。
「ありがとうございます…」
「ふふふ、あの人甘いのが好きじゃないから、デザートはないんですけどね。こちらこそ、ありがとうございます。…あの人のこと、よろしくお願いしますね」
婚約者様は俺らなんかに頭を下げて、お付きの人と中庭を去っていった。
「……もらっちゃったけど?」
俺が首を捻りながら同僚を見ると、同僚たちも俺とバスケットを見ていた。
これを受け取った時に、食べ物の虚像は消えた。
「とりあえず、中身見る…?」
一人の声に、俺らはバスケットを囲んで、固唾を呑んだ。
ゆっくりバスケットを開けると、分厚いバゲットサンドが入っていた。
たぶん、室長が仕事しながら食べやすいようにだと思う。
たしかに、夢見たデザートのプリンはない。
でも、十分贅沢に見えた。
俺らは再度目を合わせて、ついでに手も合わせた。
「あああ、神よ…、お恵みに感謝しますっ…!」
「お礼は婚約者様にだろ!あの人こそ女神だよっ…!」
「それな、女神は実在してたんだ」
「あの室長の婚約者様なのに、めちゃくちゃ優しかった!」
「まじで室長の婚約者様とは思えねえぇ…!ありがとうございます、女神!」
俺らは好き勝手言いながら、それはもうすごい勢いでバスケットの中身を手に取った。
何十日ぶりの水以外の昼飯。
ガブリとかぶりつけば、香ばしいパンとジューシーな肉と新鮮な野菜とが一気に口の中に入ってきて、天国だった。
「う、うめえぇ…」
「おい、泣くなって」
「旨すぎる、映像なんて非じゃなさすぎる」
「当たり前だろ」
「ああ、食堂のご飯よりも美味え〜!ありがてぇぇぇ!」
「水じゃないの、嬉しすぎるだろぉ…」
たしかに、室長一人分の昼飯を分けて食ったから少なかったけれど、ここ最近で一番美味い飯だった。
その日の午後の仕事がキビキビ動いて、室長に首を傾げられるほどだった。
はああ〜、食べ物の魔法映像を見ててよかった。
女神の慈悲あり、まじでありがとうございましたっっっ!!!!
了
お読みいただきましてありがとうございました!!
224日目。




