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少年ロウの観察事件簿  作者: ちわいぬ
第ニ章 洗濯室の視線

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第6話 誤投薬寸前

規定が増えた。

増えた分だけ、手が遅くなる。


正しいやり方は、慣れるまで危ない。



朝、側棟の廊下。



レナートが言う。


「後ろを歩け」


(人がいる)



俺は短く返す。


「……はい、子爵様」



走り込んできた薬剤師見習いが叫ぶ。


「レナート子爵! 患者が急変しかけています。鎮静が必要です」


(家紋付き)


空気が固くなる。



レナートが言う。


「薬は」



見習いが紙袋を差し出す。


匂いが違う。

粉の粒も違う。

紐の結びも雑。


(取り違え)



俺は口を出した。


「それ、違う」



見習いが反射で言いかける。


「子どもが――」



レナートが遮る。


「黙れ」



レナートが俺にだけ聞く。


「理由」


(人前だ)



俺は言い切る。


「匂いが違う。粉の粒も違う。袋の紐も」


レナートは封と署名を確認する。

整っている。

整っているのに違う。


レナートが言った。


「処方は正しい。袋が違う」



俺は紙袋の底を見る。

落ちた粉が僅かに灰色。


(研究用)


「鎮静じゃなくて、研究用のやつだ」



廊下の空気が冷える。


レナートが即座に命じた。


「鎮静薬は今ここで俺が選ぶ。薬庫へ案内しろ」



薬庫前。新しい規定が貼られている。


棚の端の小箱。

封蝋が削れている。



レナートが言う。


「触ったな」



係が震える。


「子爵様、私は――」


「否定はいらない。誰が触った」



係が吐く。


「…… ハロルド殿の部下が。『閣下の指示だ』と」



空気が止まる。


(閣下の名を使う)


———


患者は助かった。

死ぬ線は越えなかった。


廊下でハロルドが頭を下げる。


「レナート子爵」



レナートが言う。


「ハロルド。閣下の名を使うな」


「……申し訳ございません、子爵様」


「閣下に報告する」




当主室。

レナートが一礼。


「閣下」


伯爵が言う。


「レナート」



レナートが報告する。


「薬の取り違えが発生しかけました。当主側の者が『閣下の指示』として研究用試薬を動かしました」



伯爵の沈黙が落ちる。


「呼べ」



レナートが言う。


「処分は閣下の裁量です。ただ――名がないと現場で止められません」



伯爵の視線が俺に落ちる。


「赤毛が止めたのか」


「はい。観察で」



伯爵が言う。


「喋らせなければ事故が起きる」



褒めない。

統治としての結論。


伯爵が木札を出す。


「これを持て」



レナートが手を伸ばしかける。


伯爵が遮る。


「レナートではない。赤毛だ」



俺が受け取る。



そこに刻まれている。


――診療助手。



伯爵が言う。


「名を付けるのは早いと思っていた」


「だが、名がない方が危ない」


伯爵が言う。


「レナート。管理はお前だ」



「承知いたしました、閣下」



伯爵の視線が俺に戻る。


「診療助手。守秘を破れば即刻切る」


首輪も一緒に付ける。

伯爵家らしい。


俺は短く言った。


「分かった」



伯爵が言う。


「喋れ。ただし必要な時だけだ」



俺は木札を握った。


名は守りになる。

でも争いも呼ぶ。


――ここから先は、もう“屋敷の外”だけではいられない。



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