第5話 名を付けない
事件が終わった、とは言わない。
終わったのは表面だけだ。
研究施設は静かに回る。
静かに、修正される。
翌朝から扉が増えた。
鍵が増えた。
署名欄が増えた。
増えた分だけ、誰かの自由が減った。
俺は客間にいるはずだった。
だが、必要な時は呼ばれる。
「ロウ」
レナートが立っている。
薄い声。無表情。
「来い」
診療所の中庭を抜け、研究棟へ。
廊下の先にバルドがいた。
レナートが言う。
「ハロルド」
「子爵様」
「規定は通ったか」
「はい。閣下は今朝確認されました」
レナートが言う。
「補助係は」
「処分は閣下が。現場には戻りません」
短い。重い。
「研究員は」
「研究から外されます。養成は続けさせる、と」
潰さない。
伯爵家の裁き方だ。
ハロルドが俺の首元を見る。
「子爵様。赤毛の子は、引き続きこちらへ出入りしますか」
レナートは淡く言った。
「必要な時だけだ」
「必要とは」
(俺のことを、権限で測ってる)
レナートは言う。
「私が判断する」
命令。
「……畏まりました、子爵様」
———
当主室。
使用人も研究者もいない。
ここは線が違う。
レナートが扉を叩く。
「入れ」
中へ。
伯爵が机にいる。
視線だけが動き、俺を測る。
レナートが一礼。
「閣下。規定改定、確認しました」
伯爵が言う。
「レナート」
「遅い」
「承知しております」
伯爵が俺に言う。
「赤毛。何者だ」
俺は短く答える。
「拾われた」
「拾ったのはレナートだ」
責任の固定。
伯爵が言う。
「お前は、見える」
レナートが先に言った。
「閣下。本人は制御できておりません」
伯爵が問う。
「制御できないものを側に置くのか」
レナートは崩さない。
「置きます。必要な場面だけ、私が管理します」
伯爵が言う。
「管理できるのか」
「私が責任を負います」
沈黙。
伯爵が言った。
「なら条件だ」
「名を付けるのは早い」
「必要な時だけ動かせ。普段は表に出すな」
レナートが答える。
「承知いたしました、閣下」
伯爵の視線が俺に戻る。
「喋るな」
(反発が来る)
俺は飲み込む。
レナートが淡く言う。
「閣下。必要な時は私が判断します」
伯爵は頷いた。
「それでいい」
———
廊下に出る。
(人がいる)
俺は小さく言う。
「……面倒だな」
レナートは淡く返す。
「名がないものは守られない」
守られない。
それを俺は知ってる。
レナートが言う。
「だから私が守る。必要な場面だけだ」
(冷たい優しさ)
俺は吐き捨てる。
「勝手にしろ」
レナートは黙る。
その沈黙が答えだったは。




