第31話 空き部屋の使い方
巡回が増えると、廊下の音が増える。
音が増えると、違いが見えやすくなる。
――見えやすくなるのは、俺にとっては助かる。
でも屋敷にとっては、噂が増える。
増えるものが多すぎる家だ。
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夕方。
管理係が研修室区画の前で、鍵箱を抱えていた。
「夜間は携行します」
昨日からの新規定。
管理係は真面目に従っている。
真面目な人間ほど、狙われやすい。
当直研究員がぼそっと言った。
「これじゃ仕事が遅れますよ」
管理係が返す。
「遅れても、無くなるよりマシです」
(正しい)
当直医が通りかかり、淡々と頷いた。
「規定は守れ」
医療区域は、こういう時だけ一致する。
一致すると、当主側は動きづらい。
だから――別の場所を使う。
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夜。
俺は寝台に入った。
補助錠を掛ける。
主錠も確認する。
静か。
――静かすぎる。
静かすぎる夜は、だいたい変なことが起きる。
しばらくして、足音。
当直医の重い足音が通り過ぎる。
次に、管理係の軽い足音。
止まる。確認。戻る。
(正常)
……のはずなのに。
その後、また足音が来た。
軽い。
でも管理係じゃない。
歩幅が違う。
(誰だ)
足音が個室②の前で止まる。
空き部屋。
今は誰も使っていないはずの部屋。
カチ、と鍵の音。
(開けた?)
空き部屋の主錠は一つ。
管理係が携行しているはずだ。
でも、鍵の音がした。
(合鍵か)
扉が開く音は小さい。
そして――布の擦れる音。
(また外套)
空き部屋に入った影が、廊下を一度見回す気配。
俺は息を殺す。
補助錠がある。
外からは入れない。
でも、空き部屋を使われたら意味がない。
俺は寝台の中で、頭だけ回す。
(空き部屋で何する)
すぐに答えが出る。
(中継だ)
備品室が使えない。
研修室区画の鍵も厳しい。
なら――空き部屋を中継にする。
荷物を置く。
紙を写す。
鍵をすり替える。
“借りる”癖のある奴なら、やる。
空き部屋の中で、小さな声。
「……ここなら見えない」
「うるさい。早くしろ」
二人。
(やっぱり二人)
一人は昨日と同じ、背が高い影。
もう一人は細い影。
声も同じ。
昨日の男だ。
(繋がってる)
紙の擦れる音。
金属の小さな音。
――封蝋を削るような音。
(封蝋、またかよ)
この家、ほんと封蝋に恨みがある。
空き部屋の扉が少し開いて、廊下に顔を出す気配。
俺は動かない。
動けば床が鳴る。
顔を出した影が戻り、また紙の音。
しばらくして、足音が二つ。
空き部屋から出る。
廊下を静かに進む。
方向は――手洗い場。
(手洗い場?)
手洗い場は鍵がない。
夜でも人が行く。
混ざれば消える。
二つの足音が手洗い場で止まる。
水の音。
(洗ってる?)
封蝋の粉。
指についた薬。
匂い。
洗えば消える。
賢い。
でも、完全には消えない。
匂いは残る。
布にも残る。
そして動線は残る。
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朝。
俺はレナートに報告した。
「夜、空き部屋が使われた」
レナートは淡々と聞く。
「空き部屋の鍵は」
「管理係が持ってるはず」
「だが音がした」
レナートは一拍置く。
「合鍵の可能性」
俺は続ける。
「二人組だった」
「紙と金属の音」
「封蝋を削るみたいな音」
レナートの目が少しだけ細くなる。
「空き部屋の内部を確認する」
そして淡々と言った。
「管理係の鍵束も調べる」
(とうとう来た)
空き部屋は空いているから、誰も守らない。
守らない場所があると、派閥はそこを使う。
――なら、その空きを潰す。
伯爵家は、そうやって戦う家だ。




