表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年ロウの観察事件簿  作者: ちわいぬ
第三章 伯爵夫人の帰還

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/32

第30話 借りるという癖

当主側は、表で動かない。


表で動くのは規定。

紙。

責任。


当主側が動く時は、だいたい「借りる」。


人を借りる。

鍵を借りる。

名目を借りる。


借りる癖がある奴は、返さない。



朝。


診療所に、ラセルが来た。


当主側補佐官。

肩書が硬い割に、歩き方が軽い男だ。


白衣じゃない。

でも医療区域に慣れてる足取り。


(来るな)


ラセルはレナートを見ると、礼儀よく頭を下げた。

「レナート子爵。お忙しいところ失礼します」


レナートは淡々と言う。

「用件は」


ラセルが笑う。

「備品室の件です」


(早い)


レナートは顔色を変えない。

「何を知っている」


ラセルは答えをぼかす。

「当主が、心配されております」

「医療区域の鍵の管理が厳しくなったと」


(耳が早い)


厳しくしたのは昨日だ。

もう当主側に届いている。


レナートは淡々と言う。

「当然だ。夜に開いた形跡がある」


ラセルが肩をすくめる。

「形跡、ですか」


「証拠は」

言い方が軽い。

軽い奴ほど、厄介だ。


レナートは淡々と返す。

「証拠は記録と痕跡だ」

「必要なら伯爵へ出す」


ラセルの笑顔が少しだけ薄くなる。

「伯爵へ……」


(伯爵が嫌なんだな)


ラセルはすぐに笑顔を戻す。

「いえ、子爵が正しいのは分かります」

「ただ、当主としては“研究”の継続もありまして」


研究。


便利な言葉。

研究と言えば、何でも通る。


レナートは淡々と言った。

「研究を理由に、規定を緩める気はない」


ラセルが視線を俺に滑らせる。

「診療助手の部屋も、鍵付きだそうですね」


(来た)


俺の部屋の話を、当主側が持ち出す。

つまり、噂の中心は俺。


ラセルは笑う。

「大げさでは?」

「出自確認中の子どもでしょう」


(子ども扱い)


言い方が、上からだ。


俺は黙る。

黙ってればいい。

喋ると噂が増える。


レナートが淡々と言う。

「大げさではない」

「事故が起きる」


ラセルが眉を上げる。

「事故?」

「例えば、何が」


レナートは淡々と言った。

「鍵を試す者がいる」


ラセルの顔が一瞬だけ止まる。

ほんの一瞬。

でも止まった。


(知ってる)


ラセルはすぐに笑う。

「そんな者がいるなら、捕まえないと」


レナートは答えない。

答えない代わりに、紙を取り出した。

「昨夜の出入り記録」


ラセルが覗き込む。

「……当直研究員が一時に開けていますね」


「そうだ」


「なら、それで終わりでは?」

終わりにしたい。

終わりにすれば、掘られない。


レナートは淡々と言う。

「終わらない」

「一時の記録と、別の時間に開いた形跡がある」


ラセルが微笑む。

「形跡、ですか」


(またそれ)


レナートは淡々と続ける。

「錠前に新しい傷」

「紙の擦れる音」

「影が二つ」

「診療助手の観察だ」


ラセルが俺を見る。

「観察?」


俺は短く言う。

「見たことを言っただけ」


ラセルが笑う。

「優秀ですね、診療助手」


(褒めるな)


褒め言葉も噂の餌だ。


レナートが淡々と言う。

「用件はそれだけか」


ラセルは一歩引く。

「ええ。あとは――」

「当主から伝言です」


ラセルは丁寧に言った。

「“客間を空けたのは評価する”」


(評価?)


評価は、見返りの匂いがする。

ラセルは続ける。

「だから、研究のために備品室を“借りたい”」


(借りる)


来た。


レナートは即答しない。

即答せず、淡々と言った。


「不可」


ラセルが目を丸くする。

「ですが、当主の――」


レナートの声が少し低くなる。

「当主でも、規定は越えない」

「備品室は医療区域だ」


ラセルの笑顔が消えかける。

でも消えきらない。

「……では、伯爵に伺いますか?」


脅し。


でも丁寧な脅し。


レナートは淡々と言った。


「伺えばいい」


(強い)


ラセルが一瞬だけ黙る。


レナートが続ける。

「ただし、伯爵は“記録”を見る」

「借りるなら、借りた記録が残る」


ラセルの笑顔が戻った。

「もちろんです」


(嘘くせぇ)


ラセルは礼をして去っていく。



ラセルが去った後、俺は小さく言った。

「借りるって言い方、嫌いだな」


レナートが淡々と言う。

「借りるは、責任を曖昧にする」


「だろ」


「だから、記録で縛る」


記録。

伯爵家の鎖。


俺は息を吐く。

「でもさ」

「借りる奴は、鍵も借りるんだよな」


レナートは一拍置いた。

「……その可能性が高い」


そして淡々と言った。

「今夜、巡回を増やす」


(増やすとまた噂が増えるぞ)


でも噂より先に形を作るんだった。

形を作れば、借りる奴は動きにくくなる。


動きにくくなった時――

必ず、別の穴を探す。


その穴が、次の事件になる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ