第3話 見せる歩き方
## 第3話 見せる歩き方
また連れ歩きだ。
昨日も。
今日も。
俺は相変わらず“預かり”で、
立場はまだ決まっていない。
客でもない。
職員でもない。
名も役も、まだない。
それなのに、レナートは俺を手元から離さない。
理由は、分かる。
一つ。
俺が目立つからだ。
赤毛は屋敷の中じゃ浮く。
浮くものは視線を集める。
視線が集まれば、動く奴が出る。
――餌になる。
二つ。
俺は喋ると厄介だ。
勝手に見えて、
勝手に繋がって、
勝手に口が動く。
だから一人で歩かせない。
口を管理するために、連れて歩く。
三つ。
伯爵家は、騒ぎを嫌う。
当主は特にそうだ。
派手な捜索や詰問は嫌われる。
だから代わりに、静かに圧をかける。
レナートが俺を連れて歩くのは、
その“圧”を作るためだ。
子爵が動いている。
その後ろに、拾いものがいる。
それだけで屋敷は勝手にざわつく。
ざわつけば、嘘が浮く。
俺は便利で、危ない。
その両方を、レナートは分かってる。
だから俺は、半歩後ろにいる。
――使うためじゃない。
動かすためだ。
昼前、研究棟の廊下に“動き”が増えた。
立ち止まる。
視線が泳ぐ。
扉の前で靴先が揃う。
(軽くなってる)
レナートは遠回りの廊下を選んだ。
見られている圧を作る歩き方。
若い研究員が足を止める。
「子爵様」
呼び方は硬い。
屋敷の中では、それが正しい。
レナートが問う。
「昨夜は何時までいた」
研究員は即答できない。
「……日付が変わる前には」
「誰と」
喉が一度、鳴った。
「……一人です」
(嘘)
言い切った直後に視線が泳ぐ。
右。次に左。
逃げ道を探す動き。
俺は半歩後ろで黙っている。
喋りたくなったら先に見る。
それが約束だ。
レナートは俺を見ない。
研究員から目を離さない。
「研究保管室の近くか」
研究員の肩が僅かに跳ねた。
「……はい」
「何をしていた」
「……記録の整理を」
(言葉が軽い)
昨日までと違う。
今日は“用意してきた答え”だ。
レナートは淡い声で続ける。
「誰の指示だ」
研究員は一瞬、言葉を探す。
「……自分の判断です」
(また嘘)
自分の判断なら即答が出る。
迷った時点で、誰かがいる。
レナートが言った。
「記録の整理なら、書記に報告する」
「報告したか」
研究員は今度は即答した。
「……はい」
(今のは早すぎる)
噛み合ってない。
言葉だけが先に出ている。
俺はレナートを見る。
目だけでいい。
「言え」か「黙れ」か。
レナートの視線がほんの一瞬だけ俺に来た。
表情は薄い。
でも、目が「言え」だった。
俺は短く言う。
「答えが軽い」
研究員が固まる。
「……な、何を」
レナートが淡く言う。
「続けろ」
俺は研究員の指先を見る。
爪の端に、紙の粉。
机仕事の粉じゃない。
荒い繊維。
(研究ノート)
「紙、触ってる」
研究員が反射で手を握り込む。
(当たり)
レナートはそこを追わない。
追えば逃げる。
淡い声のまま、別の角度から刺す。
「昨夜、鍵は誰が持っていた」
研究員は答えられない。
持っていないなら即答できる。
(持ってたか、持ってる奴を知ってる)
レナートが言う。
「……いい」
「今日はここまでだ」
研究員が、ほっとした顔をしかけた。
その瞬間、レナートが歩き出す。
研究員の横を通り過ぎる。
通り過ぎざま、耳元に落とす。
「嘘は記録に残る」
研究員の顔色が抜けた。
俺は半歩後ろのまま、通り過ぎた。
(圧、ってこういうやつか)
怒鳴らない。
詰めない。
逃げ道を残したまま、首元だけ締める。
廊下の先でレナートが止まる。
「ロウ」
「はい」
「今の“軽い”は何だ」
俺は息を吐く。
「用意してきた答え」
「中身がない」
「噛み合ってないのに、言葉だけ先に出る」
レナートは一拍置いた。
「……癖か」
「癖だな」
「嘘の癖」
レナートは淡く言った。
「覚えておく」
そして歩き出す。
俺も半歩後ろ。
角を曲がる手前で、視線が刺さった。
洗濯室の女だ。
今日は籠を持っていない。
立つ理由のない場所だ。
俺の赤毛を見る。
次に、レナートを見る。
すぐ目を逸らす。
(張ってる)
俺は口を閉じたまま、レナートを見る。
レナートの視線がほんの僅かにその女へ流れる。
表情は動かない。
歩幅も変わらない。
(今は拾わない)
拾わないのも、捜査だ。
レナートが言った。
「遠回りだ」
「……なんで」
俺が聞くと、レナートは淡く言う。
「見せるためだ」
「見せる?」
「子爵が動いている、と」
「そして、お前が後ろにいる、と」
俺は鼻で笑った。
「餌かよ」
レナートは否定しない。
「餌にもなる」
「だが管理できる餌だ」
俺は少しだけ眉を寄せた。
「管理、ね」
レナートが言う。
「喋りたくなったら先に私を見る」
「止めないためだ」
昨日と同じ言葉。
でも今日は、意味が違う。
止めない。
ただ、出す場所と出す量を決める。
俺は半歩後ろを保ったまま、研究棟の奥へ進んだ。
扉の前で、また靴先が揃う。
誰かが立ち止まる。
視線が泳ぐ。
(軽くなってる)
レナートの作った圧で、
伯爵家の中の嘘が、少しずつ浮いてきていた。




