表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年ロウの観察事件簿  作者: ちわいぬ
第三章 伯爵夫人の帰還

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/32

第26話 研修室の鍵

研修室の個室は、客間より狭い。


でも狭い方が、落ち着く。


広い部屋は、余計なものが入りやすい。

狭い部屋は、余計なものが入りにくい。


……入れにくい、だけで入らないわけじゃないけど。



移動は昼のうちに済ませた。


荷物は少ない。

持ち物が少ないのは、身軽でいい。


ただ――赤毛だけは、身軽にならない。


廊下ですれ違う研究員が、目を逸らしきれずに見る。


(見んな)


言わない。


言えば増える。


研修室の区画に着くと、管理係が待っていた。


年配で、目が細い。

鍵を持つ手が慣れている。


「子爵様。こちらが研修室の個室です」


レナートが淡々と頷く。


「開けろ」


鍵が回る音。


(この音、嫌いじゃない)




扉が開く。


中は簡素。

寝台、机、椅子、棚。


窓は小さい。

でも換気はできる。


管理係が言った。


「鍵は二本」


「一本は当方。一本は子爵様」


レナートが淡々と言う。


「規定通り」


管理係が俺を見る。


「……診療助手。鍵は触れないように」


俺は短く答える。


「触らない」


管理係は少し安心した顔で頷いた。


(触りたくても触れねぇよ)



レナートが部屋を一通り見て、淡々と言った。


「扉の建て付けは良い」

「窓の留め具も良い」


(点検かよ)



ここまで細かいのは、伯爵家の医療の癖だ。

事故を減らすためなら、何でも見る。


レナートは管理係へ言った。


「出入りの記録を付けろ」


「はい」


「私の許可なしに開けるな」


「承知しました」


管理係は頭を下げて去った。


残ったのは俺とレナート。


人がいない。

俺は椅子に腰を下ろす。


「……客間よりマシ」


レナートは淡々と言う。


「客間は余計に目立つ」


「目立つのは、俺のせいじゃねぇ」


「分かっている」


淡々と同意する。

同意するときだけ、少し楽だ。


レナートは机の上に紙を置いた。


「規定だ」



紙には、短い箇条書き。

•出入りは許可制

•物品の持ち込みは記録

•体調変化は申告

•呼称は統一

•外部者との接触は報告


(牢じゃねぇけど、牢っぽい)



俺は言った。


「これ、牢じゃないよな」


レナートが淡々と言う。


「牢ではない」

「牢は罰だ」

「これは管理だ」


管理。


伯爵家の得意技。


俺は肩をすくめた。


「はいはい」



夜。


俺は新しい部屋で寝ようとして――寝る前に気づく。

静かすぎる。


客間は広い分、音が散る。

ここは音が反響する。


小さな音が、逆に大きい。


廊下の足音。

遠い扉の開閉。

誰かの咳。


(寝にくい)


そう思った時だった。


カチ、と小さな音。


――鍵の音。


俺は目を開ける。


(誰だ)


扉が開く気配はない。

でも確かに、金具の音がした。


俺は起き上がる。

息を殺す。


(管理係?)


夜に来る理由はない。


もう一度、カチ。

今度は、ゆっくり。


(試してる)


扉は開かない。

二重管理だからだ。


でも、試してる奴がいる。

俺は心の中で小さく舌打ちした。


(もう始まったかよ)


俺は足音を立てずに、扉の方へ寄る。


覗き穴はない。

でも、床の隙間から影が見える。


影が、二つ。


(複数)


一人じゃない。

影の動きが止まる。


小さな声。


「……硬いな」


男の声。

抑えている。


別の声が返す。


「子爵が持ってる方じゃない」


(鍵のこと知ってる)


これはただの夜回りじゃない。


俺は戻って寝るべきだ。


でも戻ると、次に扉が破られるかもしれない。

俺は息を吐いて、決めた。


(見たことを、残す)


俺は机の紙を引き寄せる。

暗い中で、指で文字を書いた。


“夜。鍵を試す音。影ふたつ。男声。”


書き終えた瞬間、外の影が動いた。


「……やめとけ」


「記録がある」


記録。



伯爵家は、記録に弱い。


影が離れていく。

足音が消える。


俺は息を吐いた。


(鍵付き個室でも、完全じゃねぇ)


でも、今のは一つだけ確かだ。

この部屋は、ただの“配慮”じゃない。


誰かにとって、邪魔なんだ。

だから、鍵を試した。


噂より先に、形を作った。

形ができた途端に、崩しに来る。


――伯爵家の問題は、まだ生きている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ