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少年ロウの観察事件簿  作者: ちわいぬ
第三章 伯爵夫人の帰還

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第25話 客ではない、と言われる

客間は静かで、広い。


静かで広い部屋は、だいたい誰かの欲しがる物だ。

俺がそこにいるだけで、理由が生まれる。


「客ではない」


「診療助手だ」


「いつまで客間を使わせる気だ」


理由は、勝手に増える。



朝。


廊下の角で、声が落ちた。


「……あの赤毛、まだ客間よ」


「診療助手って呼ばせてるのに?」


「客じゃないでしょ」


(来た)


俺は足を止めずに、視線だけを動かす。


言ってるのは下働き二人。

声は小さい。

でも、言葉はよく刺さる。


赤毛は、耳にも刺さるらしい。

俺は心の中で言った。


(俺に言うな。決めたのは俺じゃねぇ)



診療所。


帳簿係が紙束を抱えてやってくる。

顔が真面目。

こういう顔は、だいたい面倒を運んでくる。


「レナート子爵。配置の件で相談があります」


レナートは淡々と手を止める。


「言え」


帳簿係が言う。


「診療助手の居室です。客間使用に不満が出ています」


(ほら来た)


レナートは顔色を変えない。


「不満の出所は」


帳簿係が少し言い淀む。


「……使用人側と、当主側の書記の周辺です」


(当主側も混ぜてきた)


レナートは淡々と言った。


「合理の顔をして、派閥の都合を出している」


帳簿係が咳払いした。


「……はい」


レナートは紙を揃える。


「提案は」


帳簿係が言った。


「職員宿舎への移動です」


(大部屋か)


俺は内心で舌打ちする。


大部屋は危ない。

視線が増える。

手が増える。


そして、噂が増える。



レナートは淡々と言った。


「不可」


即答。


帳簿係が慌てる。


「ですが、客間は――」


「客間である必要はない」


レナートが言う。


「ただし、職員宿舎は不可」


帳簿係が目を瞬く。


「では……どこへ」


レナートは短く言った。


「医療区域の研修室」


研修室。


つまり、職員区域内。

でも、普通の宿舎とは違う。


帳簿係がすぐに言う。


「研修室は……空きが」


「一室ある」


レナートは淡々と言った。


「鍵付きの個室」


(鍵)


俺は少しだけ息が楽になる。


帳簿係が眉を寄せる。


「鍵付き……個室?」


レナートは続ける。


「出自確認中の者を職員区域に入れるなら、監督責任を明確にする」


「監督は私が持つ」


帳簿係が戸惑う。


「子爵様が……鍵を?」


レナートは淡々と言った。


「鍵は二重管理」


「管理係と私」


「勝手な出入りは禁止」


「物品の持ち込み制限」


理屈と規定で固める。

こういう時のレナートは速い。


帳簿係は渋い顔をしながらも頷く。


「……分かりました。ではその案で、当主側にも」


レナートが遮る。


「伯爵に通す」


帳簿係が背筋を伸ばす。


「承知しました」



昼。


伯爵の書斎の前。

俺は来ると思ってなかったが、呼ばれたので来た。


(また胃が痛くなるやつ)


扉が開く。

伯爵は机に向かっていた。


紙を見ている。

こちらを見ない。


伯爵が言う。


「診療助手の居室の件だな」


レナートが一礼する。


「閣下」


伯爵は紙を置く。


「客間は、確かに過ぎる」


(そうなるよな)



伯爵の視線が俺に落ちる。


「診療助手」

「お前は、客間に不満はあるか」


俺は短く答える。


「静かで助かる」


伯爵は僅かに目を細めた。


「素直だな」


俺は肩をすくめる。


「不満言っても変わんねぇだろ」


伯爵が小さく息を吐く。


「変える」


(変えるのかよ)



伯爵はレナートを見る。


「提案を言え」


レナートは淡々と述べる。


「医療区域の研修室の個室へ移動」

「鍵付き」

「鍵は二重管理」

「監督責任は私が負う」


伯爵が紙を指で叩いた。


「職員宿舎ではないのか」


「不可です」


「理由は」


「事故が起きる」

「噂が増える」

「物が消える」


短い。

でも、全部正しい。


伯爵は少しだけ考えてから言った。


「よい」


(通った)


伯爵が続ける。


「名は持つな」

「呼称は統一」

「研修室は、あくまで“預かり”だ」

「職員扱いでも客扱いでもない」



中間。



この家が一番得意な場所だ。


伯爵は俺を見る。


「診療助手。研修室へ移る」


俺は短く答える。


「はい」


伯爵が頷く。


「よい」



書斎を出る。

廊下に出た瞬間、俺は息を吐いた。


「客じゃないって言われたな」


レナートは淡々と言う。


「客ではない」


「じゃあ何だよ」


「預かりだ」


預かり。

都合のいい言葉。


俺は肩をすくめる。


「鍵付き個室、助かる」


レナートが言った。


「鍵は触るな」


「分かってる」


「規定だ」


「はいはい」


少しだけ軽い会話。

少しだけ。


でも、その夜。


客間を出る準備をしていると、廊下の向こうで声が落ちた。


「やっと移るんだって」


「赤毛、邪魔だったのよ」


(言うな)


俺は荷物を抱え直す。

赤毛は隠れない。


けど――隠れないまま、潰されない場所へ移る。


それが、今の最適解らしい。

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