第21話 赤は隠れない
伯爵夫人の土産話は、勢いがある。
話題が跳ねる。
笑いが跳ねる。
距離も跳ねる。
――そして、屋敷の空気が一番跳ねるのは、俺の髪の話だ。
⸻
応接間。
甘い菓子が、もう一つ皿に追加されていた。
伯爵夫人は満足げだ。
「ねえ、旅先でね、“赤い髪の人たち”の話を聞いたの」
俺の背中が一瞬だけ固くなる。
伯爵夫人は悪意なく続ける。
「珍しいのよねえ。赤髪って」
「ロウ、あなたの髪も――」
(まずい)
俺は反射で息を飲む。
拾われた頃は、黒く染めていた。
古い染料だ。何日ももたなかったらしい。
気づけば、全部落ちている。
今は隠しようもない赤だ。
話題にされるだけで、面倒が増える。
伯爵夫人の視線が俺の髪に吸い寄せられる。
「綺麗ねえ……!」
(綺麗とか言うな)
褒め言葉は目立つ。
伯爵夫人が嬉しそうに手を伸ばしかけた瞬間、レナートが淡々と言った。
「奥方様。髪に触れれば、また話が広がります」
伯爵夫人がきょとんとする。
「触るだけよ?」
「触った、という噂になります」
伯爵夫人は一拍置いて、ふふっと笑った。
「あなた、噂が嫌いなのね」
「噂は管理が増えます」
相変わらず硬い。
硬いから、止まる。
伯爵夫人は手を引っ込めた。
「分かったわ。触らない」
引ける人は強い。
でも、伯爵夫人は引いただけで終わらない。
「じゃあ、見るだけ!」
(見るだけも嫌だ)
伯爵夫人はにこにこしたまま、侍女へ言う。
「明日、ロウに合わせた服を用意してあげて」
(服)
捕獲の次は着せ替えだ。
俺が「やめろ」と言いかけた瞬間、レナートが淡々と言った。
「奥方様。服は規定に触れます」
伯爵夫人が眉を上げる。
「規定?」
「出自確認中の者に、家の衣服を与えるのは早い」
伯爵夫人は口を尖らせる。
「まあ……そこは堅いのね」
レナートは頷かない。
「はい」
一言で切る。
伯爵夫人は諦めた……ように見せて、俺へ向き直る。
「ロウ。じゃあ、髪飾りは?」
(髪飾りも衣類だろ)
俺が答える前に、レナートが淡々と続ける。
「髪飾りも同じです」
伯爵夫人が笑う。
「あなた、全部止めるのね!」
レナートは淡々と言う。
「はい」
伯爵夫人は楽しそうに笑った。
「面白いわねえ。じゃあ私は、“言葉”だけにする」
(言葉だけでも十分うるさい)
伯爵夫人が俺に笑いかける。
「ロウ。赤い髪って、幸運の色なのよ」
幸運。
そういう話は、噂の餌だ。
俺は短く返す。
「……不運の色だろ」
伯爵夫人が目を丸くした。
「まあ!」
次の瞬間、伯爵夫人は声を上げて笑った。
「言うわねえ!」
レナートが淡々と言う。
「奥方様、笑い過ぎです」
「だって面白いんだもの」
伯爵夫人の笑い声が応接間を明るくする。
明るいのは助かる。
でも、明るいほど人は集まる。
――そして、人が集まれば視線も集まる。
⸻
翌日。
診療所の廊下。
俺が歩くだけで、視線が落ちる。
研究員の目。
使用人の目。
帳簿係の目。
赤毛は、隠れない。
「診療助手」
帳簿係が俺を呼び止めた。
「奥方様が、また――」
俺は即答する。
「無理」
帳簿係が困った顔になる。
「……いえ、違います。奥方様が“赤髪の民族”の話を当主側に」
(最悪)
俺は小さく息を吐く。
(口が軽いんじゃない。善意が軽いんだ)
善意は、止めづらい。
レナートが淡々と言う。
「奥方様が話したなら、止めるのは難しい」
(止められないのかよ)
でも次の言葉が続く。
「だから、先に形にする」
形。
また、規定の話だ。
レナートは帳簿係へ言った。
「出自確認の進捗を出せ」
「今夜までにまとめる」
帳簿係が頷く。
「承知しました、子爵様」
俺はレナートを見る。
「形って何だよ」
レナートは淡々と答える。
「“噂”が先に走ると、屋敷が勝手に決める」
「決めさせないために、こちらが先に決める」
決める。
固定する。
規定にする。
それは、感情じゃない。
仕事としての処理だ。
俺は小さく舌打ちを飲み込む。
「……面倒だな」
「面倒だ」
レナートは同意した。
それだけで、少しだけ気が楽になる。
赤毛は隠れない。
なら――隠すより先に、扱い方を決める。
伯爵家はそういう家だ。
そして俺も、この家のやり方に、少しずつ慣れていく。




