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少年ロウの観察事件簿  作者: ちわいぬ
第三章 伯爵夫人の帰還

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第21話 赤は隠れない

伯爵夫人の土産話は、勢いがある。


話題が跳ねる。

笑いが跳ねる。

距離も跳ねる。


――そして、屋敷の空気が一番跳ねるのは、俺の髪の話だ。



応接間。


甘い菓子が、もう一つ皿に追加されていた。

伯爵夫人は満足げだ。


「ねえ、旅先でね、“赤い髪の人たち”の話を聞いたの」


俺の背中が一瞬だけ固くなる。


伯爵夫人は悪意なく続ける。


「珍しいのよねえ。赤髪って」


「ロウ、あなたの髪も――」


(まずい)


俺は反射で息を飲む。


拾われた頃は、黒く染めていた。

古い染料だ。何日ももたなかったらしい。


気づけば、全部落ちている。

今は隠しようもない赤だ。

話題にされるだけで、面倒が増える。


伯爵夫人の視線が俺の髪に吸い寄せられる。


「綺麗ねえ……!」


(綺麗とか言うな)


褒め言葉は目立つ。


伯爵夫人が嬉しそうに手を伸ばしかけた瞬間、レナートが淡々と言った。


「奥方様。髪に触れれば、また話が広がります」


伯爵夫人がきょとんとする。


「触るだけよ?」


「触った、という噂になります」


伯爵夫人は一拍置いて、ふふっと笑った。


「あなた、噂が嫌いなのね」


「噂は管理が増えます」


相変わらず硬い。

硬いから、止まる。


伯爵夫人は手を引っ込めた。


「分かったわ。触らない」


引ける人は強い。

でも、伯爵夫人は引いただけで終わらない。


「じゃあ、見るだけ!」


(見るだけも嫌だ)


伯爵夫人はにこにこしたまま、侍女へ言う。


「明日、ロウに合わせた服を用意してあげて」


(服)


捕獲の次は着せ替えだ。


俺が「やめろ」と言いかけた瞬間、レナートが淡々と言った。


「奥方様。服は規定に触れます」


伯爵夫人が眉を上げる。


「規定?」


「出自確認中の者に、家の衣服を与えるのは早い」


伯爵夫人は口を尖らせる。


「まあ……そこは堅いのね」


レナートは頷かない。


「はい」


一言で切る。


伯爵夫人は諦めた……ように見せて、俺へ向き直る。


「ロウ。じゃあ、髪飾りは?」


(髪飾りも衣類だろ)


俺が答える前に、レナートが淡々と続ける。


「髪飾りも同じです」


伯爵夫人が笑う。


「あなた、全部止めるのね!」


レナートは淡々と言う。


「はい」


伯爵夫人は楽しそうに笑った。


「面白いわねえ。じゃあ私は、“言葉”だけにする」


(言葉だけでも十分うるさい)


伯爵夫人が俺に笑いかける。


「ロウ。赤い髪って、幸運の色なのよ」


幸運。

そういう話は、噂の餌だ。


俺は短く返す。


「……不運の色だろ」


伯爵夫人が目を丸くした。


「まあ!」


次の瞬間、伯爵夫人は声を上げて笑った。


「言うわねえ!」


レナートが淡々と言う。


「奥方様、笑い過ぎです」


「だって面白いんだもの」


伯爵夫人の笑い声が応接間を明るくする。


明るいのは助かる。

でも、明るいほど人は集まる。


――そして、人が集まれば視線も集まる。



翌日。


診療所の廊下。

俺が歩くだけで、視線が落ちる。


研究員の目。

使用人の目。

帳簿係の目。


赤毛は、隠れない。


「診療助手」


帳簿係が俺を呼び止めた。


「奥方様が、また――」


俺は即答する。


「無理」


帳簿係が困った顔になる。


「……いえ、違います。奥方様が“赤髪の民族”の話を当主側に」


(最悪)


俺は小さく息を吐く。


(口が軽いんじゃない。善意が軽いんだ)


善意は、止めづらい。


レナートが淡々と言う。


「奥方様が話したなら、止めるのは難しい」


(止められないのかよ)


でも次の言葉が続く。


「だから、先に形にする」


形。


また、規定の話だ。

レナートは帳簿係へ言った。


「出自確認の進捗を出せ」


「今夜までにまとめる」


帳簿係が頷く。


「承知しました、子爵様」


俺はレナートを見る。


「形って何だよ」


レナートは淡々と答える。


「“噂”が先に走ると、屋敷が勝手に決める」


「決めさせないために、こちらが先に決める」


決める。

固定する。

規定にする。


それは、感情じゃない。

仕事としての処理だ。


俺は小さく舌打ちを飲み込む。


「……面倒だな」


「面倒だ」


レナートは同意した。

それだけで、少しだけ気が楽になる。


赤毛は隠れない。

なら――隠すより先に、扱い方を決める。


伯爵家はそういう家だ。

そして俺も、この家のやり方に、少しずつ慣れていく。

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