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本当に一瞬だった。
バッチリ視線が合ってしまったのだ。
(まずい……)
急に感覚が戻ってきて、もはや足元すら、棒立ちになっていた事に気づく。
違う、あくまでも、彼から目が離せなかったのではなく、彼が座っている席に座れなかったことを嘆いただけなのだ。
と、心のなかで言い訳して、ゆっくりと踵を返し、元来た道を戻りながら、席を探すように、その場を離れた。
(意識しない、意識しない……)
足を進めながら、自分に言い聞かせる。
だいぶ離れた気がするのに、心臓はどくどくと、うるさく耳まで響いている。
たかが入学したての1年生が、先輩の顔など知るはずもないのだ。変な印象を残していないことを、お祈りするしかない。
――ウィリア。
国立魔法学校2年生。魔術にしか興味がなく、魔法以外の授業をサボりがち。ストーリーのなかでは、割と謎めいた存在で、恋愛感情もなくヒロインにつきまとうところから始まった気が……する。古代魔術に興味を持った経緯は、あったような気がするけど、忘れてしまっている。
そして、ウィリア、ウィリアと、呼んでたので、なんと、ファミリーネームは忘れてしまった!
適当な壁際の席を見つけて、トレーを置く。
ここからは、もうあの奥の奥の席はよく見えない。
壁に隠れるように、座って、コップにたっぷり入っていた水を一気にのどに流し込んだ。
思いっきり、ドンと、コップを置きたいのを我慢して、ゆっくりと、それはそれは優雅に、トレーへと戻す。
ゴクンと水を飲み込むと、はぁと息を大きく吐き出す。
(なんで会ってしまったんだ……食堂?なんで?)
考えてみるが、彼の日常はびっくりするほど知らない。ヒロインと彼との出会いが、彼の日常を変えてしまうからだ。
(そもそも、彼のルートはどんな話だったか)
最初の導入や、ヒロインとの関係は思い出せるのに、中盤以降の展開がどうにも思い出せない。
帰ったら、自分のノートを見返してみよう……。
ヒロインが、必ずしも彼のルートを選ぶかは、謎だけど、知っておくことは、悪いことではない。
お昼を少しずつ食べ進めながら、そんな事を考える。
流石に、心臓の音ももう聞こえていない。
思い出せることを一つ一つ並べていきながら、スープを口のなかに放り込み、並べたものを今持っている知識とつなげながら、ハンバーグを口のなかに放り込んだ。
***
「ふぅ……」
何事も起きず、思考だけを回し続けて、食べ終えたトレーの上を見みて、一息つく。
(何も、ない)
やっと肩から荷物が下りたような気がした。
考えてみれば、あの一瞬の時間で何かが起こってしまうことなんてありえないし、それが当たり前のことなのだが、何も起こらないことが心底ほっとする。
(明日は……購買にしようかな)
食堂に来るのは気まずいな、などと考えながら、おいしそうだったサンドウィッチを頭に浮かべてから、席を立つ。空になった器ばかりが並ぶトレーを手に持って、さあ行こう、と席を離れようとする。
「あの」
突然話しかけてきたのは、入学式以来顔も見てなかった入学生代表。手には私と同じランチメニューA。
「その席空きますか?」
クラウディオだ――。
金髪の髪が軽やかに揺らめいて、緑色の瞳がこちらに向けられている。穏やかな印象のこの人が成績最優秀者だなんて、私がガリ勉なら、腹を立ててたかもしれない。
(ちがう、そうじゃない!)
「あきます!どうぞ!」
私にしてはかなり力のこもった返事をして、軽く礼をしてから、その場を足早に離れる。
遠くで、ありがとう、と感謝の言葉聞こえた気がするけど、そんなことは気にしていられなかった。
返却口に、トレーを返して、食堂から急いで離れる。
驚かせたかもしれない。逆に悪い印象を持たれたかもしれない。でも、そんなことはどうでもいい。
邂逅するつもりはなかったのだ。そもそもあんな広い食堂で、出会うことすら、難しい話であったはずなのに。
(なんで、2人も)
全く予定とは違う彼らとの邂逅に、自分の行動を呪いながら、自分のクラスへと急いだのだった。




