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本日の行事が一通り終わり、新しいローブの重みを感じながら、帰路についた。まだ、歩き慣れない通学の道を、ゆったりと進む。
隣を何台もの馬車が走り去っていくのは、貴族様方のものだろう。私も両親が用意するとうるさかったものだ。
17にもなって、子どもの送り迎えをしてもらうのも、私の感覚的には、恥ずかしいと思うのだが……これが当たり前だから仕方ない。
(ま、いないよね)
俗に平民と呼ばれる子たちは、大抵寮で過ごすこともあって、行き帰りが、徒歩という学生はほとんどいない。少なくとも、学校からここまで、一人も見ていない。
人通りもそこそこある町中の学校であることが、ぽつんとした寂しさを感じさせないだけだ。
知らない店の前を何軒も通りながら、好奇心が揺さぶられる。この辺は、普段来ない事もあって、ショーウィンドウを見るだけでも、気になるものばかりだ。
(いやいや、私の使命を忘れるな)
寄り道をするよりも、早く家に帰って記憶を書き出さなきゃ、と、自分のやるべきことを脳内ToDoリストの最上位に書き記して、早足で家へ……自室へと急いだ。
***
自室に、自分だけの時間。
明日の準備を終わらせ、鍵をかけて、机についた。
この世界では慣れてしまった羽根ペンをインクにつけて、紙に書き記していく。
書くのは、日本語。この世界の言葉で書いてしまえば、何が起こるかわからない。(こういうとき、言葉は忘れてなくてよかったと思う。)
とは言っても、記憶がなくなっている事実はある。日本の社会人だった私の人生が、失われていくのは、なかなかの恐怖かもしれない。
いや、忘れたことさえ忘れてしまえば、それは恐怖でもないのかもしれない。
ゲームに関わることだけでなく、自分の人生を辿るように情報を書き連ねる。
(こうやって見ると、面白い人生とは言えないのかも)
そもそも、面白い人生とは何か、というのもあるけど。新卒で入社して数年。毎日毎日全力で走ってきたような気がする。でも手元には何ものこってないどころか、この世界で活きることもないスキルの数々。
(私がこの世界でも働くようになれば、使えるかもしれないけど)
――記憶がなくなるのならば、それも意味はない。
そこまで考えて、考えるのをやめて再び手を動かしはじめた。
***
数時間が経って、引っこ抜けるだけの記憶を、何枚もの紙に書き連ね、その達成感に紙を両手に持ち、腕を上げてみる。高く持ち上げられた紙の束は、窓から差し込む夕日に照らされている。
(報告書書ききった時の達成感みたい)
どこに報告もできないその紙の束を、眺めながらそんなことを思った。
(物語の始まりは――1か月後)
ヒロインが、古の力ともいえる太古の魔術を解き明かしてしまうその日だ。
全てが変わる。この世界に眠っていたあらゆるものが、厄災として振りかかるその日。
(……もしかして、私はこれをとめるべきなんだろうか?)
嫌な思考が頭をよぎり、ふるふると頭を横に振った。
面倒くさいことに頭を突っ込んでも、いいことにはならない。それは間違いないのだが……厄災が来ることのほうが、むしろ面倒くさいのでは……?と思い至って、目を瞑って、思考を停止した。
廊下から声がして、食事に呼ばれたことに気がつく。
紙を急いで鍵付きの引き出しに突っ込んで、その場を離れたのだった。




