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第8章. 魔王って誰?誰が得してるの?疑問が表面化/夜の酒場と消えない影

 焚き火の炎が、夜の森にぽつりと赤い花を咲かせる。


 虫の音と木々のざわめきが、静けさを支える音楽のように響いていた。





「ねぇ、みんな」





 唐突に、ミャウコが口を開いた。


 金髪のサラサラストレートヘア、鋭い眼差し。無意識に雌豹ポーズを決めているが、もちろん本人に自覚はない。





「そもそもさ。魔王って、なんで倒さなきゃいけないの?」





 焚き火の音が、一瞬止まったような気がした。





「な、何を言ってるんだよ、ミャウコ」


 ガレンが半笑いで返す。「魔王は悪だ。人間を殺し、村を焼き、世界を脅かしてる。それだけで十分だろ?」





「うん、それは分かる。でもさ」


 ミャウコは空を見上げながら言葉を続ける。「それって、本当に“魔王のせい”なの? 誰かがそう決めつけてるだけじゃない?」





 ルナが険しい顔を向ける。「まさか、魔王を擁護する気?」





「違う違う!」ミャウコは手をぶんぶん振った。「たださ、なんか変じゃない? 魔王って“倒されるため”に用意されてる感じしない? 世界を一つにするためのスケープゴートっていうか」


 焚き火の火が、風に揺れてはまた戻る。


 誰もすぐには答えなかった。


 ふと、ルナがぽつりとつぶやく。


「……あたしも、ちょっとだけ思ってたことある」


「え?」ミャウコが顔を向ける。


「子どもの頃、魔族の村に行ったことがあるの。遠征部隊の護衛でね。……すごく静かな場所だった。家も畑もあって、普通に暮らしてて、でも──その次の週には討伐軍によって“殲滅対象”になってた」


「理由は?」とテオ。


「“魔王の拠点に近い”から、ってだけ」


 ルナは目を伏せた。「あたし、あれ以来ずっと……なんか、おかしいって思ってた」


 ガレンも眉をしかめて腕を組む。


「……俺のじいちゃん、“魔王に殺された”って言われてたけどさ。遺体も、目撃証言もない。『魔族の仕業だろ』ってだけで……」


 再び、焚き火がパチリと弾けた。


 それは、火の粉じゃなくて、誰かの記憶が崩れる音のようにも聞こえた。


 沈黙が落ちた。


 その中で、テオがぽつりと口を開いた。


「……俺、元々魔王軍にいたんだ」





 一瞬、空気が凍った。





「え、えぇ……?」


 ルナが唇を引きつらせる。


「っていっても、正確には魔王軍の三次団体、“黒翼連盟”ってとこの下請けが運営するコンビニで、バイトしてただけ」


「……なんだそりゃ」


「いやマジで」テオは真剣な顔だ。「求人に『深夜歓迎』『未経験OK』『履歴書不要』ってあって。高校中退の俺でも雇ってくれた。……当時、まともな仕事なんて全然なかったからさ」


 ガレンが眉をひそめる。


「でも、そこのスタッフの半分くらいが魔族だった。バックヤードには転移陣が設置されてて、夜中になると“物資”の積み下ろしが始まる。俺もその手伝いしてたんだけど、ある日店長に言われた。“お前、明日から“赤印品”には触れるな”って」


 「赤印品って……何だったの?」


 ミャウコが首をかしげると、テオは火を見つめたまま答える。


「……正確には分からない。でも、箱の表記には“演出物資・禁帯域指定”って書いてあった」


「演出物資?」


「おかしいと思わなかった?魔王軍の襲撃って、いつも“絶妙に倒せる規模”で来るだろ。あれ、物資の量で調整されてるんだよ。出撃する兵力、武器の火力、補給線の長さ……全部、演出の一部だった」


 ルナが顔をしかめた。「まさか……戦争自体が、台本通りってこと?」


「そう。実際、物資の搬入先は“王国軍の基地”と同じ物流ルートに乗ってた。敵と味方で、流通が同じなんだよ。……おかしいだろ?」


 ミャウコの目がまん丸になる。「じゃあ、あたしがぶっ壊したあの補給線も……?」


「うん。多分だけど、“演出の裏”だったんだ。お前、舞台の装置を丸ごと蹴っ飛ばしたのさ」


 重い空気が辺りを覆う。


 ルナが低くつぶやいた。


「……つまりこの世界、最初から“舞台”だったってことか」


「“赤印品”……?」


「魔王軍の中核に送る物資って意味。俺はその時初めて、自分のバイト先が本当に“魔王軍の末端”だったって知ったんだ」


 ルナが眉を寄せた。「それで……辞めたの?」


「いや。それでも、俺にはあそこしか居場所がなかった」


 テオは火の粉を見つめながら言った。「魔族たちも普通にいいヤツばっかだった。……人間の職を追われたとか、移民扱いで差別されたとか、そんなやつらばっか」


「……でも、魔王軍じゃん」ガレンが声を潜める。


「だから言ってんだよ」


 テオは静かに言い切った。


「“魔王軍”って、元は活動団体だったんだよ。魔族の権利を訴えるグループ。“魔王”ってのは、その代表。だけど、それが都合よく“悪役”にされただけなんだ」


 テオの話に、ルナは「私も…魔法学校で“失敗者”ってレッテル貼られた」と呟く。「ルナ・エラー」と笑われた記憶が蘇り、「誰かが“悪”や“ダメ”を決めることで、みんな楽になる」と吐露。「魔王を倒すのが本当に正しい?」と杖を握る手が震える。ミャウコが「ルナも台本の被害者じゃん」と言うが、目は優しい。テオが「ルナの魔法、最近安定してるよ」と励ます。ルナは「この旅で答えを見つけたい」と呟き、焚き火を見つめる。


「都合……よく……?」


「そう。政治家や軍需企業にとって、“敵がいる”ってことは超便利なんだよ。税金が通るし、兵が集まるし、予算もつく。平和だと文句ばかり言う民衆も、“恐怖”を前にすれば従順になる」


 ガレンが拳を握りしめた。「……俺が除隊になった日も……そのせいかよ」


 ガレンは「除隊の日、エリスを庇った。彼女を守るなら規律なんてどうでもいい」と語る。 エリスへの想いを秘め、彼女の退隊に自分を責めた。テオの話で、「隊も“魔王”を口実に権力を握ってた」と気づき、拳を握る。「本当に魔王と戦ってたのか?」ルナが「ガレンも台本に踊らされてたんだね」と言うと、「もう踊らねえ」と決意。剣を握り、「次は俺たちのルールで戦う」と呟く。


 ルナが沈黙する。


 そしてミャウコが、再び口を開いた。


「つまり、“魔王”ってのは、“倒される悪役”なんだね」


 テオがうなずく。「そう、“予定された結末”を持った存在。まるで台本の通りに動く、キャラクターだよ」


「……だったらさ」


 ミャウコが、にんまりと笑った。


「その台本、燃やしちゃおうよ」


「……は?」


 「……台本って、誰が書いてると思う?」


 ミャウコの問いに、誰も答えられなかった。


「神……だよな」テオがぽつりと呟いた。「ゼノスってやつ。俺、聞いたことある。“世界創造プロトコル管理神”とか呼ばれてる。……神っていうより、運営?」


「運営……?」


 ガレンが思わず聞き返す。


「この世界、正義と悪、勝者と敗者、愛と悲劇……全部が“シナリオ管理AI”によって最適化されてる。戦争も恋愛も、民衆の感情消費を促す“エンタメとしてのプロレス”だ」


「感情消費……?」


「うん。悲劇に泣いて、勝利に酔って。そうやって生きる気力を維持するために、“管理者”は物語を供給してる。でも、俺たちはもうその台本通りに動きたくない」


 ルナが目を細めた。「……つまり、ミャウコの言う“燃やす”ってのは、神に逆らうってこと?」


「うん」ミャウコは満面の笑みで答えた。「だって、その方がワクワクするじゃん?」


 テオはミャウコの言葉に目を輝かせ、ノートに「新章:台本を燃やす」と書く。ルナの魔法、ガレンの剣、ミャウコのポーズを「物語を変える力」と記録。「俺、みんなの新しい物語を書くよ」ルナが「私の魔法も変えられる?」と聞くと、ガレンが「ここからが俺たちの戦いだ」と頷く。ミャウコが「猫のシナリオ、超カッコいいにゃ!」とポーズ。テオはノートを閉じ、「この物語、俺たちが終わらせる」と呟く。


「うちら、演者じゃなくて、作者になるにゃ!」


 手足をぱたんと広げて、岩の上で大の字になった彼女は、満月を見上げながら言う。


「猫が書く、世界の新しいシナリオ。……そんなの、面白そうじゃん?」


 誰も返せなかった。


 だが、ほんの一瞬、全員が確かに思ったのだ。


 少しして、テオがぽつりと漏らした。


「……昔さ、魔族の間に噂があったんだ。“神の物語装置”ってのが、世界のどっかにあるって」


 ガレンが眉をひそめる。「なんだそれ?」


「わかんない。ただの都市伝説だよ。“この世界はゼノスって神が物語として作ってる”って話と一緒に広まった。で、その“装置”が台本を書き換えたら、全部の流れが変わるんだって」


「ふぅん」ミャウコがあくびまじりに反応する。「じゃあ、その装置を探せばいいってことかにゃ?」


「まあ、あるとしても誰も見たことないし……何千年も前から噂だけがある。でも、たまに思うんだ。俺たちの生きてるこの現実も、もしかしたら神が“書いてる”んじゃないかって」





 ルナが小さく呟く。「もしそうなら、神はとんだ悪趣味ね」





──この子は、物語の外から来たノイズだ。


 物語に翻弄されるのではなく、物語そのものを書き換えてしまう存在。


 “勇者”という名前すら、自分ではなく世界のほうが勝手に名乗らせているような、そんな強さと自由をまとった猫。


 焚き火が、ふたたび小さく弾けた。


「なあ、テオ」ガレンがぽつりと尋ねる。「お前……こいつが“神”だって言ってたけど、マジでそうかもな」


「うん」テオは頷いた。「あれは、神の雌豹ポーズだった」


「そこは否定しろやッ!!」ルナが全力でツッコんだ。


 夜更け。


 皆が寝静まったあと、ルナは目を開けていた。


 「……起きてたのか」


 火をくべ直していたテオが、少し驚いたように声をかける。


 「眠れないのよ」


 ルナは短く答えたあと、しばし焚き火を見つめた。


 「……あの子、本気で“世界を変える”とか言ってたわね」


 「うん」


 「馬鹿みたいよ。あんな猫に、世界が変えられるわけ――」


 言いかけて、言葉を止める。


 ミャウコの“雌豹進化形”を見てしまった自分の記憶が、脳裏をよぎったから。


 「……でも、なんか腹立たしいのよね」


 「うん?」


 「本気でバカなことを言える奴って、ズルいじゃない」


 ルナは、焚き火を見たまま、ぽつりと呟いた。


 「……なんで、少しだけ心が揺れたのか、自分でも分からないのよ」


 テオは何も言わず、薪をもう一本くべた。


 一行の夜は、更けていった。


 ─その様子を、遥か上空から観測している存在があった。


 静かな銀色の空間、壁一面に浮かぶ幾千ものホログラム。その一つに、焚き火を囲む一行の姿が映っている。


「……台本にない発言が多すぎます。特に“台本を燃やす”という言葉、ゼノス様の基準では逸脱判定A-です」


 透明な声が室内に響く。


 そこは、〈ゼノス中央演算室〉


――物語を監視・評価・調整する神の中枢。


「ですが、干渉はまだ早い。あの“勇者”は現時点で無自覚の逸脱体にすぎません」


 光の柱の中、巨大な目がわずかに動いた。


「観察を継続せよ。……予定外の展開も、時に興味深いものだ」


 ホログラムが淡く瞬き、再び沈黙が訪れた。


 だがこの夜から、確実に物語の歯車は狂い始めていた。















夜の酒場と消えない影


 町外れの小さな酒場は、夜風にそよぐ木々のざわめきに抱かれていた。カウンターの木目は擦り切れ、裸電球の光がビールの泡に淡く揺れる。


 端の席に陣取る中年の男は、瓶を傾け、掠れた声で呟いた。


「なあ、魔王軍って、なんで消えないと思う?」


 隣の若者が、グラスを握る手を止める。二十歳そこそこ、目は世間の濁りを知らない光を宿していた。


「消えない?そりゃ、強いからじゃないっすか?」


 男は鼻で笑い、カウンターの傷を指でなぞる。


「強いだけなら、いつか滅びるさ。けどな、魔王軍が消えたら戦争も終わる。戦争がなけりゃ、武器を売る連中も、政治家も、軍事費を食う仕組みも困る。陰謀論だと言やあいいが……何か、得体の知れないものが隠れてる気がするんだよ」


 若者は片眉を上げ、ニヤリと笑った。


「陰謀論?ハハ、なんかネットの怪しいスレみたいな話っすね。けど、勇者がいるじゃないですか。魔王を倒すのはいつも勇者。裏で何かあっても、勇者が勝てばそれで終わりっすよ、ね?」


 男の視線が窓の外へ滑る。街灯の光が舗道に長い影を刻み、遠くの木々が揺れる。


「そうかな。勇者ってのは、ただの象徴だ。誰かが仕立てた物語の駒さ。魔王と勇者が戦う芝居を見せときゃ、市民は安心する。善と悪、単純な話で思考が止まる。陰謀論だろ、って笑うかもしれねえが……何か、でかい影が動いてる気がしてならねえ」


 若者はグラスを置いて、肩をすくめた。


「でかい影って、結局それも陰謀論っすよ。ほら、SNSでバズるやつ、秘密結社が世界を操ってるとか、そんなノリでしょ?面白えけど、ただの話のネタっすよね」


 酒場の古いテレビがニュースを流し始めた。 魔王軍の襲撃。瓦礫の山、逃げ惑う人々、炎に呑まれる街並み。男は画面を一瞥し、低く呟く。


「こんな映像、毎日流れる。魔王軍は悪、勇者は正義。それで皆、納得する。だがな、裏で金が動いてる気がする。戦争を食い物にする企業、権力を握る連中……陰謀論だと言われりゃそれまでだが、なんか得体の知れないものがチラつくんだよ」


 若者は唇を歪め、軽く笑う。


「チラつくって、それも陰謀論のテンプレっすね。まあ、勇者が勝つんだから、裏がどうとか考えなくていいんじゃないっすか?ヒーローがいりゃ、みんなハッピーですよ」


 男はビールを飲み干し、空瓶をカウンターに置く。鈍い音が酒場に響いた。


「そうかもしれねえ。勇者が勝つたび、秩序は守られたと皆が信じる。疑問を持たないようにな。だが……真実か陰謀論か、俺にもわからねえ。ただ、なんか引っかかるんだ」


 酒場に静寂が落ちる。夜風が窓の隙間から忍び込み、カウンターの埃をそっと撫でた。


 男は立ち上がり、窓の外を一瞥する。遠くで、ニュースのサイレンが鳴り響く。


「ま……何もわからねえまま、でいいのかもな」


 男の背中が、酒場の扉をくぐる。残された若者は、テレビの光に照らされ、グラスを手に不敵に笑っていた。


 魔王も勇者も、今日も物語の駒として踊る。――真実か、陰謀論か、何もわからないまま。





➡9章へつづく

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