第23章. ガレン&ルナの告白、共闘への決意
―“個人”として立ち上がる勇気―
瓦礫が散乱する戦場跡に、夕暮れの風が冷たく吹き抜けた。焼け焦げた土の匂いと、かすかに漂う血の香りが鼻をつく。空は茜色に染まり、雲の隙間から漏れる光が、折れた剣や砕けた鎧に鈍く反射していた。戦いは終わったはずなのに、静寂はどこか不気味で、まるで次の嵐を予感させるようだった。
その中心に、ガレンは立っていた。無骨な鎧には無数の傷が刻まれ、かつての輝きは失われていた。剣を握る手は力を失い、ただ虚空を睨むように空を見上げていた。彼の瞳には、かつての確信――剣を信じ、戦うことだけが自分の存在意義だと信じていた頃の輝き――はもうなかった。代わりに、そこには何か重いものが宿っていた。責任、迷い、そして、初めて感じる「誰かのために立ちたい」という想い。
「……なぁ、ルナ」
彼の声は低く、風に溶けるように響いた。少し離れた場所で、ルナが魔導書を抱えたまま立ち尽くしていた。彼女の銀色の髪は夕陽に照らされ、まるで淡い炎のように揺れていた。ルナは目を伏せ、魔導書をそっと閉じた。その瞬間、風の流れが変わった気がした。まるで彼女の心の揺れが、風そのものを動かしたかのように。
「私ね……ずっと、自信がなかったの」
ルナの声は小さく、どこか震えていた。彼女は自分の指先を見つめ、言葉を紡ぐようにゆっくりと続けた。
「魔法を扱うたびに、いつも思ってた。私の力なんて、所詮は本から借りたものだって。ミャウコの、あの……“雌豹ポーズ”一つにすら敵わないって気づいたとき、心が折れそうだった」
彼女の口元に、自嘲の笑みが浮かんだ。ガレンはそんなルナをじっと見つめ、ふっと口の端を上げた。
「知ってるよ。お前、魔法撃つとき、めっちゃ不安そうな顔してたもんな」
ルナは一瞬驚いたように顔を上げ、すぐにくすっと笑った。彼女の笑顔は、まるで夕陽に溶け込むように柔らかかった。
「ひどいな、ガレン。でも……その通りかもしれない」
彼女は一歩踏み出し、瓦礫の間を歩きながら続けた。靴音がカツンと小さく響く。
「昔の私は、ただ魔導書に書いてある呪文をなぞるだけだった。自分の力じゃない、誰かの作った魔法に頼ってた。でも、ミャウコと出会って……彼女の、なんていうか、自由でまっすぐな強さに触れて、初めて気づいたの。私も、自分の意思で立ちたいって」
ガレンはルナの言葉を聞きながら、胸の奥で何かが共鳴するのを感じていた。彼もまた、変わりつつあった。かつてのガレンは、戦うことだけが自分の価値だと信じていた。剣を振るい、敵を倒す――それが彼の全てだった。しかし、今は違う。あの“猫娘”ミャウコと出会ってから、彼の心は揺れていた。彼女の無邪気な笑顔、どんな敵にも怯まない姿勢、そして、なぜか心を掴んで離さないその存在感。あの女は、ガレンの世界を変えた。
「俺もさ」
ガレンは空を見上げたまま、ぽつりと呟いた。
「昔はただ、戦うために戦ってた。剣を握って、敵を倒して、それで満足だった。でも今は――あいつの隣に立ちたいって思う」
ルナはガレンの横顔を見つめた。夕陽が彼の顔に深い影を刻み、どこか儚げに見えた。彼女は小さく頷き、静かに言った。
「……放おっておけないんだよ、あのバカを」
その言葉に、ガレンの目が見開いた。彼はゆっくりとルナの方を向き、彼女の瞳を見つめた。ルナの目は真っ直ぐで、迷いのない光を宿していた。ガレンは一瞬言葉を失い、すぐに苦笑した。
「へっ、なんだよ。俺もだ」
ルナは驚いたように目を瞬かせ、すぐに笑みを深めた。
「ええ、私も。だから……共闘しましょ、ガレン」
二人の視線が交錯した。以前は意見が食い違うこともあった二人だが、戦いを通して信頼を深め、ミャウコという存在が彼らの架け橋となった。それでも、世界が本当に落ち着くまでは、心の奥に緊張の糸が張り続けていた。
彼女を信じ、彼女のために戦う――その覚悟が、二人を初めて同じ未来へと向かわせた。
「世界を敵に回しても、ミャウコを信じる」ガレンが呟いた。
「うん。私も」ルナが頷き、魔導書を胸に抱きしめた。
「ミャウコは、私たちに教えてくれた。自分の力で立つことの意味を」
二人は戦場跡の中心で、夕陽を背に並んで立った。風が二人の間を吹き抜け、まるで新しい始まりを祝福するように。ガレンは剣を握り直し、ルナは魔導書のページをそっと開いた。彼らの背後では、遠くでミャウコの笑い声が聞こえた気がした。彼女らしい、自由で無垢な声。
「行くぞ、ルナ。あいつのために」
「ええ、ガレン。私も、負けないよ」
二人は互いに頷き合い、戦場を後にした。瓦礫の間を抜け、夕陽が沈む地平線へ向かって歩き出した。そこには、ミャウコが待つ未来があった。彼女と共に戦う未来。そして、彼らが初めて「個人」として立ち上がるための、最初の歩みだった。
➡24章へつづく




