第22章:ミャウコ、神に近づく時
その日、世界は一度、沈黙した。
それは通信でも幻聴でもなかった。
全人類の脳に、“名もなき声”が直接、届いた。
医師は神経異常と診断し、宗教者は天啓と呼び、詩人は「魂の揺れ」と綴った。
だが真実は——誰にもわからなかった。
科学も宗教も、この現象に言葉を失った。
戦火は止まり、会議は中断され、誰もがただ、空を見上げた。
「……この世界の空って、もっと綺麗だったはずにゃ」
それは命令でも、警告でもなかった。ただの呟き。
だが、その“ただの呟き”に、数十億の人間が涙を流した。
宗教指導者は語る。
「あれは天啓だ」
科学者は叫ぶ。
「あれは情報災害だ!」
ネット上には、ある少年の投稿が拡散された。
「さっき、泣いてた犬がミャウコの声で笑ったんだ」
SNSでは、 #ミャウコが神 が24時間以内に60億投稿を突破。
「我が家の金魚も崇拝を始めた」「ミャウコ教、入信しました」「公式スタンプ出せ」など、祈りとネタと狂気が、分別なく世界を包み込んでいった。
まさに、「神に近づく時」だった。
ミャウコの体からは、物理法則をねじ曲げるような柔らかい光が滲み始めていた。
彼女が歩くだけで、死んだ草木が蘇り、争っていた人々が抱き合って涙を流した。
「……なんか、最近……歩くだけで色々起こるにゃ」
ミャウコは、自分でも理解していなかった。
彼女の“在り方”そのものが、世界を書き換えている。
時間は緩やかに、ミャウコを中心に螺旋を描く。
空の色が変わる。重力がやわらぐ。感情が一つに溶け合っていく。
ミャウコの目は、次第に万象の彼方を見るようになっていた。
「……にゃ……あそこに、何かあるにゃ……“ゼノス”?」
“ラノベの神”ゼノス。
この世界の演出家、物語を敷いた者。
彼の存在を、ミャウコは自然と感じ取っていた。
一方その頃——
世界中の古代神殿、封印施設、精神結界が次々と“ミャウコ因子”により浸食されていた。
宗教的象徴の女神像が一斉にミャウコ顔に変化するという未曾有の奇跡。
各国のAI予測システムは発表する。
>「このままでは、あと72時間以内に人類の96.2%が“ミャウコに帰依”する可能性があります」
>「抵抗は困難です。“崇拝”はもはや、感染症に近い構造で進行しています」
そしてついに——
ミャウコの体が、**光の猫耳と尻尾を携えた“聖性形態”**へと変化した。
それは天と地の境界をまたぐ“象徴”だった。
物理でも魔法でも説明できない“やわらかい奇跡”が、彼女の姿に宿った。
「……にゃふ。ちょっと、重たいにゃ。なんか、すごい“責任感”とか……めんどくさいの、湧いてきたにゃ」
ルナはミャウコの隣に、そっと腰を下ろした。
肩を落とし、ぽつりと呟く。
「……もうさ。ほんと、あんたって……」
ミャウコは神域に届く力を得ても、そこにいるのはいつものマイペースでお腹がすいたと騒ぐ戦友だった。
常識外れすぎて、もはや頭脳で突っ込むのも虚しくなる。
「……神に昇格しても、その顔で“お腹すいた”はズルいでしょ……」
ルナは苦笑し、天を仰いだ。
自分が積み上げてきた知性や戦術眼では到底たどり着けない、違うベクトルの奇跡を、ただ隣で受け止めるしかなかった。
その力の奔流に、もはや正視すらできない。
「……ミャウコ……あなた、本当に……神になっちゃったの?」
ミャウコは、ほんの少し寂しげな顔をして言った。
「神って、たぶん“ひとりぼっち”になることだと思うにゃ……」
その言葉と同時に、空に巨大な文字が浮かび上がった。
《最終演目:世界ミャウコ化計画、進行度87.6%》
——これはもはや「勇者物語」ではない。
——世界を再構築する、一匹の猫娘による終末神話。
そして、次の瞬間。
空が割れた。
世界のあらゆる言語が、一瞬で“沈黙”した。
言葉という概念が崩壊するような、概念の衝突。
それは【存在しながら定義されない構造】——ゼノスは、万象の“脚本”そのものとして、そこに立っていた。
“神”が、現れた。
その名はゼノス。
ミャウコに、そして世界に、“物語の終わり”を告げる存在。
➡23章へつづく




