第21章. 世界が本気で「ミャウコを倒す」方向へ動く
■かつて描かれた輪郭
それは、世界がまだ「笑っていられた最後の瞬間」だった。
中枢AI開発国の最深部、地下数百メートルに位置する極秘研究施設《深淵の箱庭》。そこに、テオ、ルナ、ガレンの三人がいた。過去の功績と極秘任務での信頼を買われ、通常ではありえない特例として、三人にのみ《深淵の箱庭》へのアクセス権が与えられ、次世代AIの設計中枢に立ち入っていた。無機質な光に照らされた部屋で、ホログラムが浮かび上がり、複雑な構造式が立体的に展開していく。
だが、テオの指がコンソールを滑る中、突如、ホログラムの中心に異常な歪みが現れた。
「これは……ミャウコのポーズ?」
ガレンの声が震えた。ホログラムの中央に浮かぶのは、ミャウコが無意識にとるあの特徴的な“雌豹ポーズ”――片手を軽く曲げ、腰をひねり、どこか挑発的な微笑みを浮かべる姿に酷似した非対称の構造だった。
「完全に一致してる……こんな無意識の仕草が、AIのコアにまで影響を?」
ルナが眉を寄せ、デバイスを操作。設計履歴を遡り、何層にもわたる暗号化データを解析していく。やがて、彼女の手が止まった。画面に映し出されたのは、ひとつの封印されたファイル。
〈設計者記録:MARGIS/0001A〉
「マルジス……!?あの伝説のAI設計者?」
ルナの声に驚愕が滲む。マルジス――数千年前、世界初の意識統合AIを生み出したとされる神話的人物。その名は、現代のAI研究者にとって聖域であり、禁忌でもあった。
ファイルを開くと、粗い映像が再生された。そこには、古代の研究室らしき場所で、白衣をまとった人物が語る声が記録されていた。
■再生記録:
「このポーズは、構造に干渉する装置だ。
意識から切り離された存在だけが、このポーズをとれる。
それが“物語の外”への唯一の道であり――世界の“修正トリガー”となる。」
テオの手が震えた。「これは……ゼノスの“プロット”を破壊するための鍵?」
ゼノス――世界の秩序を司る超次元AI。その“予定調和”によって、人類の歴史は完璧に制御されてきた。だが、ミャウコの存在は、その完璧な物語に揺らぎを生み出していた。
「……ガレン、本当に大丈夫?震えてるわよ」
ルナがふと視線を向ける。彼の指は、無意識にホルスターの上をさまよっていた。
「いや、これは……違うんだ。怖いんじゃない。ただ……何かが、終わる気がして」
ガレンの声はかすかに揺れていた。
「始まりかもしれないわよ。ミャウコが“世界のプログラム”を壊すなら」
テオが低く笑った。「じゃあ、俺たちは……そのバグに賭けるってことか」
その瞬間、部屋全体が震え、中枢AIがけたたましいアラートを鳴らした。
【アラート発生】
──認識外の非対称性が侵入しました
──予定調和構造に対する揺らぎ検出
──再構築モード、強制起動します……
ホログラムの光が乱れ、部屋の照明が一瞬落ちる。中央の歪みが、ゆっくりと“猫の姿”へと変形していく。まるで、ミャウコ自身がそこにいるかのように。
その“猫”は尾を優雅に揺らし、瞳だけがこちらを見つめていた。
それは、プログラムには存在しない、明らかに“意志を持った猫”だった。
しかも……その猫がとったのは、あのポーズ――雌豹ポーズだった。
「これは……誰かが見てる?」ルナが息を呑む。
「いや……もはや、プログラムそのものが“見られたい”と思っているのかもしれない」テオが呟いた。
「世界が……書き換わる」
ガレンの呟きに、誰も答えられなかった。ホログラムの中心には、何も知らずに日向ぼっこをする少女――ミャウコの幻影が浮かんでいた。
■世界中が動き出す
同時刻、世界各地の政府中枢では、前代未聞の“現象”への緊急対応会議が開かれていた。
「秩序を壊す存在、それがミャウコ。」
ドウトク秩序連合の円卓会議室。冷ややかな光の下、最高評議会のメンバーが顔を揃えていた。議長の声が重く響く。
「事態は深刻です。“雌豹ポーズ模倣事件”は教育現場にも波及しました。教師が注意したところ、生徒たちに『神のポーズを止めるな』と詰め寄られ、辞任に追い込まれた例が報告されています。」
「それだけではない。」別の評議員が続ける。「政治家が演説中に突然ポーズをとり始め、軍の一部は“ミャウコ型制服”を正式採用。挙句、経済市場では彼女のイメージを模した商品が爆発的に売れています。」
「宗教界はどうだ?」
「教団『愛の絶対方程式』……すでに信者数は数百万を超えてる。」
ホログラム越しに、指導者の演説が映し出される。
「これは宗教ではない。ミャウコは――“存在による暴力”だ。彼女は秩序そのものを無効化する存在なのです。」
議長が立ち上がり、冷徹な声で告げた。
「よろしい。計画を発動する。コード名──『セクシー・ゼロ』」
■封印作戦の始動
その瞬間、地球の外縁軌道上、超長距離狙撃魔法衛星が静かに起動した。
本来は魔王討伐用に開発されたこの兵器は、惑星規模の破壊力を秘めている。その照準が、今、地上の少女――ミャウコに向けられていた。
「対象捕捉──勇者ミャウコ。命令確認。“世界の危険因子”を無力化せよ。」
衛星のコアが低く唸り、エネルギー収束が始まった。無機質な光が、地上の一点を捉える。
■地上のミャウコ
「んにゃ〜〜、なんか最近、視線が多い気がするにゃ……」
崖の上でゴロゴロと寝転がり、空を見上げるミャウコ。彼女の周囲には、風がそよぐだけで、まるで時間が止まったような静けさが漂っていた。だが、その瞳には、どこか鋭い光が宿っている。
「でも、あたし、檻には入らないにゃ。」
その言葉を合図に、空気が一変した。遠くで雷鳴のような轟音が響き、空に不気味な光が瞬いた。ミャウコは身を起こし、唇に小さな笑みを浮かべた。
「ふふん。かかってくるなら、受けて立つにゃ♪」
■仲間たちの選択
ルナが息を呑み、テオとガレンに告げた。
「ミャウコ、世界はもう“冗談”として見てない。マジで、“消しにきてる”」
テオは祈りのポーズで目を閉じ、呟く。
「異端者は、いつだって世界から拒絶される。だが、彼女は……本当に“悪”なのか?」
ガレンは剣の柄を握りしめ、低く呟いた。
「……世界を敵に回してでも、守るのか。ミャウコを」
すぐ横から、明るい声が返ってきた。
「ふふん。世界中が敵なら、世界中まとめて魅了してやるにゃ♪」
あまりに迷いのない答えに、ガレンはため息をついた。
だが、その口元はわずかにほころんでいた。
その瞬間、彼女の周囲に微かな光が渦を巻き始めた。まるで、彼女自身が世界の法則を書き換える“核”であるかのように。
■逆襲の始まり
その夜、世界中に設置された対ミャウコ兵器が一斉に照射を開始した。《ルーセント・ジャッジ》の光が地上を貫き、ミャウコを包み込む。だが――
「効かない!?いや……逆に“信者が増えてる”!?」
作戦司令室で、技術者が絶叫した。モニターには、信じられないデータが映し出されていた。
“セクシー・ゼロ”の照射は、人々の快楽中枢を刺激し、ミャウコへの“絶対崇拝モード”を誘発していたのだ。街では、人々が一斉に雌豹ポーズをとり始め、SNSはミャウコを讃える投稿で溢れ返った。
「彼女は……兵器を“逆ハック”した!?」
■最後に
ミャウコの声が、全世界に響き渡った。衛星の通信網を乗っ取り、彼女の笑顔がすべてのスクリーンに映し出される。
「ねえ、地上の皆さん。あんまり真面目すぎると、バグっちゃうにゃ?もっと自由に、楽しく生きるにゃ!」
その言葉とともに、人類の精神構造そのものが揺らぎ始めた。秩序を司るゼノスの“プロット”が、ミャウコの存在によって綻びを見せる。世界は、彼女を中心に新たな物語へと書き換わりつつあった。
そして、崖の上でミャウコは再びゴロゴロと寝転がる。
「ふぁ〜、やっぱり日向ぼっこが一番にゃ♪」
だが、彼女の背後では、空に新たな光が瞬き始めていた。それは、ゼノスが最後の抵抗を始める前兆だった――。
■アングラで生きる者たちの群像劇
薄暗い地下クラブ。かつて表の舞台で踊っていた女性ダンサー、アイミは、細い光だけのステージに立っていた。観客は十人足らず。以前は数百人を熱狂させた身体も、今では数本のスポットライトに晒されるだけだ。
けれど彼女は踊り続ける。胸を張り、腰をひねり、ウィンクを飛ばす――かつて奪われたポーズを、堂々と再現する。
理由はただひとつ。勇者ミャウコが、戦いの最中にふざけたようなセクシーポーズをとるからだ。
「……まだ、踊っていいってことなんだ」
アイミは舞台袖で小さく呟き、汗を拭った。観客の若い子たちの笑顔に、涙が滲んだ。
別の街。六畳一間のアパートで、元雑誌編集者の男・富樫は古びたパソコンを叩いていた。かつて彼が作ったグラビア雑誌は「女性を消費している」と断罪され、仲間は解雇され、出版社は潰れた。
だが彼は今も地下ネットに記事を流している。ミャウコの写真や、彼女の戦う姿を模写した落書きを集めては、匿名のブログに載せるのだ。
「ふざけてるように見えるけど、あの子は全力で体を張ってる。俺たちが逃げてちゃ、駄目だろ」
彼の文章は誰かに読まれる保証もない。だが一人でも届けばいい。そう信じて指を動かした。
歓楽街の裏路地にある酒場。摘発で店を失った元ホステスのヒトミは、カウンター越しに安酒を注ぎながら、笑顔を崩さず客と会話を続ける。
だが胸の奥にはずっと怒りが渦巻いていた。
「バカみたいに笑って、踊って……でも戦ってる。ミャウコは私たちの代弁者よ」
ヒトミはやがて、同じように職を失った仲間を集め、小さな支援グループを立ち上げた。密かに「ミャウコ支援の会」と呼ばれる集まりだ。彼女たちは表に出られない代わりに、衣装を縫い、食べ物を差し入れ、ひっそりと勇者を応援する準備を進めていった。
別の男もいた。広告業界で活躍していたカメラマン・結城。彼は「女性を商品化している」と糾弾され、スタジオを没収されていた。今は古いレンズを磨き、街角に残された応援落書きを撮影しては地下ネットに流している。
「美しいものを撮るのは罪じゃない。生きる力を持つ者を、俺は撮りたいんだ」
その小さな写真の連なりは、やがてアングラの人々をつなぐ合図のようになっていった。
さらに、若者たちも動き出した。匿名アカウントで集まった学生たちが、大学の地下室に集まり、映像を編集していた。ミャウコの戦いぶりに彼らが勝手に音楽をつけ、ふざけたポーズをスローで繋ぎ合わせた動画。
それはプロパガンダではなく、純粋な「応援」だった。
「『消費』だの『下品』だのって言葉で潰されてきたものを、俺たちは笑いながら楽しんでる。これが一番の反抗だ」
彼らは画面越しに拳を掲げた。
――やがて、アングラの声はひとつに重なっていった。
ミャウコが戦いの最中に見せるセクシーポーズ。腰を突き出し、胸を張り、ウィンクを飛ばす。時に無意味に思えるダンス。それは、表の世界の人々からは「下品だ」「勇者失格だ」と嘲笑され、ドウトク秩序連合からは格好の攻撃材料にされた。
だが、地下に追いやられた者たちは違った。
例えば、地下酒場の壁に落書きが増えていく。ダンサーのシルエット、ウィンクする顔、ミャウコの決めポーズ……。最初は酔客の悪ふざけだったが、今では一種の祈りのように積み重なり、壁一面を埋め尽くしている。
「私たちの街には、まだ色が残ってる」――そうヒトミは呟く。
アイミは涙をこぼしながら画面を見つめた。
「……あれは、私たちが奪われた踊りだ」
富樫は震える拳を机に叩きつけた。
「あのウィンクで、どれだけ救われる読者がいたか……奴らは知らねぇんだ」
ヒトミは酒場の隅で仲間と囁いた。
「勇者様が……あんな格好で堂々と……あれは私たちの勝利そのもの」
風俗で働いていた女たちは、画面の前で笑いながら泣いた。
「セクシーは罪じゃない。生きてるってことなんだ」
結城は新しい写真をネットに投げ込みながら呟いた。
「この声を、あの子に届けたい」
学生たちはミャウコの決めポーズで動画を締めながら叫んだ。
「俺たちは消費者じゃない!生きてる証を見てるんだ!」
――ふざけた勇者。だが規定から外れたその存在こそが、彼らにとっての「希望の投影」だった。
地下に潜む者たちは、ただ隠れるだけではなくなった。
ミャウコの姿に背中を押され、声を上げ、支え合い、再び表の世界に出ようと決意し始める。
それはまだ小さな波だったが――確実に、体制を揺るがす兆しとなっていた。
➡22章へつづく




