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第19章. 各国のドウトク秩序連合、宗教団体、保守派が動き出す/偽りの守護者

 その日、世界の風向きが変わった。


 ミャウコの“無自覚なる革命”は、瞬く間に人々の心をとらえ、拡散され、模倣され、神格化されていった。


 SNSでは、#ミャウコリスペクト や #雌豹ポーズチャレンジ がバズり、ミーム化された映像が国境を越えて拡散していた。


 一部の若者は“ミャウ教”を名乗り、「セクシーは神の革命装置」と説いた。



 ある国では、小学校で“ポーズ禁止令”が出され、別の国では“ミャウポーズ体操”が道徳の時間に導入されようとしていた。


 だが──その波は、“秩序”を重んじる者たちにとって、明確な“脅威”だった。


 一部の若者は“ミャウ教”を名乗り、「セクシーは神の革命装置」と説いた。





 某国首都。高層ビルの最上階に、スーツ姿の男女が集まっていた。


 彼らの胸には、燦然と輝くバッジがあった。


 《ドウトク秩序連合(通称:ド連)》


 通称「ド連」は、先の魔王大戦“ホワイトウォーズ”──勇者と魔王がぶつかり、世界が再構築を迫られた戦争──の後、


 崩壊した価値観の再編を目的として発足した“倫理調整機構”である。


 発足当初、ド連は“反倫理テロ”や“情報混乱”から民衆を守る名目で、国連的組織から一時的に特権を与えられていた。


 だがその後、各国の教育機関や報道機関に“道徳ガイドライン”を持ち込み、いつの間にか、それは“絶対的な正しさ”として社会に根を張っていった。


 勇者信仰の揺らぎ、魔族との共存議論、SNSによる価値観の拡散と混乱……。


 それらを“正しい道”へと収めるべく、ド連は教育、宗教、メディアの根幹へと介入していった。


 “健全な市民意識”と“適切な娯楽管理”を掲げ、放送規制、教育カリキュラム、宗教的統制、さらにはSNSの検閲ルールまで関与してきた。


 表には出ないが、「最も強いメディアは倫理である」という格言が彼らの理念だった。





 彼らは長年、各国における「正しい道徳と社会秩序」を指導・助言する非政府系の巨大影響組織だった。


 宗教界、政治界、軍、教育、メディア──その全てに根を張っている。





「諸君、時は満ちた。我々が恐れていた“逸脱存在”が、ついに世界の中心に立とうとしている」


 「……ですが、大代表。我々が“秩序”と呼んでいるものは、本当に守るべき価値なのでしょうか」


会議室の隅。やや若いスーツ姿の男が口を開いた。名はシアン・カナリス。ド連内では“リベラル派”と呼ばれる立場だった。


「彼女の振る舞いが不快であるとしても、それを“排除対象”と呼ぶことが正義と言えるのか。むしろ、社会の変化に応じた対話を──」


「黙れ、カナリス」


 ヴェルナ・グロースが鋭い目で睨みつけた。


「今、この場にいる時点で、貴様は“秩序維持”の名の下に加担している。正義ごっこは会議が終わってからやれ」


 カナリスは何も言わず、視線を落とした。


 重厚な声で語りかけたのは、胸元に“フエミの花”を誇らしげに飾った、ドウトク秩序連合の大代表・ヴェルナ・グロース**だった。





「ミャウコ──あの少女は秩序の破壊者だ。“可愛さ”や“セクシーさ”を武器に人々を魅了し、倫理の境界を曖昧にし、世界中の若者に“自由”という名の毒を植え付けている」





 隣で頷いたのは、世界最大の宗教団体“ルミナ教”の枢機卿だった。


 彼は静かに懺悔するように語った。


「我々の信徒の中にも、“雌豹ポーズ”を真似する若者が増えている。“愛の奇跡”とか言ってな。まったく、笑えぬ冗談だ」


「うちの孫が“ミャウごっこ”を始めてね、保健室に呼び出されたんだぞ!」


「国会でも“勇者の下着の色は不適切”って議題が出た。冗談じゃない!」


 さらに、各国の保守派議員、法王庁の官僚、巨大メディアの幹部らが次々に口を開く。


「SNSで“#ミャウコ様万歳”のハッシュタグが3日連続トレンド入りしている」


「倫理審査機関が、“セクシーすぎる勇者”として問題視している」


「これは……革命ではなく、堕落だ」


 会議の末、彼らは一致した。


「“ミャウコ排除計画”を発動する」


 作戦コードは《LUCY-KILLルーシー・キル


 カナリスは再び口を閉ざしたままだった。


だが机の下の拳は、静かに震えていた。


 彼だけは知っていた。


 “自由”という毒を一番恐れているのは、実は自分たちではないかということを――


 その頃、遥か上空の天界。


 ゼノスはド連の動きを見下ろして、鼻で笑った。


「愚か者ども。“秩序”を語る者ほど、自分が最も混沌を恐れている」


 クロウもまた別の角度から同じ映像を眺めていた。


「面白い。使い捨ての“論理装置”が、感情で動き始めたか……」


 2人にとって、ド連など“プロット進行のための駒”に過ぎなかった。


 表向きは“秩序の保護”、裏では“寝た子は起こすな作戦”と呼ばれていた。


 だが本質は一つ――「人々の価値観を“自由”に預けてはいけない」という、古き支配層の本音だった。


 名目は「秩序の保護」「青少年への悪影響の是正」「精神的安全保障」──


 だが、その実態はただ一つ。


 “自分たちの作った世界観を壊される恐怖”からの反応だった。





 一方その頃。





 ド連が牙を剥こうとしていたその時、ミャウコは──木陰で昼寝していた。


 彼女の存在は、「理性の暴走」に対する、皮肉の化身のようだった。


 片脚を小さく曲げた寝姿は、自然に胸元がはだけ、太ももが太陽の光を受けて白く光っていた。


 指先は口元に添えられ、まるでポーズを取るような寝相だったが、本人にその自覚はまるでない。


 その“無意識の悩殺ショット”が、世界の理性を揺らがせていた。


「ん〜……今日の夢はお魚の山だったにゃ……」


 その寝言が、遠くの蝶を笑わせ、風に舞った。


 世界の“理性”が牙を剥くとも。


 だが、その木陰から500メートル上空。


 一機の監視ドローンが、無音で浮かんでいた。


 記録されていたのは、ただの“昼寝”ではない――“異端”の発芽だった。


 ドローンの映像はリアルタイムで“観察機関エリュシオン”の記録庫へ送られていた。


 数百体の“視線”が、彼女の胸元や寝姿を検出しながら、異端判定のアルゴリズムを回していた。


 この猫はどこ吹く風だった。














■偽りの守護者





 先の大戦――“ホワイトウォーズ”のあと、世界は混乱に包まれていた。勇者と魔王の戦いが残したのは、焼け跡と空虚な価値観の荒野だった。人々は何を信じ、どう生きるべきか、その道を見失っていた。


 そのとき設立されたのが「倫理調整機構」である。国連に類する国際組織から認可を受け、戦後の価値観を整理する暫定的な役割を担った。初代代表は温和で学識ある人物であり、彼の時代はまだ“秩序の調整役”に過ぎなかった。 教育や報道に「倫理ガイドライン」を持ち込み、社会の混乱をなだめることが第一の目的だったのだ。彼の治世はおよそ二十年続いたが、やがて老齢を理由に辞任する。人々の記憶に残るのは、「時代を落ち着かせた穏健な指導者」という程度であった。





 ――だが、二代目の登場で、組織の色は一変する。


 黒衣の女、ヴェルナ・グロース。冷たい微笑を絶やさず、鋭い瞳で人心を射抜く女。彼女が代表に就任したその瞬間から、「倫理調整機構」は新たな段階へと突入した。





 表向きのスローガンは「秩序の維持」「市民の健全な意識育成」「女性の権利の向上」。その響きは清潔で、誰もがうなずきやすいものだった。各国の政治家やメディアは彼女を称賛し、国際舞台では“新時代の倫理の守護者”として脚光を浴びる。教育現場には「ドウトク・ガイドライン」が流れ込み、テレビや新聞は「正しい価値観」の旗を掲げて報道を行うようになった。


 だが、その仮面の下に潜むのは、誰にも明かされぬ野望だった。





 ヴェルナの本心――それは、美貌や性を武器にする人達を社会から抹消することであった。





――学生時代、彼女はクラスメイトの男子に恋をしていた。ある時、思い切って告白を決意し、手紙を書いてクラスの皆がいないときを見計らい、彼の机の引き出しに入れた。文面はありきたりだったが、彼女にとっては人生最大のイベントだった。


 指定された校庭の裏で彼を待ち、意を決して告白した。だが返ってきた言葉は、青天の霹靂だった。





「は?マジで言ってんの?鏡見たことある?お前ちょーブスじゃん。俺はF組のゆなって子が好きなんだわ」





その後、彼女は美しくなるための努力を惜しまなかった。毎朝10キロのランニング、週5のジム通い、最新のメイクや流行のファッションも学んだ。だが生まれ持った壁は厚く、整形手術も失敗に終わった。


 その瞬間、彼女は決心した――世の中から、容姿の良い女を排除する。


 これが後のドウトク秩序連合の始まりである。








 代表となった彼女は、組織の看板を巧みに塗り替えていった。名称を「倫理調整機構」から「ドウトク秩序連合」へと変更。名実ともに、社会規範を直接支配する存在へと姿を変えたのだ。


 メディアは「女性の権利を守る活動家」としてヴェルナを持ち上げた。だが裏では、夜の店や性表現を扱う雑誌・映像産業への圧力が静かに強まっていった。警察機関と連携して摘発を繰り返し、取り締まりを合法化する法案を各国へと押し通す。





 もちろん抵抗はあった。かつては日常の一部であったストリップ小屋やナイトクラブは「文化」としての価値を訴え、グラビア産業は「娯楽の多様性」を叫んだ。しかし、ヴェルナの方が一枚上手だった。








 ヴェルナはただ規制を強めるだけではなかった。


 彼女は巧みに「敵」を作り出し、それを叩くことで世論を味方につけていた。


 SNSでは「若い女性を搾取する業界」や「男の欲望に媚びる文化」が炎上の的にされ、あらかじめ放たれた工作員が火を煽った。


 やがて、それを信じた一般市民までもが「正義」の旗を掲げて糾弾に加わる。


 ――ヴェルナにとっては、用意された筋書き通りの舞台にすぎなかった。








 彼女はSNSの時代を利用したのだ。


「性産業は女性搾取である」


「露出は犯罪を助長する」


「子どもたちの未来を守ろう」





――これらの言葉を短く鋭く切り取り、無数のアカウントから発信させた。工作員を潜り込ませ、世論を二分させ、対立を煽る。抵抗者たちは「時代遅れの差別主義者」とレッテルを貼られ、声を失っていった。





 いつの間にか、街からはネオンサインが消え、雑誌の水着グラビアは姿を消し、裏通りの温もりはひっそりと地下へ潜った。警察に強制力がなかった時代にはそれなりに栄えていた産業も、SNS世論とメディア圧力の前には無力だった。


 ヴェルナはそのすべてを冷徹に観察していた。彼女にとって重要なのは“美貌を武器にする女”が表舞台から消え去ること。彼女の心にこびりついた復讐心は、半世紀近い時を経てもなお色褪せてはいなかった。





 そしていま――


 ヴェルナ・グロースは影の支配者として君臨する。


 国際会議では笑顔を浮かべ「女性の自由を守る」と語りながら、裏の会合では「欲望の根絶」を冷酷に命じる。彼女の指示ひとつで、一つの雑誌社が倒産し、一つの劇場が閉鎖に追い込まれる。


 その微笑の下に潜むのは、あの校庭裏で浴びせられた言葉の記憶――





「お前はブスだ」





 世界に秩序を与えるという大義の名の下、ヴェルナは己の復讐を遂行し続けているのである。





 ただ、彼女の知らぬところで、小さな火種がくすぶっていた。


 地下に潜った人々――かつての温もりを知る世代、そして最初から地下しか知らない若い世代。彼らの中に、セクシーなダンスと奔放な笑みを持つ「ふざけた勇者」を希望の光と呼ぶ声が芽生えつつあった。





 ヴェルナの時代は、確かに続いている。


 だがその秩序の影に、わずかなひびが走り始めていた。








➡20章へつづく



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