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第18章:魔王討伐(だが、倒すのではなく“再起”させる)

■道徳の強制


 かつて、“性”はもっと自由だった。


 ポールダンサーは、肉体と芸術の境界に立つ表現者として尊敬されていた。


 グラビアは娯楽として受け入れられ、少年誌や週刊誌の片隅に載る姿も、日常の一部に過ぎなかった。


 誰かと生きることが叶わぬ者たちは、温もりを求めて街をさまよった。



 肌を重ね、生きていることを確かめ合い、束の間の安らぎを分け合う。


 そこには、心を癒す言葉と、


対価を払いほんの少しの時間と優しさを提供してくれる人々がいた。


 ストリップ劇場も、裏通りの店も、それは欲望のはけ口などではない。


 むしろ、人々が孤独を分け合うための、ひそやかな避難所だった。


 光の届かぬ場所で視線を交わし、言葉を交わすことで、ほんのわずかな温もりを手に入れる──そんな場所だった。


 そこで働く女たちもまた、自分が誰かの心を支えられることに、密かな誇りを抱いていた。


 それは、生きる理由を見失いかけた彼女たちにとっても、静かな救いだった。


 娯楽番組には水着回があり、女性が肌を見せることも、笑いとして許されていた。


 だが――


 “ホワイトウォーズ(白化)戦争”のあと、風向きは変わった。


「露出は犯罪の温床」「性表現は堕落の象徴」――そんな価値観が定着し、全世界的な倫理改革が進められた。そして全ての性産業は消えた。


 街角のネオンサインは消え、ナイトクラブは摘発され、


 夜の仕事に就いていた女性たちは、軒並み逮捕された。


 グラビアアイドルやセクシー女優という職業も、いつの間にか姿を消した。


 秩序は、“正しさ”という名の仮面を被り、“欲望”を社会から隔離した。


「善」とは均質であり、「清潔」こそが絶対――


 そんな空気が社会を覆い、人々の心は静かに閉ざされていった。


 そしてその記憶は、誰の口にも上らなくなった。


 まるで最初から“なかったこと”のように。


 表向きには、存在しないものとして処理された。


 だが、消えたわけではなかった。


 彼らは地下へ潜り、人目につかぬ場所で、ひっそりと生き延びていた。








■恐怖を売る者たち


 保険は、事故が起きるかもしれないという“不安”を商品にして売る。


 健康食品は、“病気になるかもしれない”という想像力を刺激するほど、効果に関係なく売れる。


 防犯グッズも、SNS上の不安と犯罪報道の連打によって需要が伸びた。


 セキュリティソフトも、「あなたの情報が狙われています」の一文で購買意欲が跳ね上がる。


 宗教もまた同じだ。いつ世界が終わるかもわからないという恐怖を与え、救いと称して金を巻き上げる。


 信仰は心の拠り所にもなり得るが、恐怖や不安を糧にすれば、それは最も古く、最も巧妙な商売となる。





――「不安」ほど、再現性のある売上装置はない。





 そう、ゼノスは知っていた。





 魔王の存在は、軍需と情報、宗教とエンタメの全てを循環させる“永久不安装置”だった。 世界が一つにまとまらないように、民衆が常に緊張感を保つように、定期的に“恐怖”というイベントが供給される必要があった。





 それは計算され尽くした設計だった。





 魔王が活動を始めれば、国は軍を動かし、民間企業は討伐グッズや避難用アイテムを売り出し、宗教は「今こそ信仰を」と寄付を集める。  SNSでは“魔王を倒せ”キャンペーンがバズり、子どもたちは勇者ごっこを始める。





 魔王とは、誰かが生き残るために「必要だった恐怖」だ。





 だが今、すべてが終わろうとしていた。 世界が魔王を“消費できない”未来へと、踏み出そうとしていた。








――戦場は、整っていた。


 各国の魔導通信塔が一斉に稼働し、ライブ中継の映像が世界を駆け巡る。王都の巨大スクリーン、魔族の拠点、商人国家のバイオ・ホログラム……人々は固唾を飲み、画面の向こうに映る「最後の戦い」を見つめていた。


 勇者一行は、静かにその中心へと歩を進める。


「いよいよだな……」  


 ガレンが剣の柄に手を添え、低く呟く。


「でも……なんか空気が違う」  


 ルナの声はかすれていた。勝利の気配ではない。もっと、何か奇妙な、静かなざわめき――。


「空が……泣いてる?」  


 テオが窓の外を見上げた。晴れ渡っていたはずの空に、薄い雲が漂い、淡い光が差し込んでいる。


 ミャウコだけは、変わらなかった。笑っていた。


「にゃふふーん。そろそろ、終わらせるにゃ」


 魔王はそこにいた。戦場の中央、地に根を張るように、ただ静かに立っていた。豪奢なマントも、禍々しい王冠もない。彼は、ひとりの男だった。


「……終わらせるのだ。“勇者”たちよ」


 その声に、微かな揺らぎがあった。恐れでも、高揚でもない――迷い。











◆ 魔王の葛藤


 彼は思う。


 自分は「魔王」になりたかったわけではない。


 否、なろうとしたことすらない。


 気づけば「象徴」にされた。


 “倒される存在”として台本に配置され、視線と憎悪と恐怖を向けられ、感情も、目的も、役割という檻に閉じ込められていた。


 カメラマンだった頃、俺は売れないグラビアアイドルを追いかけていた。


 才能ではない。機材も知識も、プロのそれには遠く及ばなかった。


 それでも、シャッターを切るたびに――“生きてる”と感じた。


 スタジオの片隅で、不器用に笑う彼女たち。ポーズ一つで自分を作ろうとするその姿に、


滲んだ人生の欠片を感じていた。


 その延長線にいた。


 あの受付嬢――マイクロビキニ姿の、サキュバス。


 どうしても、彼女だけは撮りたかった。


 肌の艶。まばたきの速度。指先の曲線――


 どれを取っても、撮る者を試す“完成された造形”だった。


 だが、あの時の俺は“魔王”だった。


 カメラを持つことも許されず、視線すら定まらないほど、役割に押し潰されていた。


――俺が“男”だった最後の衝動。


 グラビアじゃない。


 きっと、自分を取り戻したかったんだ。


 そして今、ようやく気づく。


 俺が本当に撮りたかったのは――“自由に笑う一瞬”だったのだと。


 だがこの世界は、彼を「演じさせた」。


 脚本はゼノスが書いた。


 彼自身の意志は、一度も問われなかった。


 それでも、世界の視線は今、彼ひとりに注がれている。


 逃げることも、もうできない。


「私は魔王……。いや、“魔王にされた者”か」











■戦い、そして再起





 静寂が、音を立てて崩れた。


 ミャウコが一歩、前へ出る。そこに殺意はない。


 ただ、気まぐれに爪を伸ばす猫のような――軽さ。





「……望むところだ、“勇者”よ」


 魔王の声は重く、地の底から響く。


 空が裂け、大地が震え、城の闇が渦を巻いた。


 だが、その咆哮は絶望ではなかった。


 自らの立場と誇りを守ろうとする、最後の抵抗だった。





 魔王は知っていた。


 自分は最強の存在ではない。


 評議会の象徴として“魔王”を演じる器にすぎないことを。


 それでも、この場で倒れるなら――せめて、誇りを持って。





 ミャウコが跳び上がる。


 空中でくるりと回転し、着地と同時に――雌豹ポーズ。





 瞬間、魔王軍の精鋭たちが次々と崩れた。


 ある者は全身が硬直し、動けなくなった。


 ある者は瞳をハートに染め、膝から崩れ落ちた。


 ある者は光の柱に包まれ、時の彼方へ吸い込まれていった。


 またある者は雌豹ポーズを真似て腰を痛め、その場でうずくまった。


 さらに一人は、原因不明の空間転移でパラレルワールドへと吹き飛ばされた。





「ぎゃあああああああああ!」


 魔王軍、壊滅。





 だが――魔王は立っていた。


 それどころか、彼の動きは研ぎ澄まされ、闇の魔力がさらに膨れ上がっていく。


 それは生き延びるための力ではなく、“まだ倒れていない”という意志の輝きだった。





「……なぜだ」


 魔王は息を吐く。


「なぜ、手加減をする?」





 ミャウコは肩をすくめた。


「遊んでるだけにゃ」





 その言葉は、何よりも魔王の胸を打った。


 敗北や死ではなく、ただ“遊び”の中で踏みとどまった己。


 膝をつき、ゆっくりと顔を上げる。


 その瞳から赤い光が消え、代わりに――人の光が宿った。





「……ありがとう」





 その一言に、ガレンが剣を下ろした。


 テオが目を見開き、ルナがそっと呟く。


「変わった……?」











 


■魔王の決意


 魔王は、静かに立ち上がる。


「俺は、これで“魔王”をやめる。誰かに与えられた役ではなく……今度こそ、“自分”として生きる」


 ミャウコがニコリと笑う。


「にゃふふーん☆じゃ、次は“あなた”として、生きるにゃ」


 魔王は、剣を振るうことも、呪いの言葉を叫ぶこともなかった。


 ただ、静かに、その場に膝をついた。


「……もう、終わったのか」


 その声は、これまでの威厳や冷酷さの欠片もなかった。


 迷い、痛み、そして希望――人間の声だった。


 突如、彼の体を包んでいた漆黒の外套が音もなく崩れ落ちた。


 角が消え、肌の紋章が溶け、赤く燃えていた瞳が、どこにでもいる人間の瞳へと戻る。


 少し痩せていて、背は高い。そして目の奥には確かに“生”が宿っていた。


 彼はもう、“魔王”ではなかった。


 ミャウコがぴょんと近づき、彼の顔を覗き込む。


「やっぱり、あんた……魔王じゃなかったにゃ。ずっと、自分を閉じ込めてただけだにゃ」


 男の瞳が潤む。「俺は……何度もカメラを構えようとした。でも、もう“撮る”ことを許されてなかった……ずっと」


 ルナがそっと呟いた。「……解放されたんだね、脚本から」


「俺の名は……高城アサヒ。かつて、人間だったカメラマンだ」


 魔王の唇が震えた。


 それは、初めて彼が“魔王”以外の顔を見せた瞬間だった。











■世界の反応


 戦場を映すスクリーンの前で、民衆はただ呆然と立ち尽くしていた。


「……あれが、魔王?」


「ただの……人間じゃないか」


「期待して損したな。もっとド派手にやられると思ってたのに」


 画面を見上げる少女がぽつりと呟く。


「お母さん、魔王って……泣くの?」


その問いに、母はただ口を閉ざした。


 各国の王たちは、ただ呆然とスクリーンを見つめていた。


 魔王が膝をついた。血も剣も飛び交わず、ただ――一人の猫娘が空中で雌豹ポーズを決めただけだった。


 「……あの子が、魔王を……?」


 「いや、正確には“ポーズ”を取っただけでは……?」


 「レベル1のまま……?」


 常識が、崩れた。


 誰も予測できなかった。


 英雄でも勇者でもなく、“異次元の猫娘”が、戦争を終わらせるなどと。


 その裏で、誰も気づかぬうちに――


 ゼノスのプロットは、音を立てて崩れていった。


 討伐の映像は“異常”として記録され、なぜかミャウコの姿だけがノイズ処理されていた。


 だが、民衆の心は揺らぎ始めていた。


 「勇者は何をした?」


 「魔王は何を語った?」


 「……この世界、誰が作ってるんだ?」


 誰かが囁く。「あの猫娘、なんか“バグ”らしいよ」








■メディアの反応





 数日後、とあるテレビ局が特番を組んだ。





『緊急検証:あの“猫娘”は救世主か、それとも脅威か――?』


 進行役は端正な顔立ちのアナウンサー。背後には、魔王の前で雌豹ポーズを決めるミャウコの映像が延々と流れていた。


「問題は、レベル1のまま魔王軍を壊滅させたという点です」


「彼女の存在が、今後の国際秩序を大きく変えるかもしれません」


 専門家を名乗る人物が眉間に皺を寄せて語る。


「人類と魔族は、長く“抑止力としての魔王”で均衡を保ってきた。それが壊れた今、暴走する可能性も……」


 番組は、終始ミャウコの“異常性”と“脅威”を強調する構成だった。


 しかし、一部の出演者は空気を読まず、まるでバラエティ番組のようなコメントを繰り出す。


「いや〜雌豹ポーズ、あれ良いじゃん。かわいいし、巨乳だし。敵に回したくはないけど、撮影はしたいかな」


「俺あの娘、けっこう好きなんすよね。あんまり勇者っぽくなくて。なんかその辺にいそうで親近感あるっていうか」


「異常って言うけど、あれもう“天才”でしょ? てか、逆にああいう子が救世主になる世界、ちょっと希望あるっていうか……」


 番組の演出意図にそぐわない“ゆるい擁護”の数々に、司会者は苦笑しながら話題をそらす。


 番組の制作・放送を担っていたのは、クロウがオーナーを務める巨大放送局〈NCN(Neo-Civil Network)〉公共の電波を用いた“印象操作”は、もはや芸術の域に達していた。


 事実を並べるようでいて、「恐怖」だけを残す編集構成。


 最後に流れるのはナレーションの言葉。


 《ミャウコは本当に、正義なのか?》








■視聴者の反応


 定食屋で昼食を取っていたスーツの男が、口を歪めて呟いた。


 「ふざけてるよな、あの猫。何が雌豹ポーズだよ……」


 ラーメン屋にいた女性も、スマホを握りしめていた。


 《#ミャウコキモい》というタグを添えた投稿が、しばらくして拡散される。


 SNSでは徐々に《#ミャウコ危険論》《#魔王の方がマシ》といったハッシュタグが伸び始め、


 裏ではゼノス派の“情報部隊”が拡散を後押ししていた。


 英雄を叩く空気。


 正体の知れない力に対する拒絶。


 ミャウコは“脅威”という新たな記号として、社会に刻まれようとしていた。


 若者たちはミャウコの雌豹ポーズを真似し、SNSに投稿し始める。  


 #ミャウコリスペクト


 #魔王の涙





 世界は、再構成を始めていた。


 遠く離れた天上。ゼノスは静かに空を見つめていた。


「……想定外、か」


 初めてその顔に、“迷い”が浮かんでいた。








➡19章へつづく

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