表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/30

第17章:魔王との対話、内面戦


■魔王の居場所を探す勇者たち


 薄暗い食堂の片隅、勇者一行は地図を広げていた。



「なあ、本当にここで合ってるのか?」ガレンが眉をしかめ、地図の一角を指さす。



「“魔王が現れた場所”ってSNSの噂だよ? しかも、八百屋って……」テオが半信半疑で呟く。


 ルナがスマホ型の魔導端末をいじりながら答える。「でも、投稿が消されてない。しかも、同じ店の写真がいくつも上がってる。確率は高いわ」


「魔王が野菜買いに来てるってのかにゃ?」  ミャウコが首をかしげながらポテトを頬張る。


 ガレンはため息をついた。「にしても……魔王の顔なんて、俺ら現場の討伐隊ですら見たことねぇよな」


 と、ガレンが渋く唸る。





「SNSに出回ってる影の映像とか、演説っぽい声とか……本物かどうかも分からない」


とテオが付け加える。


「戦ったのは魔王軍ってだけで、“魔王”本人の所在は常に不明だったからね」


 ルナが魔導端末を操作しながら補足した。


「でも“魔王が喋った”っていう動画、5秒で拡散されてバズったじゃん。『この世界は崩壊する』って」ルナが動画を再生するが、音声は途中で途切れ、映像はブロックノイズにまみれていた。


「けど、場所は特定されてる。商店街、八百森やおもり青果。その2階に“ラグナロックラボ”って看板がある」


「ラグナロック……終末か」ガレンが唸る。


「ま、行ってみるだけタダだにゃ」ミャウコが席を立つ。


「野菜も買えるし☆」











◆八百屋の2階へ



f:id:asianlife2025:20251112222904j:image



 商店街のアーケードには陽気な音楽が流れ、店主たちの声が飛び交う。そんな中、ひときわ目立たない、昭和レトロな八百屋「八百森青果」がある。





 色あせた暖簾をくぐると、店主の老人が顔を出した。


「らっしゃい。今日は大根安いよ〜!」


 野菜♪野菜♪野菜を食べるとぉ〜♪


 店主の声が響く。


 勇者一行は無言で店内を見渡し、店内奥の階段を見つけた。壁にはひっそりと小さな表札が貼ってある。





「株式会社ラグナロックラボ(登記上)」


 テオが息を呑む。「……本当に、ここ?」


「魔王の事務所にしては、やけにこじんまりしてるな……」ガレンが呟く。


「ビルって聞いてたけど、二階建てのアパートだよね」ルナも首をかしげる。


 その時、ミャウコが階段を登り始めた。「にゃー、ピンポン鳴らすにゃー☆」








◆受付と、魔王登場への繋ぎ





 ドアの前でチャイムを鳴らすと、少しして中からドアが開いた。





 応対に出たのは、マイクロビキニ姿のサキュバスの受付嬢だった。




 


f:id:asianlife2025:20251112231057j:image



「アポイントメントはお取りでぇすかぁ?♡」






 ガレンが一瞬、視線を彼女の谷間に落とす。 秒でルナが肘で突いた。


 ガレンが咳払いをし、


「我々は勇者一行だ。魔王に会いに来た」


 テオが真面目に名乗る。


 サキュバスは艶やかに瞬きしながら、内線電話の受話器を取り何処かに繋いだ。


「……はい。勇者一行が。……かしこまりました。お通ししまぁす♡」


 カチッとロックが外れる音。中はオフィスビルのような内装で、ホワイトボードには何か予定のようなものが書かれていた。


「魔王が……ここに?」ガレンが呟く。


「……だったら、会ってみるしかないにゃ」  ミャウコが先頭を歩く。


 そして、彼らは“象徴”としての魔王が待つ部屋の扉を開く――。


「来たか、“勇者”よ」


 その声に、ミャウコがフラフラと近づく。まるで散歩中の猫、だが瞳だけが異様に鋭い。


「来たにゃ。でも、なんか違う。あんた、悪じゃないにゃ。心が……空っぽみたい」


 魔王が目を細める。


「違う?」


「うん。役割に縛られてるだけで、“自分”がないにゃ」


 沈黙が部屋を包む。ガレン、ルナ、テオは息を呑む。


 魔王の口元にかすかな笑みが浮かぶ。「私は選ばれた。世界をまとめるため、“倒される象徴”として。ゼノスの脚本通り、悪を演じる」


 ガレンが剣を握る。


「俺たちは魔王を倒しに来た!」


「……そうか」と魔王は一言。「だが、私には権限はない。勇者がここに来たなら、私の役目は終わる。選択肢は二つ。辞任するか、続投するか――つまり、戦うか、だ」


 彼の声が低くなる。


「だが、魔王は勇者と戦わない。戦う前に消される。そして勇者には勝利が与えられる。だが、秘密を破れば……死が待つ」


 テオは魔王の言葉を聞いてハッと何かを思い出した。


「それ……聞いたことがある。昔の勇者、ガルムが真実を民に告げようとした。翌日、彼の存在は全ての国民から記憶が消された。家族も、仲間も、彼を忘れた。が、ほんの数人が彼の存在を記憶していた。ある者がそれを公にしたところ、彼を含む全ての人間が消された。もちろん彼を知る人間は彼の記憶も消された。ずっと都市伝説だと思ってたけど……」


 魔王が頷く。


「ゼノスの監視だ。プロットの真実を知る者は、消される」


 ルナが呟く。「プロット? 魔王と勇者の戦いって、全部仕組まれた芝居なの?」


「そうだ。ゼノスは物語の均衡を保つ神。魔王も勇者も、ただの駒だ」


 ミャウコがあくびする。「にゃー、それって生きてるって言えないにゃ。役割ばっかで、自分がないじゃん」


 魔王の瞳が一瞬揺らぐ。


「かつて、私は“撮る側”だった。美しさ、命、希望を残す仕事だった。だが、この世界に来て、“壊す側”になった。戸惑い、諦め……今は、何も感じない」


 ミャウコが近づき、魔王の額に手を当てる。「アンタ、魔王なんかじゃないにゃ。忘れただけ。自分を撮る誰かが消えて、ぼやけたんだ」


 その瞬間、ミャウコの瞳がカメラのレンズのように輝く。会議室に光が差し、魔王の“本当の顔”――かつて希望を追い求めた男の姿が浮かぶ。


「俺は……生きていたい」


 別のビル、評議会の監視室。ホログラムに魔王と勇者一行の対話が映し出される。ロ=フェンが冷たく目を細める。「魔王がタブーを口にした。ゼノスのプロット、物語の真実を語ったな」


 クロウが腕を組み、嘲笑う。「奴め、役目を忘れたな。ゼノスの脚本から外れた瞬間、消える運命だ」


 グレファスが低く唸る。「我々の監視を甘く見たな。だが、この猫娘……何だ、あの気配は?」


 ホログラムに映るミャウコの雌豹ポーズが、ノイズと共に一瞬乱れる。ロ=フェンが水晶球に手を(かざ)す。


「執行者を動かせ。魔王を即刻排除しろ」


暗号化された信号が発信され、虚空に消える。 ロ=フェンの瞳は、凍てつく刃のように鋭い。ゼノスの均衡を支える振りで、魔王の排除を利用し、自らの影響力を強める策を秘める。だが、ミャウコのバグは、監視システムに微細な亀裂を生んでいた――そのノイズは、ロ=フェンの計算を揺さぶる予兆だった。


 王都の広場では、ミャウコの雌豹ポーズ動画が魔法通信で流れ、若者たちがポーズを真似して笑い合う。「勇者も魔王も、どっちも同じじゃねえか?」酒場の喧騒で、評議会の扇動「#ミャウコ危険論」は忘れられ、自由の歌が響く。魔王軍の前線では、若い魔族兵が動画を見て剣を下ろす。「王国が正義? なら、なぜ俺たちは苦しむ?」仲間とポーズを真似し、対立を笑う。ミャウコの常識外の輝きは、評議会の扇動を無効化し、人間と魔族の心に団結の種を蒔いた。広場の一角で、評議会の監視者が呟く。「この猫、ゼノスのプロレスを壊すバグだ……」


 突然、会議室の空気が凍る。


「喋りすぎだ」


 低い声とともに、全身黒ずくめの男が現れる。人間か魔族か、判別不能。


「魔王よ、真実を語った者はゼノスの名の下、この場で消えてもらう」


 ガレン、ルナ、テオが同時に武器と呪文を構えた――が、その光景はすぐに崩れ落ちた。





 床が、空が、空気すら、音もなく裏返る。


 次の瞬間、そこは見知らぬ場所になっていた。


 黒と紫が溶け合う無限の空間――《亜空領域アーカ・ドメイン》。





 上下の感覚は消え、光はねじれ、吐息すら刃物のように重い。


 この領域では、ただ一人の存在が“法”だった。





 「――ここに立つ限り、お前たちは私の人形だ」


 刺客の声が頭蓋骨の内側に直接響く。





 ガレンの剣は、構えたまま動かない。


 ルナの魔力は、まるで吸い取られるように消えていく。


 体中の血が逆流するような感覚が襲い、膝が勝手に折れた。





 この空間に入った瞬間から、全員が“支配者への絶対服従”を強制されていた。





 魔王もまた、凍りついた像のように動かない。





――ただひとり、ミャウコだけが歩いていた。





 その歩みは音もなく、影が全身を包む。


 闇は足元から染み出し、床を塗りつぶし、壁を呑み込み、天井を覆っていく。


 その中央で、紅い瞳がゆっくりと開いた。


 色も温度も意味を失い、ただ深淵だけが広がる空間。


 それは冷たさではなく、底知れぬ暗闇の“深さ”だった。





 ブラッククイーン。





 黒衣、紅い双眸。


 かつて見たあの姿――だが、今は違う。


 その紅は深淵を超えてなお底がなく、視線を合わせた瞬間、魂ごと呑み込まれる錯覚に襲われる。


 一歩ごとに、足元から影が広がる。それは光を奪う闇ではなく、存在そのものを削り取る“死”だった。





 彼女は、絶対的な恐怖と死を与える存在。


 この世に生きとし生けるものが本能で拒絶する、終焉の化身だった。





 彼女は何も言わない。


 ただ刺客を見据え、ゆっくりと歩を進める。


 その紅い瞳が一歩ごとに光を強め、刺客の足元から闇が絡みつく。


 「……ば、馬鹿な……」


 仮面の下で、押し殺した声が震えた。


 完全に固定したはずの空間が、音もなく崩れていく。


 足首を掴む闇は冷たくも熱くもなく、ただ“存在そのもの”を削ぎ落としていく感触。


 逃げようと一歩踏み出すたび、足場は闇に溶け、世界の輪郭が失われていく。





 「制御……が効かない……?」


 刺客の両手が印を結び、空間制御陣が虚空に展開される。


 だが、闇はその光を飲み込み、何事もなかったかのように静かに広がっていく。


 胸の奥を冷たい針で刺されたような感覚――いや、これは恐怖だと刺客は気づいた。


 自分が支配していたはずの世界が、この女の前では、ただの幻に過ぎなかった。


 女が、ほんのわずかに口角を上げた。


 次の瞬間、刺客の男は――跡形もなく消えていた。


 肉体も影も、そこにあった重みすらも。


 記憶だけが、ぽっかりと虚空に浮かんでいる。


 闇が霧散し、凍りついていた空気がゆっくりと動き始めた。





 ガレンは大きく息を吐き、ルナは肩で呼吸し、テオは膝をついた。


 魔王は黙ってミャウコ(ブラッククイーン)を見つめ、何も言わなかった。





 地下深くの監視室。


 突如として壁に亀裂が走り、魔法ホログラムが激しく乱れ、耳障りなノイズが響く。


「……刺客の信号が途絶えた?」


 技術員が叫んだ瞬間、室内の空気が凍りつく。


 青白い光の中から、ゼノスの幻影が現れた。


『CODE: ZEROは愚かだ。私のプロットは物語の均衡を保つ。だが――ミャウコ、汝は私の支配を乱す“バグ”だ』


 低く響く声は、機械音でも人間の声でもない。


 評議会員たちは息を殺し、誰も反論しなかった。








 別の都市、高層ビルの最上階。


 円卓を囲む黒衣の集団が、水晶球に映る映像を見つめていた。


「……ゼノスが、あそこまであからさまな警告を発するとは」


「奴も完全ではない。ミャウコはその証明だ」


「だが、同時に我々の計画も揺らぐ可能性がある」





 リーダー格の男が水晶球を握りしめる。


「ミャウコを利用し、ゼノスを出し抜く。計画はそのままだ」


 その背後、ロ=フェンはわずかに笑みを浮かべた。


 彼はZEROをも利用し、ゼノスを倒し、物語そのものを支配する策を胸に秘めていた。


 ミャウコという常識外の“バグ”は、評議会だけでなくZERO内部の均衡すらも乱し始めていた。





➡18章へつづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ