第17章:魔王との対話、内面戦
■魔王の居場所を探す勇者たち
薄暗い食堂の片隅、勇者一行は地図を広げていた。
「なあ、本当にここで合ってるのか?」ガレンが眉をしかめ、地図の一角を指さす。
「“魔王が現れた場所”ってSNSの噂だよ? しかも、八百屋って……」テオが半信半疑で呟く。
ルナがスマホ型の魔導端末をいじりながら答える。「でも、投稿が消されてない。しかも、同じ店の写真がいくつも上がってる。確率は高いわ」
「魔王が野菜買いに来てるってのかにゃ?」 ミャウコが首をかしげながらポテトを頬張る。
ガレンはため息をついた。「にしても……魔王の顔なんて、俺ら現場の討伐隊ですら見たことねぇよな」
と、ガレンが渋く唸る。
「SNSに出回ってる影の映像とか、演説っぽい声とか……本物かどうかも分からない」
とテオが付け加える。
「戦ったのは魔王軍ってだけで、“魔王”本人の所在は常に不明だったからね」
ルナが魔導端末を操作しながら補足した。
「でも“魔王が喋った”っていう動画、5秒で拡散されてバズったじゃん。『この世界は崩壊する』って」ルナが動画を再生するが、音声は途中で途切れ、映像はブロックノイズにまみれていた。
「けど、場所は特定されてる。商店街、八百森青果。その2階に“ラグナロックラボ”って看板がある」
「ラグナロック……終末か」ガレンが唸る。
「ま、行ってみるだけタダだにゃ」ミャウコが席を立つ。
「野菜も買えるし☆」
◆八百屋の2階へ
f:id:asianlife2025:20251112222904j:image
商店街のアーケードには陽気な音楽が流れ、店主たちの声が飛び交う。そんな中、ひときわ目立たない、昭和レトロな八百屋「八百森青果」がある。
色あせた暖簾をくぐると、店主の老人が顔を出した。
「らっしゃい。今日は大根安いよ〜!」
野菜♪野菜♪野菜を食べるとぉ〜♪
店主の声が響く。
勇者一行は無言で店内を見渡し、店内奥の階段を見つけた。壁にはひっそりと小さな表札が貼ってある。
「株式会社ラグナロックラボ(登記上)」
テオが息を呑む。「……本当に、ここ?」
「魔王の事務所にしては、やけにこじんまりしてるな……」ガレンが呟く。
「ビルって聞いてたけど、二階建てのアパートだよね」ルナも首をかしげる。
その時、ミャウコが階段を登り始めた。「にゃー、ピンポン鳴らすにゃー☆」
◆受付と、魔王登場への繋ぎ
ドアの前でチャイムを鳴らすと、少しして中からドアが開いた。
応対に出たのは、マイクロビキニ姿のサキュバスの受付嬢だった。
f:id:asianlife2025:20251112231057j:image
「アポイントメントはお取りでぇすかぁ?♡」
ガレンが一瞬、視線を彼女の谷間に落とす。 秒でルナが肘で突いた。
ガレンが咳払いをし、
「我々は勇者一行だ。魔王に会いに来た」
テオが真面目に名乗る。
サキュバスは艶やかに瞬きしながら、内線電話の受話器を取り何処かに繋いだ。
「……はい。勇者一行が。……かしこまりました。お通ししまぁす♡」
カチッとロックが外れる音。中はオフィスビルのような内装で、ホワイトボードには何か予定のようなものが書かれていた。
「魔王が……ここに?」ガレンが呟く。
「……だったら、会ってみるしかないにゃ」 ミャウコが先頭を歩く。
そして、彼らは“象徴”としての魔王が待つ部屋の扉を開く――。
「来たか、“勇者”よ」
その声に、ミャウコがフラフラと近づく。まるで散歩中の猫、だが瞳だけが異様に鋭い。
「来たにゃ。でも、なんか違う。あんた、悪じゃないにゃ。心が……空っぽみたい」
魔王が目を細める。
「違う?」
「うん。役割に縛られてるだけで、“自分”がないにゃ」
沈黙が部屋を包む。ガレン、ルナ、テオは息を呑む。
魔王の口元にかすかな笑みが浮かぶ。「私は選ばれた。世界をまとめるため、“倒される象徴”として。ゼノスの脚本通り、悪を演じる」
ガレンが剣を握る。
「俺たちは魔王を倒しに来た!」
「……そうか」と魔王は一言。「だが、私には権限はない。勇者がここに来たなら、私の役目は終わる。選択肢は二つ。辞任するか、続投するか――つまり、戦うか、だ」
彼の声が低くなる。
「だが、魔王は勇者と戦わない。戦う前に消される。そして勇者には勝利が与えられる。だが、秘密を破れば……死が待つ」
テオは魔王の言葉を聞いてハッと何かを思い出した。
「それ……聞いたことがある。昔の勇者、ガルムが真実を民に告げようとした。翌日、彼の存在は全ての国民から記憶が消された。家族も、仲間も、彼を忘れた。が、ほんの数人が彼の存在を記憶していた。ある者がそれを公にしたところ、彼を含む全ての人間が消された。もちろん彼を知る人間は彼の記憶も消された。ずっと都市伝説だと思ってたけど……」
魔王が頷く。
「ゼノスの監視だ。プロットの真実を知る者は、消される」
ルナが呟く。「プロット? 魔王と勇者の戦いって、全部仕組まれた芝居なの?」
「そうだ。ゼノスは物語の均衡を保つ神。魔王も勇者も、ただの駒だ」
ミャウコがあくびする。「にゃー、それって生きてるって言えないにゃ。役割ばっかで、自分がないじゃん」
魔王の瞳が一瞬揺らぐ。
「かつて、私は“撮る側”だった。美しさ、命、希望を残す仕事だった。だが、この世界に来て、“壊す側”になった。戸惑い、諦め……今は、何も感じない」
ミャウコが近づき、魔王の額に手を当てる。「アンタ、魔王なんかじゃないにゃ。忘れただけ。自分を撮る誰かが消えて、ぼやけたんだ」
その瞬間、ミャウコの瞳がカメラのレンズのように輝く。会議室に光が差し、魔王の“本当の顔”――かつて希望を追い求めた男の姿が浮かぶ。
「俺は……生きていたい」
別のビル、評議会の監視室。ホログラムに魔王と勇者一行の対話が映し出される。ロ=フェンが冷たく目を細める。「魔王がタブーを口にした。ゼノスのプロット、物語の真実を語ったな」
クロウが腕を組み、嘲笑う。「奴め、役目を忘れたな。ゼノスの脚本から外れた瞬間、消える運命だ」
グレファスが低く唸る。「我々の監視を甘く見たな。だが、この猫娘……何だ、あの気配は?」
ホログラムに映るミャウコの雌豹ポーズが、ノイズと共に一瞬乱れる。ロ=フェンが水晶球に手を翳す。
「執行者を動かせ。魔王を即刻排除しろ」
暗号化された信号が発信され、虚空に消える。 ロ=フェンの瞳は、凍てつく刃のように鋭い。ゼノスの均衡を支える振りで、魔王の排除を利用し、自らの影響力を強める策を秘める。だが、ミャウコのバグは、監視システムに微細な亀裂を生んでいた――そのノイズは、ロ=フェンの計算を揺さぶる予兆だった。
王都の広場では、ミャウコの雌豹ポーズ動画が魔法通信で流れ、若者たちがポーズを真似して笑い合う。「勇者も魔王も、どっちも同じじゃねえか?」酒場の喧騒で、評議会の扇動「#ミャウコ危険論」は忘れられ、自由の歌が響く。魔王軍の前線では、若い魔族兵が動画を見て剣を下ろす。「王国が正義? なら、なぜ俺たちは苦しむ?」仲間とポーズを真似し、対立を笑う。ミャウコの常識外の輝きは、評議会の扇動を無効化し、人間と魔族の心に団結の種を蒔いた。広場の一角で、評議会の監視者が呟く。「この猫、ゼノスのプロレスを壊すバグだ……」
突然、会議室の空気が凍る。
「喋りすぎだ」
低い声とともに、全身黒ずくめの男が現れる。人間か魔族か、判別不能。
「魔王よ、真実を語った者はゼノスの名の下、この場で消えてもらう」
ガレン、ルナ、テオが同時に武器と呪文を構えた――が、その光景はすぐに崩れ落ちた。
床が、空が、空気すら、音もなく裏返る。
次の瞬間、そこは見知らぬ場所になっていた。
黒と紫が溶け合う無限の空間――《亜空領域》。
上下の感覚は消え、光はねじれ、吐息すら刃物のように重い。
この領域では、ただ一人の存在が“法”だった。
「――ここに立つ限り、お前たちは私の人形だ」
刺客の声が頭蓋骨の内側に直接響く。
ガレンの剣は、構えたまま動かない。
ルナの魔力は、まるで吸い取られるように消えていく。
体中の血が逆流するような感覚が襲い、膝が勝手に折れた。
この空間に入った瞬間から、全員が“支配者への絶対服従”を強制されていた。
魔王もまた、凍りついた像のように動かない。
――ただひとり、ミャウコだけが歩いていた。
その歩みは音もなく、影が全身を包む。
闇は足元から染み出し、床を塗りつぶし、壁を呑み込み、天井を覆っていく。
その中央で、紅い瞳がゆっくりと開いた。
色も温度も意味を失い、ただ深淵だけが広がる空間。
それは冷たさではなく、底知れぬ暗闇の“深さ”だった。
ブラッククイーン。
黒衣、紅い双眸。
かつて見たあの姿――だが、今は違う。
その紅は深淵を超えてなお底がなく、視線を合わせた瞬間、魂ごと呑み込まれる錯覚に襲われる。
一歩ごとに、足元から影が広がる。それは光を奪う闇ではなく、存在そのものを削り取る“死”だった。
彼女は、絶対的な恐怖と死を与える存在。
この世に生きとし生けるものが本能で拒絶する、終焉の化身だった。
彼女は何も言わない。
ただ刺客を見据え、ゆっくりと歩を進める。
その紅い瞳が一歩ごとに光を強め、刺客の足元から闇が絡みつく。
「……ば、馬鹿な……」
仮面の下で、押し殺した声が震えた。
完全に固定したはずの空間が、音もなく崩れていく。
足首を掴む闇は冷たくも熱くもなく、ただ“存在そのもの”を削ぎ落としていく感触。
逃げようと一歩踏み出すたび、足場は闇に溶け、世界の輪郭が失われていく。
「制御……が効かない……?」
刺客の両手が印を結び、空間制御陣が虚空に展開される。
だが、闇はその光を飲み込み、何事もなかったかのように静かに広がっていく。
胸の奥を冷たい針で刺されたような感覚――いや、これは恐怖だと刺客は気づいた。
自分が支配していたはずの世界が、この女の前では、ただの幻に過ぎなかった。
女が、ほんのわずかに口角を上げた。
次の瞬間、刺客の男は――跡形もなく消えていた。
肉体も影も、そこにあった重みすらも。
記憶だけが、ぽっかりと虚空に浮かんでいる。
闇が霧散し、凍りついていた空気がゆっくりと動き始めた。
ガレンは大きく息を吐き、ルナは肩で呼吸し、テオは膝をついた。
魔王は黙ってミャウコ(ブラッククイーン)を見つめ、何も言わなかった。
地下深くの監視室。
突如として壁に亀裂が走り、魔法ホログラムが激しく乱れ、耳障りなノイズが響く。
「……刺客の信号が途絶えた?」
技術員が叫んだ瞬間、室内の空気が凍りつく。
青白い光の中から、ゼノスの幻影が現れた。
『CODE: ZEROは愚かだ。私のプロットは物語の均衡を保つ。だが――ミャウコ、汝は私の支配を乱す“バグ”だ』
低く響く声は、機械音でも人間の声でもない。
評議会員たちは息を殺し、誰も反論しなかった。
別の都市、高層ビルの最上階。
円卓を囲む黒衣の集団が、水晶球に映る映像を見つめていた。
「……ゼノスが、あそこまであからさまな警告を発するとは」
「奴も完全ではない。ミャウコはその証明だ」
「だが、同時に我々の計画も揺らぐ可能性がある」
リーダー格の男が水晶球を握りしめる。
「ミャウコを利用し、ゼノスを出し抜く。計画はそのままだ」
その背後、ロ=フェンはわずかに笑みを浮かべた。
彼はZEROをも利用し、ゼノスを倒し、物語そのものを支配する策を胸に秘めていた。
ミャウコという常識外の“バグ”は、評議会だけでなくZERO内部の均衡すらも乱し始めていた。
➡18章へつづく




