第16章.プロレスの裏で笑う者たち/静寂の中の支配者
■地下700メートル、誰も知らぬ会議
レグノシアの地上から700メートル下、地図にも記されぬ暗黒の空間――そこに〈ノスフィス構造体〉は存在した。天井には魔法水晶が青白く輝き、円形のホログラムテーブルが浮かんでいる。テーブルの周囲には、魔族の将軍、人間の商人、王国の政治顧問、宗教団体の指導者が投影され、静かな緊張感が漂う。
ホログラムテーブルの光が、ノスフィス構造体の壁に不気味な影を刻む。魔法水晶の青白い輝きは、まるで監視者の目のように脈動していた。クロウの金のネックレスがカチリと音を立て、グレファスが角を震わせる。ロ=フェンはローブの裾を握り、笑みを隠す。誰もが互いを疑い、言葉の裏を探る。評議会の空気は、剣呑でありながら、どこか演劇的だ。彼らは神の監視下で革命を語る――だが、誰かがゼノスに密告するかもしれない。そんな猜疑心が、会議室の闇をさらに濃くしていた。
これは「再調和評議会」。魔族と人間の頂点が極秘裏に結ぶ、物語世界の「維持管理者ネットワーク」表向きは神ゼノスの意志に従い、「魔王vs勇者」の均衡を保つための会議。だが、その実態は――神の支配を壊す「静かな革命者」の集い。
「魔王の前線演説、予定通り進んでます。“世界を滅ぼす”の台詞、SNSでバズってますね」
人間側経済界の黒幕、クロウが微笑む。
かつて先祖がエネルギー産業を興し、国家すら融資で支配した一族の末裔。
今では表向きは経済界の紳士、裏では「物語」を操る者。世界の裏の支配者とも言われている。
その懐には、“地球の半分を買える”とも囁かれる財が眠っている。
スーツのボタンひとつが、戦争の流れを変える。
「戦争が続けば、市場は回る。エンタメも、死も、投資対象だ」
「ミャウコの件はどうだ?あの勇者、制御できてるか?」魔族の経済将校グレファスが低く唸る。角の生えた顔に、鋭い目が光る。
「制御? 無理ですね」答えたのは、元神官のロ=フェン。黒いローブに身を包み、ヴァイラス教団の幹部として暗躍する男だ。「彼女は全てを“真顔”でバグらせていく。#雌豹ポーズチャレンジ、魔法通信でトレンド1位ですよ。
グレファスがホログラムに古い巻物を投影。 勇者の名が刻まれ、「記憶消滅」の印が並ぶ。「勇者は魔王を倒さず、評議会の使者と取引する。玉座は空だ。プロットの真実を隠す。50年前の勇者、ガルムは真実を民に告げようとし、翌日、彼の存在は民衆の記憶から削除された。ゼノスの監視が全てを見ていた」クロウが笑う。「ミャウコなら、そんな取引どう対処するだろうか。見てみたいものだな」ロ=フェンが冷笑する。「彼女は利用するつもりのバグだが、ゼノスすら制御できん」評議会の空気に、ゼノスへの恐怖とミャウコへの警戒が混じる。
人間界では『癒しと混沌の女神』、魔族界では『災厄の生体兵器』と呼ばれてます」
ホログラムに、ミャウコの雌豹ポーズ映像が映し出される。敵も味方も戦意喪失。誰もがハート目で倒れていく。戦場は、一瞬で“ライブ会場”に化けた。会議室の全員が一瞬黙り、 クロウが吹き出す。
「ハハハ! こりゃいい!対立が続けば、戦争エンタメの物流と融資は安泰だ。ミャウコグッズ、魔族市場でもバカ売れだぞ!」
クロウがホログラムにデータを投影した。ミャウコの雌豹ポーズを模したフィギュア、尻尾型キーホルダー、「#雌豹ポーズチャレンジ」Tシャツが、魔族市場で売り上げトップを記録。人間界では「癒し猫ステッカー」が子供たちに大人気だ。「この猫、戦争のストレスを金に変える天才だ! 次の限定版は、魔法水晶で光るミャウコぬいぐるみだ!」クロウの目は金の輝きに満ちていたが、その裏で計算が働いていた。ミャウコの人気は、対立を煽る「物語」の燃料でもあった。
「……だが、危険だ」グレファスが報告書をホログラムに投げ出す。「彼女は予定調和を破壊し始めている。まるで、神のプロットに反抗する化身だ」
グレファスは角をこすり、呟いた。「魔族の民は、ゼノスの物語で『悪』とされることに疲れている。私の部下は、家族を守るため戦うが、勇者に倒される役割を押し付けられる。ミャウコがその枠を壊すなら……私は彼女に賭けたい」彼の声には、魔王軍の将校らしからぬ切実さが滲んでいた。ホログラム越しに、クロウが眉を上げ、ロ=フェンが目を細めた。グレファスの言葉は、評議会の均衡を揺さぶる危険な本音だった。
ロ=フェンが薄く笑う。「それが狙いですよ。ゼノスの“物語管理装置”を崩すには、制御不能な勇者が必要。ミャウコは…神を上回る存在に進化する素材です」
会議室に静寂が落ちる。ゼノスの支配――「魔王は悪、勇者は善」という物語の枠組み。それを維持しつつ、裏で解体する。
ロ=フェンがホログラムを睨み、囁く。「ゼノスは物語の支配者だが、奴のプロットは完全ではない。我々は奴の隙を突き、歴史を我が物にする」クロウがネックレスを握り、笑う。「神だろうが、俺の影響力で歴史を動かすさ」グレファスが唸る。「ゼノスの目は多元宇宙を貫く。奴を欺くのは危険だ」ロ=フェンは内心でほくそ笑む。表向きはゼノスの均衡を支えるが、裏では奴を出し抜き、物語を支配する野望を燃やす。ミャウコの雌豹ポーズ映像が映る。 彼女の常識外のバグは、ゼノスを乱す道具か、評議会の破滅か――
彼らの真の目的は、数百年前から続く「神の意志からの脱却」。物語の神ではなく、真の創造主になることだ。
■裏の支配者たち
再調和評議会のメンバーは、表向きは「国家」「宗教」「資本」の代表。だが、その実態は神の意志に抗う革命者だ。
クロウ:ヴァン・クラウス家の現当主。
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その支配は、通貨の流れ、エネルギー供給、そして世界の情報――この三つの柱に及ぶ。
戦争が起これば通貨は動き、都市が燃えればエネルギーは売れ、混乱が広がればメディアがそれを物語に変える。
彼にとって国家も神も、利益を生む“取引相手”にすぎない。
表では慈善事業と復興支援を掲げるが、裏では神の脚本を市場の需要に合わせて書き換える。
「通貨が血なら、エネルギーは心臓、メディアは脳だ。世界は私の体で動いている」が口癖。
グレファス(魔族・情報統括司令/経済顧問)
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かつて魔王軍の最高顧問として戦争戦略・資金運用・情報統括のすべてを担っていた伝説の参謀。魔族インフラを支配する巨大エネルギー企業の現CEOでもあり、政財界に絶大な影響を持つ。
長年、戦争と秩序の裏側に潜む「搾取の構造」に気づきながらも沈黙してきたが、ミャウコの無自覚な破壊性に“予定調和を越える解放の可能性”を見出している。CODE: ZEROのメンバーでもある。
冷徹で知略に長けるが、“理屈では壊せない理性の檻”を最も忌避している。
ロ=フェン(元神官・ヴァイラス教団)
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かつてはゼノスの啓示を絶対と信じ、その神託を世界中に広めたカリスマ神官。だが、やがて“神”という存在そのものに懐疑を抱き始める。現在は、表向きはヴァイラス教団の幹部として活動しながら、裏では神の概念そのものをこの世界から消し去る“終末計画”を密かに進める冷徹な策士。
ミャウコの“理性で定義不能な魅力”に、神すら制御不能な“バグ”としての潜在性を感じ取り、観察対象とする。
**「神を越えるものが存在するなら、それは“予測不能”でなければならない」**と語る。
工作員たち:人間側に潜む魔族工作員(例:王国の官僚に化けた魔族スパイ)、魔族側に潜む人間工作員(例:魔王軍の兵士に潜入した王国の諜報員)。彼らは対立を煽り、戦争を「演出」する。
彼らはゼノスの「物語管理装置」を利用し、戦争をビジネスに変えた。魔王を悪に、勇者を善に、国を正義に、魔族を脅威に。そのプロレス的対立構造は、ゼノスの支配に都合が良い――だが、彼らの真の目的は、ゼノスを超えること。
「ミャウコは制御できるか?」クロウが問う。
「無理だろ。彼女は神すら制御できない」ロ=フェンが笑う。「だが、そこがいい。ゼノスよ、お前の“創作物”がお前を凌駕する日が来る」
■魔王の孤独な本音
その頃、王都レグノス近くの前線司令部。黒い玉座に座る魔王は、一人地図を見下ろす。玉座に沈む魔王の眼差しは、まるで壊れたカメラのシャッターのように、世界の一瞬一瞬を切り取っていた。かつてのカメラマン時代、誰もが目を奪われる「一瞬」を追い求めた情熱が、胸の奥で疼く。
魔王の脳裏に、カメラマン時代の光景が蘇った。戦場で、燃える空を背景に剣を振る勇者の姿を捉えた瞬間。民衆の希望に輝くその一瞬は、彼の心を震わせた。だが、ゼノスの脚本に縛られ、魔王は「悪」の仮面を被った。あの情熱は、どこへ消えたのか? ホログラムに映るミャウコの雌豹ポーズを見ながら、彼は思った。彼女の無秩序な輝きは、かつての自分が追い求めた「本物の光」に似ている。玉座に沈む彼の指が、破れた台本を握り潰した。
「……この役割、飽きた。いつまで“倒される象徴”でいなきゃいけない?」
誰もいない部屋で呟く。魔王の役割は、ゼノスの脚本通り「恐怖を与える悪」。
魔王の手に、ゼノスからの刻印付きの水晶が握られていた。「魔王よ、悪を演じ、物語の均衡を保て。さもなくば、魔族は消滅する」過去、和平を試みた時、評議会の使者がゼノスの名で脅した。「汝は玉座の飾りだ」と冷笑する声が、今も響く。魔王は自由を奪われ、評議会の根回しなしには動けない。ホログラムに映るミャウコの雌豹ポーズ。彼女の常識外の輝きに、彼は呟く。「お前なら、ゼノスのプロットを砕けるか?」赤い瞳に、反抗の炎が灯った。 ゼノスの支配を終わらせる夢が、魔王の胸に芽生えた。
だが、上層部のプロレスを知る彼は、その枠組みに疑問を抱く。
「ミャウコ……お前が全てを壊してくれるなら、私は喜んで倒されよう」
手に握った「勇者台本」を破り捨て、魔王は薄く笑う。ホログラムに映るミャウコの雌豹ポーズ――オーロラと花火、敵も味も壊滅するカオス。彼女の輝きは、彼がかつて追い求めた「光」に似ていた。
一方その頃──
魔王軍の中枢では、水面下で“ある計画”が立ち上がっていた。
対象は、一人の少女。
ミャウコ。
その名が、暗殺対象として記されていることを、魔王だけが知らなかった。
■工作員の暗躍
王都の裏通り。魔族工作員「シルス」(人間の官僚に化けている)が、王国のSNSを操作。「#ミャウコ危険論」を流し、民衆を扇動する。「勇者ミャウコは魔族のスパイだ!」と偽情報を拡散し、対立を煽る。
一方、魔王軍の前線基地。人間工作員「カイル」(魔族兵に潜入)が、魔族の若者に「王国こそ正義」と囁き、反乱を唆す。両者は知らず、評議会の意図通りに動く。
王都の酒場では、シルスの流した「#ミャウコ危険論」が民衆の間に広がり、若者が「勇者を信じられない!」と叫び合う。一方、魔王軍の前線基地では、カイルの囁きが若い魔族兵を動揺させていた。「王国が正義? なら、なぜ我々は虐げられる?」兵士の一人が剣を握り、反乱の火種が灯る。だが、ミャウコの雌豹ポーズ動画が魔法通信で拡散し、両陣営の若者が「自由だ!」とポーズを真似し始めた。シルスとカイルは焦り、評議会に報告する。「この猫、制御不能です!」彼らの扇動が、逆に団結を生み始めていた。
だが、ミャウコの#雌豹ポーズチャレンジが予想外に拡散。人間も魔族も「自由を!」とポーズを真似し、評議会の「対立構造」が揺らぎ始める。
■ゼノスの警告とCODE: ZERO
ミャウコの夢に、ゼノスが再び現れる。背景に「売上ランキング1位」の幻影がキラキラ、胡散臭さ全開。
「ミャウコ、汝の行動は物語を乱す。プロレスの均衡を壊し、神の意志を踏みにじる。…だが、気をつけろ。CODE: ZEROが動き出した。あの者たちは、物語そのものふを消し去る」
ゼノスの幻影が揺れ、声に苛立ちが滲む。「CODE: ZEROは愚かだ。私のプロットは物語の均衡を保つ。だが、その全貌を私も完全に握ってはおらぬ。ミャウコ、汝は私の支配を乱すバグだ!」ミャウコは欠伸する。「ニャー、魚くれニャ!」ゼノスの怒りは、彼女の無垢さに掻き消された。だが、彼の瞳には、自身のプロットの限界への不安が宿っていた。神として全てを支配するはずが、ミャウコの常識外の輝きはゼノスの脚本すら揺さぶる。均衡の神は、評議会の野望とミャウコのバグに、初めて自身の役割を疑った。
「ニャ?CODE: ZERO?魚に関係ある? キャットタワーくれるならいいニャ!」
「……愚かな猫よ。汝はバグだが、利用されるバグだ。評議会も、ZEROも、汝を利用する」
ゼノスが消え、ミャウコは目覚める。「ニャー、めんどくさいニャ!でも、魚のためならやるニャ!」
その夜、ノスフィス構造体の暗闇。黒いローブの集団――CODE: ZEROが囁く。
CODE: ZEROの集団は、ノスフィス構造体の最深部で水晶球を囲む。球には、多元宇宙の無数の物語が映し出される――全てゼノスが管理する世界だ。「ミャウコはバグだ。物語の秩序を乱し、多元宇宙の均衡を崩す」とリーダーが低く唸る。「だが、彼女を利用し、ゼノスを排除すれば、多元宇宙は我々の手に落ちる」彼らの目的は、物語を消滅させ、新たな秩序を構築すること。評議会すらそのための駒に過ぎない。闇の中で、水晶球にミャウコの雌豹ポーズが映り、一人が呟く。「この猫…我々の計画すら壊すかもしれない」
「ミャウコ…物語のバグ…多元宇宙の秩序を乱す…排除せねば。だが、評議会もまた、利用可能な駒…」
CODE: ZEROの集団は水晶球を囲み、囁く。「ゼノスは神を装うが、奴のプロットは完全ではない。評議会はゼノスの駒だが、我々は歴史を我が物にする」一人が声を上げる。「だが、ミャウコはゼノスの脚本すら壊すバグだ。我々の計画も危うい」リーダーが水晶球を握る。「ミャウコを利用し、ゼノスを出し抜く」だが、ロ=フェンは闇で微笑む。彼はZEROを利用し、ゼノスを倒し、物語を支配する策を秘めていた。ミャウコの常識外のバグは、ZEROの結束に亀裂を生み、評議会の野望すら乱していた。ロ=フェンの目は冷たく光った。
■章の締め
ミャウコの無自覚な破壊力は、ゼノスの物語を、評議会のプロレスを、ZEROの陰謀を乱し始める。魔王は彼女に希望を見出し、パーティは戦争の裏に疑問を抱く。物語の裏で笑う者たち――神を超える野望を抱く者たちの戦いが、静かに始まる。
目標:1000億ゴールドと100階キャットタワー!
方法:雌豹ポーズで全部解決!
でも、この世界、プロレスの裏に隠された真実が……?
■静寂の中の支配者(前編)
夜の森は、息を呑むほど静かだった。
虫の囁きも、葉擦れの音も、まるで世界から切り離されたように消えていた。冷たい空気が肌を刺し、薄い月光が闇に溶ける。
俺達は都市部から少し離れた郊外に来ていた。理由は最近よくモンスターが出るというので、討伐して欲しいと依頼があったのだ。距離にして大体10キロ程度。そこまで遠いわけではない。宿に一泊して帰ろうと思ったがこんな日に限って満室だという。仕方なく歩いて帰ることにしたが、途中、森の中を歩かなければならない。そうしていると、なにかおかしなことに気付いた。
「……妙だな」
ガレンが低く呟いた。屈強な剣士の声さえ、闇に吸い込まれ、反響すら返らない。
「……音が、死んでる」
ルナが呟いた。
魔力の流れを読む彼女が言うには、何か“別の結界”が張られているらしい。
「いや……これは結界じゃない。もっと、生理的な……」
テオの顔が青ざめる。汗が額を伝い落ちた。
「音を“喰ってる”んだ。何かが、音を……殺してる」
この時、3人はようやく気づいた。
──互いの声が、聞こえていない。
ルナが口を動かした。だが、何も届かない。
言葉が、空気の中で消えていく。
誰かの“能力”が、発動している。
声だけじゃない。足音も、風の音も、何もかもが──“ない”。
まるで、世界ごとミュートされたかのようだった。
何かに付けられてはいた。が、かなりのプロであることが分かる。一切の気配を悟らせない。
次の瞬間だった。
「ミャウコ!」
ガレンの叫びが虚空に呑まれる前に、闇の中から“それ”が現れた。音もなく、気配もなく、ただそこに。
──シュッ。
ミャウコの腹部を鋭い一閃が貫き、血が花弁のように舞った。彼女の体が膝をつく。地面に触れた瞬間すら、音は死に絶えた。
振り返る間もなく、彼女の体が倒れる。地面に当たったその瞬間すら、“音”がしなかった。
「ミャウ……!」
ルナが叫び、雷の呪文を詠唱しかけた瞬間、首に刃が突き刺さる。
首筋から紅い霧が吹き出し、彼女もまた無音で崩れ落ちる。
「……ッッッ!!」
ガレンが剣を構えた。が──
刃を抜く前に、左肩が貫かれていた。
それが何で、どこから来たのか、ガレンには見えなかった。
本物の殺し屋は、殺意を持たない。
それは感情ではなく、機能。
ただ静かに、確実に“死”をもたらす機械。
恐ろしいのはそれだけではなかった。全ての音が消されている。足音も、そして声も。恐ろしさの理由は、そこにある。
「……なんだ、あいつ……」
ガレンが血を吐きながら無音で倒れた。
残ったのはテオだけだった。
彼は息を潜め、木陰に身を隠す。
既に回復魔法の詠唱すら、彼の指は震えて行えなかった。
(何だ……?アイツは……何者なんだ……?)
(人間じゃない……でも魔族でもない……)
殺し屋はそこに佇んでいた。
全身黒尽くめの軽装。顔も素肌も、闇に溶け込むように見えない。
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手に武器はなく──それが何より恐ろしかった。
まるで空気そのもののように、姿も気配も、音すらも存在しなかった。
唯一分かるのは、“耳が異常に発達している”ということ。
殺し屋は歩かない。すり足でもない。
「気配」を呼吸するように音を探り、距離と動きを完璧に把握している。
テオは以前聞いたことがあった。
噂にだけ存在する、“盲目の暗殺者 : キール”。
剣も魔法も使わず、ただ“音を消して殺す”──。ただの都市伝説だと思っていた。
(……勝てるわけがない……)
自らにザラオルを施し、ひとまず生き返ったテオは、あまりにも異次元の強さで動くことが出来なかった。
「仲間を蘇生させる」などという選択肢は、恐怖に支配された彼の脳裏にはもうなかった。
そして、殺し屋が、再び足音もなく、倒れたミャウコに向かって歩き出した。
──その瞬間だった。
ミャウコの指先が、かすかに震えた。
閉じていた瞼がゆっくり開く。だがその瞳は、いつもの無垢な輝きを失っていた──冷たく、深淵のような光を宿して。
(いや……まだ、死にたくない)
彼女は静かに立ち上がった。血は滴り続け、顔は青白い。致死量ギリギリのライン。なのに、その存在感は森全体を圧倒していた。
これは、ミャウコが絶体絶命のときにだけ現れる支配者モードだ(通称 : 裏ミャウコ)
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「……あんたが危険サイン出すなんて。本当にヤバい状況なんだね」
声のトーンが冷たい。
語尾に「にゃ」などつけない。無感情に、淡々と、機械のように話すミャウコ。
「対象は……。なるほど。そりゃあ、あいつが敵うわけないか。相性が悪すぎる」
男は僅かに動揺している。明らかに“初めての異変”に反応していた。彼女はそれを見落とさなかった。だが、男も超一流の殺し屋と言われただけあり、直ぐに平静を保った。
彼女の姿は何も変わらない。
ほんの少し影の差すような冷たいオーラが、空気を濁らせた。
ミャウコの両目が、青白く輝いた。
その瞬間、空気が“凍る”。ただの比喩ではない──体感温度が本当に下がった。
殺し屋が一歩踏み出そうとしたが──
「──止まれ」
それは、耳ではなく脳に直接届くような──冷たく低い声だった。
殺し屋の動きが“止まった”。
「……なぜ、声が出る?」
キールの声に、わずかな動揺がにじむ。
自身の“サイレントゾーン”の中で、他者の声を聞いたのは──これが、初めてだった。
動こうとするが、足が、腕が、わずかにしか動かない。
まるで空間ごと固められたような違和感。
「お前の時間は、今、停止した。」
ミャウコの声は、氷の刃のように空気を切り裂いた。
彼女の足元で草が逆巻くように震え、地面が低く軋んだ。
その瞳は、まるで星のない夜空のように、一切の感情を拒絶していた。
「次にお前の時間を──巻き戻す」
「存在そのものが、“無かった”ことになる」
「記録も、記憶も、痕跡も。“お前”が世界に存在した事実すら消える」
「慈悲をかけよう。時間をかけて戻るのが良いか、それとも──すぐに終わらせたいか?」
女が少し笑みを浮かべながらキールに話しかけた。
殺し屋の喉が、微かに震えた。
初めての“想定外”に、彼は声を失っていた。
理解不能の力に彼が吐き出せたのは、言葉にならない声──ただの呻きだった。
そしてそれはやってくる。
数秒前の自分が、視界の端に見えた気がした。
それはすぐに、そのまた前へと引きずられ、消えていく。
思考だけが取り残されたまま、彼は自身の記憶と存在の痕跡を、ひとつひとつ失っていった。
その数秒“間”、彼は確かに、生きていた。だが、それすらも──“なかったこと”にされた。
消える直前、殺し屋はかすかに口を開いた。
「……フリーランスだから……報酬、まだ貰ってねぇんだよな……」
「……正社員なら、違ったのか……」
風が、再び吹いた。
音が、ゆっくりと森に戻ってきた。
――500メートルほど後方。1人の偵察部隊所属の魔族がこれを監視していた。
(……あのキールを。本部に連絡をしなければ)
「本部ですか?こちら、偵察部隊所属ナンバーAF63。……キールが、死亡しました。ですが、その……異常な現象が……」
「身体が、突然若返るような──いえ、正確には、巻き戻るような……」
「最後には、光に包まれて……跡形もなく。消滅です。完全に」
「原因は……“あの猫の少女”だと……思われますが……」
「正直、今でも目の錯覚だったんじゃないかと……。でも、記録は残ってます」
室内の空気が、一瞬にして張り詰めた。
「……いまの、もう一度確認する」
通信台の前で、幹部の男が身を乗り出す。
「キールが……“若返って”、そして“消滅”した?本当にそう報告したのか?」
背後のオペレーターが、ヘッドセットを押さえながら頷いた。
「映像も届いています。ですが……」
「ですが?」
「……解析班の数名が、“見なかったことにしたい”と……」
幹部の額に皺が寄る。
「音声は?」
「録音されていません。周囲音、ゼロ。完全な無音空間だったようです。サイレントゾーンの影響かと」
「……キールが能力を発動していた、ということか」
「はい。ただ……それ以上に、あの少女──」
一拍、言葉が止まる。
「……あれは、“人間”ではありません。少なくとも、魔族では説明がつきません」
指令室が静まり返った。
「……コードを仮登録しろ。“対象A”。種別未分類。危険度……S。いいな?」
「え、えぇ、S……で、よろしいかと」
「……了解した。映像は、上層記録に回せ。他の部隊には情報遮断。……くれぐれも、軽々しく口にするな。“あの猫の少女”のことは」
空調の音だけが、かすかに鳴っていた。
――時間差はあるが、彼の記憶を持つものは全て消去される。
そう、初めから“居なかった”のだから。
静寂の中の支配者(後編)
殺し屋が“なかったこと”になった瞬間──世界は静かに息を吹き返した。
森を包んでいたあの異様な沈黙が、潮が引くように消えていく。
風が枝を揺らし、小さな虫の声が蘇った。
ほんのわずかな自然音が、どれほど“生きている”ことを実感させるものか──
テオは膝をついたまま、思い知らされた。
支配者モードのミャウコは、しばし空を見上げていた。
静かに、自身の腕を抱えるようにして立ち尽くす。
その身体から、ふわりと白い靄のようなものが立ち上る。
瞳の光が消えていき、肩が小さく揺れた。
──そして。
「……にゃ?」
ミャウコは力なくその場に座り込んだ。血に濡れた腹部をそのままに、きょとんと辺りを見回す。
「……あれ?にゃにゃ?あたし……お腹、冷たい……?」
「うーん、転んじゃった、かな……?」
その無垢な口調が戻ってきた瞬間、テオの胸の奥がふっと緩んだ。
(戻った……)
彼は足元に座り込んでいたまま、涙をこらえながら回復魔法を詠唱した。
ミャウコの体が白く包まれ、出血がゆっくりと治まっていく。
「ミャウコ、ちょっとじっとしてて……もうすぐ、みんなを……」
──仲間たちの蘇生は、それほど難しくはなかった。
テオのザラオルは完璧に発動し、まずルナが意識を取り戻した。
彼女は即座に防御魔法を展開しようとしたが、何かが過ぎ去った後であることにすぐ気付いた。
「……終わったの?テオ?」
「……うん。たぶん、ね」
やがて、ガレンもゆっくりと息を吹き返す。肩の傷は深かったが、致命傷ではなかったらしい。
「……テオ……生きてたか……」
「うん。ごめん……何もできなかった」
「いや……よくやったさ。お前がいなきゃ、誰も戻れなかった」
全員が生還したことに安堵したのも束の間──
「ミャウコは?」
「……無事、だよ。今は“普通の”ミャウコに戻ってる」
「……普通?」
ルナが眉をひそめる。
テオは口を開き──そして、あの瞬間を二人に語った。
ただ、その中に登場する“男”のことは、すでに誰の記憶にも残ってはいなかった。
ミャウコは木の根元でうずくまり、眠るように深く呼吸している。
先ほどまでの支配者モードの威圧感など微塵も感じられない。
だが──確かにあのとき、彼女は“世界”を支配していた。
誰もそれを否定できない。
「あれは……何だったんだ?」
テオの声は、風に溶けるように震えた。
森にそよぐ風が、木々の葉をさざめかせた。 それはまるで、ミャウコの内に眠る“闇”を、静かに、しかし確かに讃えるように。
「恐らく……“彼女自身も”わかってない、と思う」
空気が静まり返る。しかし、その静けさはもはや“恐怖”ではなかった。
それぞれが胸の奥であの戦いを反芻し、それがこれからの冒険のどこかに影を落とすことを──皆、なんとなく察していた。
けれど、今は。
「……ミャウコ、おい。起きろ、腹減っただろ」
ガレンのその一言で、空気が少し和んだ。
「……にゃ?にゃにゃ?ごはん?やったー!お肉ー!」
何も知らない彼女は、いつも通りだった。
ただその背後に、誰にも触れられない“闇”のような影を──ほんの少しだけ、残していた。
新しい武器の誕生〜ルナの新技〜
薄暗い森の中、夜風が木々を揺らす。ルナは一人、静かに立っていた。
これまでの修行で、彼女は炎、雷、氷系の魔法を自在に操れるようになっていた。ルナは魔法の先にあるものを考えることがあった。
ある日の戦闘訓練中、ふと思い立つ。
「魔力を、ただ放つだけじゃなく、形ある武器にできたら…」
それは、新たな挑戦の始まりだった。特に雷の魔力を具現化し、遠距離から的確に攻撃できる武器を創り出せれば、戦い方は大きく変わるかもしれないと、そう考えた。
「雷の魔力で、弓やボーガンのような武器を作れたら…」
決意を胸に、ルナは未知の魔力の形を探り始める。失敗と試行錯誤を繰り返しながら、内に眠る力は少しずつ覚醒していった。
やがて、雷の魔力が細く鋭い矢となって、彼女の手から飛び出す日が訪れる——。
「雷……どうしても具現化できない……」
拳を握りしめ、空に向けて叫ぶ。
「私の力、もっと強くなりたい!」
すると、夜空に稲妻が走った。稲光のような魔力が彼女の体を包み込み、じわじわと力がみなぎるのを感じた。
その瞬間、意識にかすかな声が響く。
「恐れずに、雷の奔流を受け入れよ。」
かつての師匠の声だ。深呼吸をし、雷のエネルギーを集中させる。
「雷よ、形となりて、我が手に!」
手のひらに稲妻が走り、次第に光の粒子が集まっていく。やがて、一つの形となった。
黒く輝くボーガンの姿。雷の紋様が躍動し、先端からは微かに電気がほとばしる。
「これが……雷のボーガン……!」
試しに弦を引くと、鋭い雷撃の矢が放たれ、近くの木を貫いた。
興奮したルナは、何度も何度も撃ち続けた。
「これなら、戦いでも使える!」
翌日、仲間たちに新たな武器を披露し、その威力を実証することを心に決めるルナ。
彼女の魔法の成長は、まだ始まったばかりだった。
➡17章へつづく




