第13章:魔王の過去、カメラの向こうの楽園
■プロローグ:光の残響
魔王は夢を見ていた。
いや、夢というより、かつての人生の残響。
まだ“魔王”などという重荷を背負う前、ただ光を追い、シャッターを切ることに命を懸けていた頃。
彼は、売れないグラビアアイドル専門のカメラマンだった。
名前すらろくに覚えられていない、名もなき青年──高城アサヒ。
レンズ越しに見る世界は、どんなにみすぼらしくても輝いていた。
彼の手の中で、平凡な少女たちが一瞬だけ“星”になる瞬間を、確かに捉えていた。
■ギアナ高地:楽園の片隅
南米、ギアナ高地の断崖。
切り立った岩と滝の轟音が響き合い、陽光が水しぶきに虹をかける。
古びた一眼レフを握り、汗と埃にまみれたアサヒは、フレームを覗き込んで叫ぶ。
「もっと顔、右!そう、それ!いや、違う! もっと猫っぽい目で!リナ、魂見せてよ!」
水着姿の少女、涼原リナは、滝の前でポーズを取る。
売れないグラビアアイドル。事務所の片隅で埃をかぶるプロフィール。
それでも、彼女は笑顔を絶やさなかった。
「猫っぽいって何!?アサヒの要求、毎回わけわかんないんだから!」
彼女の声は、滝の轟音に負けないほど明るく響く。
二人は、喧嘩しながらも、同じ夢を追いかけていた。
リナは言った。「いつか、私が雑誌の表紙になるよ。そしたら、アサヒの写真が世界中に届くんだから!」
(アサヒ……あたし、気づいてるよ。あなたのシャッターは、ただ風景やポーズを切り取るだけじゃない。本当のあたしを見てくれてる。心の奥底、誰にも見せたことない場所まで。……ねえ、いつかあたしが“猫”になっても、見つけてくれる?)
アサヒはレンズを調整しながら、苦笑する。
「そんときゃ、俺、本気で泣くかもしれん。リナちゃんがテレビ出て、俺の写真が本屋の表紙飾ったらさ……もう、死んでもいいよ」
リナが頬を膨らませる。「バカ! 死ぬなんて言わないでよ! 約束したじゃん、二人で夢叶えるって!」
彼らの周りには、誰もいなかった。
安い撮影旅行、スポンサーなし、スタッフはアサヒとリナの二人だけ。
それでも、ギアナ高地の風は自由だった。
アサヒは思った。
(この一瞬を切り取れれば……俺たちの夢は、永遠になる)
■もう一人の仲間
彼らのそばには、もう一人、寡黙な照明係の少年、カイがいた。
カイはいつも無口で、ただアサヒの指示に従い、ライトを調整していた。
だが、彼の目には、どこか遠い光が宿っていた。
「カイ、お前もいつか自分の夢見つけろよ」とアサヒが笑うと、カイは小さく頷くだけだった。
リナがからかう。「カイ君アサヒのこと尊敬しすぎ! カメラバカのどこがいいのさ?」
カイは照れくさそうに笑い、こう呟いた。「アサヒさんの写真……なんか、生きてるみたいだから」
■突風:夢の終焉
午後、撮影が終わった直後。
滝の水しぶきが乾き始めた岩場で、アサヒは機材を片付けていた。
リナが笑いながら言う。「次はさ、もっとすごい場所で撮ろうよ!ハワイとか!」
アサヒが振り返る。「ハワイか。いいね、でも予算どうすんだよ?」
二人の笑い声が響く中、カイが静かに機材を背負い、岩場を降りようとしていた。
その瞬間、突風が吹いた。
ギアナ高地の気まぐれな風は、まるで神の悪戯のように岩場を揺らした。
アサヒが立っていた岩が崩れ、彼は機材ごと奈落へ落ちた。
「アサヒーーーっ!!」
リナの叫び声が響く。
カイが駆け寄り、崖の縁で手を伸ばすが、届かない。
アサヒの視界は、レンズのピントが外れるようにぼやけ、滝の轟音が遠ざかる。
(リナ……カイ……悪いな、約束、守れそうにない……)
その瞬間、彼の“世界”は終わった。
■最後のフレーム
落下の瞬間、アサヒの手の中で、一眼レフのシャッターが誤って切れた。
最後に捉えたのは、リナの叫ぶ顔と、カイの伸ばした手。
シャッターが切れると同時に、強烈な光がレンズの奥で爆ぜた。 それは閃光ではなかった。“記憶”そのものが焼き付いたような──魂の写真。 一瞬、カメラが“何か”を吸い込み、アサヒの胸に熱が走る。(今の光……これは、俺の……いや、“彼女たち”の、生の証だ)
その写真は、誰も見ることなく、ギアナ高地の闇に消えた。
だが、アサヒの心には、その一瞬が焼き付いていた。
(あの光……あの二人の輝き……俺の“最高のショット”だったのに……)
■目覚め:魔王の誕生
次に目を開けた時、アサヒは冷たい石の玉座に座っていた。
周囲には、異形の者たち──角を生やした魔族、牙を持つ戦士、翼を広げる魔獣。
彼らの中心で、荘厳な声が響く。
「お前が新たな魔王だ」
意味が分からなかった。
彼の手には、かつて愛したカメラの代わりに、黒い炎を宿す杖が握られていた。
「……記憶を安定化させろ。過去の映像が力を歪ませる」
魔族の医師らしき者が呟き、黒い光を彼の額に埋め込む。 その瞬間、リナの名が霧の中へ消えた。 アサヒは叫ぼうとするが、言葉が出ない。ただ、胸の奥に焼き付いた“光の残像”だけが、消えずに残った。
(これは……俺のレンズじゃない……)
新たに宿った力は、光を捉えるためのものではなく、世界を焦がすためのものだった。
彼の胸に、かつての夢の欠片が疼く。
(俺は……何を撮りたかったんだ?)
■魔王の最初の試練
玉座の間を出ると、魔族の側近が彼に迫った。
「魔王よ、この世界を支配せよ。それが我らの定めだ」
アサヒ──いや、魔王は、冷たく笑った。
「支配? そんなもん、俺の撮りたい絵じゃねえ」
そう言い放った瞬間、魔王はふと違和感を覚えた。
目の前の側近の、その冷たい目に。
彼は気づいた。この世界では、彼は“自由”を失い、“悪”の役割を押し付けられたのだ。
■異世界転生の真実
側近の一人、老いた魔術師が呟く。
「……また、異世界の“亡者”か。やれやれ、前回の魔王は政治家、前々回はYouTuberだったな」
もう一人が続ける。
「この世界の魔王とは、“異世界からランダムに引き寄せられた者”。理不尽に死に未練を残した魂ほど、強い力を宿すらしい」
魔王は静かに理解した。
(つまり俺は、夢を追い、仲間を信じ、何も成せずに死んで……この“役割”に放り込まれたのか)
彼の胸に、リナの笑顔とカイの静かな瞳がよぎる。
(あの二人……今、どうしてるんだろう……)
だが、彼は知らない。
この世界で、彼の魂を縛る“契約”は、過去の未練を糧に力を生み出す仕組みだった。
■転生の裏側
魔術師が続ける。「魔王の力は、未練の深さに比例する。お前の魂は、異様に強い光を放っていた」
魔王は目を細める。「光だと?」
魔術師が頷く。「ああ。お前が失ったもの──夢、仲間、未来。それらが、この世界で“破壊の炎”に変わった」
魔王は、胸に手を当てる。そこには、かつてカメラを握っていた手の感触が残っていた。
(光を撮りたかっただけなのに……なんで、こんな力しか持てなかったんだ?)
■そして今:ミャウコとの邂逅
玉座の間に、水晶球が光る。
そこに映るのは、山を消し、兵士を跪かせ、 人々の心を奪う“猫耳の少女”──ミャウコ。
その姿に、魔王の心は揺れた。
「……似ているな。リナに」
(リナが笑ったとき、空気が変わった。…… あいつがポーズを決めたときも、まるで“空そのもの”が喜んでいた。今のこの少女……空すら撫でてやがる) 胸の奥で、忘れたはずの“レンズ”が震えた。 「まさか……記録した魂が……転写されている?」
ギアナ高地で、滝の前で笑っていたリナの輝き。
夢を追い、どんな逆境でも笑顔を絶やさなかった少女の光。
ミャウコの無邪気な雌豹ポーズと、純粋な笑顔は、まるでリナの魂の残響のようだった。
だが、同時に、魔王は感じていた。
ミャウコの力は、彼の“破壊の炎”とは正反対だ。
彼女は、癒やし、共鳴し、世界を一つにする。
(俺は……こんな光を守れなかった。いや、守る資格すらなかった)
魔王は、この世界の“装置”として存在する。
「予定された悪」として、人類と戦い、均衡を保つ役割を課せられた。
だが、ミャウコの存在は、その均衡を崩す。
彼女は、善でも悪でもない。ただ、純粋な“存在”として、世界を飲み込む。
■思わぬ縁が2人を導く
水晶球に映るミャウコの姿を見ながら、魔王はふと気づく。
彼女の猫耳、動き、笑顔──どこかで見た記憶がある。
(まさか……リナ? いや、違う。だが、この感覚は……)
彼の脳裏に、ギアナ高地での最後の撮影がよぎる。
リナが「猫っぽいポーズ」を真似した瞬間、彼女が言った言葉。
「アサヒの写真、いつか世界を変えるよ。私、信じてるから!」
魔王の胸に、疼きが走る。
(ミャウコ……お前は、俺の撮れなかった“光”なのか?)
■章末:鏡の自問
夜、玉座に一人残る魔王。
彼は、鏡のように澄んだ水晶を手に取り、自らの姿を見つめる。
そこに映るのは、かつてのアサヒではない。
角を生やし、黒い炎を宿した“魔王”の姿。
「──あのとき、風が吹かなければ……俺は、“悪”にならずに済んだのだろうか?」
水晶に映るミャウコの幻影が、優しく微笑む。
──にゃん♪
その声が、魔王の心に直接響く。
一瞬、彼の胸に、かつての夢がよみがえる。
(リナ、カイ……俺は、まだあの光を撮りたいのか?)
だが、次の瞬間、水晶に新たな映像が映る。
非営利団体「ドウトク秩序連合」の黒衣の女が、情報端末を操作してミャウコの力を封じる計画を進める姿。
そして、遠くで起動する“反神格化システム:E・D・I・T”。
魔王の唇が、わずかに歪む。
「ミャウコ……お前は、俺の救いになるのか。それとも、この世界の終焉か」
■新たな決意
魔王は水晶を握り潰し、立ち上がる。
「予定された悪だと? ふざけるな。俺はまだ、撮りたいものがある」
彼は炎の玉座を背に、暗き玉座の間を歩き出す。 もう、レンズはない。 だが、彼の目には確かに“光”が映っていた。 それはミャウコの無邪気なポーズか、それとも──リナの最後の笑顔か。
彼の瞳に、かつてのカメラマンの炎が宿る。
ミャウコの光を、レンズではなく、この世界でどう捉えるか。
それが、彼の新たな“シャッター”になるのかもしれない。
➡14章へつづく




