第10章. 雌豹の無自覚なる革命(前線大崩壊)
■革命という名の無自覚なバグ
「にゃっふ〜ん♪」
突然ミャウコが、意味もなく空に向かって手足を伸ばす。
瞬間——山が吹き飛んだ。
「ちょ、ちょっと!? 何それ!」
その瞬間、遥か東の観測塔で、黒衣の一団が一斉に顔を上げた。
「……また異常値だ。エネルギーフィールド外の反応……時空の縫い目が、弾けた」
男が低く呟く。
「……“ノイズ”が進化しているな」
「ゼノス様への報告は?」
「……不要だ。あれは、既に観測済みだ」
記録官の手が止まる。
「……では、あれは“予定された逸脱”ですか?」
誰も答えなかった。
ルナが慌てて魔力探知を走らせる。
「魔法……じゃない。エネルギーの干渉も検知できない。あれは……何?」
ルナはミャウコの力を解析しようと火球を放つが、ポーズの余波で魔法が乱れ、過去の笑い声が蘇る。ミャウコが「ルナ、カッコいい魔法!」と笑うと、「この力、台本の外だ」と呟く。「私も自由になれるかな」テオが「ルナの魔法もミャウコ神の物語だ!」と書き、ルナは「バカ」と笑う。杖を握り直し、「ミャウコのバグ、私も使ってみせる」と決意する。
テオはひれ伏していた。「これが……雌豹神降臨、第三形態……!」
ガレンは山の崩壊を見て、エリスを庇い除隊した日を思い出す。「あの時、台本に縛られた」ミャウコのポーズが規律を壊すと気づき、「エリスなら応援しただろう」と呟く。ルナが「ぼーっとするな!」と呼ぶと、「ミャウコのバグ、俺も乗る」と笑う。「エリス、俺はもう踊らねえ」剣を構え、新しい戦場を見出す。
魔王軍前線、本陣。
「隊長!また雌豹ポーズです!」
「また五部隊が壊滅しました!」
若い魔族兵士は、ミャウコのポーズで部隊が倒れるのを見て震える。「あの猫、何だ!?」魔王のために戦う意味が揺らぎ、「人間と変わらない仲間」を思い出す。「魔王の台本通りじゃねえ…」武器を落とし、ミャウコの笑い声(「にゃっふ〜ん♪」)に凍りつく。「あいつ、物語を壊す気だ」混乱の中、戦場を後にし、崩壊が加速する。
「……あの勇者……いや、“あの存在”は……戦争の構造すら破壊しかねん」
魔王は唇を噛んだ。
一方、仲間たちは焚き火の前で疲労に沈んでいた。
「……あいつ、自分が何してるか分かってないよな」ガレンが苦笑する。
「分かってたら、きっと怖くて動けないよ」ルナがぽつりと言った。
テオは黙って、自分の手を見つめていた。
戦争。正義。魔王。勇者。敵と味方。
すべての言葉が、ミャウコの“にゃふ〜ん”ひとつで意味を失う。
けれど不思議と、それが怖くなかった。
「もしかしてさ……俺たち、“世界のバグ”に恋しちゃったのかもな」
ルナは黙ったまま、ミャウコの寝顔を見つめていた。
──その頃、前線の遥か後方では。
魔王は重苦しい沈黙の中にいた。
指揮官たちの報告が続くなか、誰の声も彼の耳には入ってこない。
ただひとつ、頭にこびりついた光景——あの“にゃふ〜ん”の瞬間。
(我々の構造では……あれには勝てない)
「……これはもう、演目ではない。台本のバグだ。世界に対する異常値だ」
テオは「ミャウコ神:革命のバグ」とノートに書き、ルナの魔法、ガレンの剣を「台本を壊す力」と記録。「このノート、新シナリオになる!」ルナが「私の魔法で台本燃やせるかな」と笑い、ガレンが「俺は新しいルールを作る」と頷く。ミャウコが「にゃっふ〜ん♪」とポーズで木々が揺れ、「またやった!」とチームは笑う。「このバグ、俺たちが広める」テオは「ミャウコ神の革命、書き続ける」と呟く。
■モノローグ:世界は崩壊ではなく、書き直される
円卓の密議が終わった後、魔王は独り言のように呟いた。
《深域審問会議》——。
地上のどの国にも属さない超存在たちが、空間の狭間に集っていた。
その議題はただ一つ、「予定されざる変異体」について。
「対応は?」白装束の女が問う。
「監視を続行。干渉はまだ早い。——ゼノス様の沈黙が、それを意味している」
「崩壊ではなく、“書き直し”か……。我々の歴史は、一度もそうされたことはない」
「いいや、一度だけあった」最年長の男が囁く。「——神すらも想定しなかった、革命がな」
■最年長の語り
「……いいや、一度だけあった」
円卓の静寂を破るように、最年長の男がゆっくりと口を開いた。
「ずいぶん昔の話だ。……もっとも、記録には残されていない。記すことすら禁じられたからな」
その声には、かすかな震えと、確信があった。
「“選定の輪”が乱れた瞬間があった。神ゼノスが世界に干渉し始めてから、初めてのことだった」
王たちは息を呑む。魔王も言葉を止め、耳を澄ます。
「その者は、勇者でも魔王でもなかった。神に選ばれず、誰からも望まれず、それでも立ち上がった異質な存在だった」
「剣も魔法も、戦略すらも持たなかった。ただ“選ばれなかったこと”そのものが、最大の武器だった」
「神の計画に従わず、誰にも従わず、それでも世界の歯車に手をかけた」
「そして——実際に歴史を“書き換えかけた”のだ」
空気が重くなる。
「神は恐れた。ゼノスがこの世界に干渉しなくなった沈黙の四十九日……あれは、その時だ」
「神の沈黙は、迷いだった。……初めての、想定外に対する戸惑いだった」
王の一人が呻く。
「そいつは、どうなったんだ?」
「消された。存在ごと、系譜からも、歴史からも。誰の記憶にも残らぬよう、あらゆる次元にわたって」
「……だが私は忘れなかった。あれが、最初の“バグ”だった」
老いた指が、テーブルをそっと叩く。小さな音が、静かに響いた。
「そして今……第二のバグが現れた。“猫の姿をした勇者”という名の異常がな」
「勇者でも、魔王でもない。ただの“ミャウコ”。
……ならば、この物語は終わりだ」
革命は、無自覚に始まっていた。
そして、それが一番恐ろしいということを、彼らだけがまだ気づいていた。
11章へつづく




